228話:暴猫組の町ニャータウン
マクナムとナクナムも表記揺れがありましたが、同じです。舌足らずのせいです。
猫人の町ニャータウンは精霊信仰伝承のある丘の遺跡の上に作られた。
オルヴァルト・ニャータウンはその丘の麓にあり、丘への道と、麓のおじいちゃん博士の研究所の方へ伸びている。
ヤクザのような猫人がその道へ並び、私を出迎えた。
「お疲れ様です姉御!」
誰が姉御じゃい。
駅前としてはニャータウン側の方は寂れている。ニャータウンへ観光するとしても、ホテルはオルヴァルト側で取るのだろう。
それでも観光地として猫人の屋台が並び、人間向けの食事が売られていた。どうしてもイメージがテキ屋である。
これがニャータウンの中へなると様子は代わり、平気で鼠肉やコウモリ肉の串焼きが売られていたりする。いやまあ人の街にも無くはないんだが……という話は置いといて。
ニャータウンも街として問題はなさそうだ。ただちょっと中心街から離れると違法増築っぽい家が多いが……まあまあそんなもんだろう。猫人ならちょっと事故が起きても頑丈だから平気だろうし、何より人間感覚では危険そうで高い所を好む。猫だから。
中心街だとかなり人の街に適応した猫人が増える。毛無しが多いのも特徴的だ。ハーフ猫人の毛無しは、人間社会でも猫人社会でも差別的に扱われてきた。しかしこの街では高給取りとなっていた。
猫人メイドカフェのおかげである。
「おかえりなさいませにゃーん」
猫人メイド店員が媚び媚びしく尻尾を振る。観光客向けの店だ。
席へ案内されている最中に、店員が白猫メイドのサビちゃんに「新人? 何やってんにゃ仕事しにゃさい」と耳打ちをした。
これうちの子なんだ。オリジナル猫人メイドである。それを伝えるとサビちゃんはフフンと偉そうに胸を張った。
突然だが私は食べるのが下手だ。こんなものこぼさないだろという物も口から漏れる。今日もコーヒーゼリーの一欠片が口の中に入らずぽろりと転げた。それをサビちゃんはすかさずキャッチ。自分の口の中にぽいっと入れた。さすが私のメイドだ。
しかしサビちゃんはぶえっとそれを吐き出した。まあ猫だもんね。
さてと。
私は遊びに来たわけではない。猫耳コーヒーゼリーに満点を付けて、奥の支配人室へ向かう。私は椅子にどかりと座り、人間である支配人は立ったまま私を出迎えた。私はプレッツェルの先端を齧り、ぷはぁと息を吐いた。
「暴猫組どもに金を払ってるようだな?」
「へえ。必要経費かと」
健全なる猫人メイド喫茶なのにみかじめ料が支払われていた。チキューでのメイド喫茶は風俗店のように変化しバックが危なめな店ばかりになったものだが、元来のメイド喫茶は過度なサービスはないただのコンセプトカフェだ。タッチもおしゃべりもツーショット写真もないのだ。
「この街じゃあヌアナクス隊が治安守ってますからねえ。店員に手を出そうとする客も多いんで助かりまさあ」
「じゃあいいか」
治安維持で役立ってるなら必要経費だな。どうせヌアナクスが悪いことしてんだろと思ったら思ったよりちゃんと仕事してんだなあいつ。
「優良店認定としてキラキラ精霊姫カードを進呈しよう」
「おお!」
私の手自ら魔法結晶化したセクシー精霊姫カードだ。これ一つで屋敷一軒は建つ。多分。
それは店内の安全なカウンターの中に額縁に入れられて飾られた。
店員たちに見送られながら、外をぶらる。他にも店は建つが、どこも同じようにみかじめ料を払っているのだろう。黒服の猫人がナクナムの瓶を手に、ベンチでぐで~としている。あれで治安維持できてるのか?
私はその黒服猫人のほっぺをぺちぺちぺちんこして叩き起こした。
「にゃんじゃあわれぇ」
黒服猫人は牙をむき出しにしてくわぁと起き、私に掴みかかろうとする。その直前に私の体はソルティアちゃんに腕を引っ張られ、護衛クマッチョは黒服猫人の首元を掴み、サビちゃんはふしゃーっと威嚇した。
護衛クマッチョに首元を掴まれた黒服猫人は、目を見開いて体硬直させた。領主に掴みかかろうとする……その時点で彼は去勢の刑になるほどの重罪なのであるが、寛容な心で私は赦した。
「何してたの? サボり?」
「んにゃあ。猫人の皇女が来るっつーんで迎えに行けって言われたんぬぁ」
猫人の皇女……? はて?
私は思わず昔と違って白い毛並みツヤツヤとさせているサビちゃんを見た。サビちゃんはイカ耳モードだ。うん。こいつじゃないな。
「それで酔っ払って寝てたんじゃやっぱサボりじゃん」
「ぬぁぁ。なかなか来なくてぇ、誰だかもわからにゃーし……ふぁ!?」
黒服猫人はサビちゃんを見て、ヒゲをピーンと伸ばした。
完全に勘違いしたようだ。
黒服猫人はサビちゃんをお姫様扱いをし、サビちゃんは調子に乗った。
私たちはそのままヌアナクスの元へ案内され、黒服猫人はヌアナクスに殴り飛ばされて吹っ飛んだ。
「若えのが迷惑かけたな」
駅で他の猫人は出迎えに来てたんだから、やっぱこいつはただのサボり猫人であった。お尻ぺんぺんの刑だろう。だめだ。猫はお尻が性感帯だからぺんぺんするとご褒美になっちゃう。
よっこらせとヌアナクスの前のぷにぷにクッションに座った。
「ヌアナクス、なかなか上手くやってるようじゃあないの」
「ああ。おめえさんのせいで、俺も人間らしくにゃっちまった」
ヌアナクスは生ハムの原木を齧った。それそのまま齧る人間はいないぞ。――なお、猫人は塩分を摂っても大丈夫だ。そもそも猫は塩分摂ってはいけないということもない。猫は塩味を感じられないだけだ。野生の猫は海の水をぺろぺろ飲めちゃうのに、塩分を心配する必要はあるまい。ただ、腎臓に寿命があるので負担をかけないに越したことはない。やっぱ猫に塩はダメだね。
私は私のために用意された人間用に薄く切られたハムを摘んでぺろりと食べた。酒が欲しくなる。
「で、話があんだと?」
「とりあえず、森で豚を勝手に取るのは止めてね」
「うちのもんじゃあねえな」
本当かー? 誤魔化してるわけではないらしい。よその猫人が闘技場へ向けて牙を研いだり、ヌアナクスに贈呈するために捕まえてくるらしい。それはそうとして、暇つぶしに森へ行くヌアナクス組もいるようだ。やっぱいるんじゃねえか。
「いんや。うちのもんは許可を取ってる。取ってねえで行くやつもいるがな。ガハハハハ」
ガハハじゃないんだわ。もー。
他にはそうそう、本題だ。粉飾してるんだろ? 私はドストレートに聞いた。
「数字はわかんねえぞ。俺ぁそういうの関わっちゃいねえ」
そんな気はした。
「だが、ナクナムの畑を森に勝手に作った」
作るな。ナクナムの収支で決算書がおかしくなってるってことだな。わかった。
「ほどほどに」
ヌアナクスは麻薬王だ。まあやるよね。ちょっと気持ちよくなる成分のある葉っぱだが、人間には害はないし……。無理に取り締まったら禁酒法状態になりそうなので許す。
結局元裏社会の猫人が領主公認で牛耳っている街なんだから、資金の出入りは怪しくなるに決まってるんだよな。粉飾はおそらくあるんだろう。ヌアナクスは隠すつもりはなくても、人間の経理が「これまずくね?」と勝手に忖度しているのかもしれない。どこまでいっても無くならない問題だ。そこに悪意があるかどうかの差でしかない。
私はナクナム茶をうっかり飲んで気持ちよくなった。ふにゃあ~。そうだ。私は人間じゃないからナクナム茶で気持ちよくにゃるんだった。ごろごろ。ソルティアちゃんに膝枕されて喉を撫でられた。
はっ!
私はサビちゃんと目が合って正気に戻った。
「次は研究所か」
丘の麓のババ・ブリッシュ法研究所。ここでも猫人が働いている。元々ニャータウンの糞尿処理場だったからな。
しかしそれにしても糞尿処理施設で働くとか猫人の中でも底辺だろ……。と、思って資料を見たらなんかすげえ賃金が高い。待てよこれだけ賃金を上げないと応募が来ないのか? と思ったら違うらしい。正真正銘、研究所で実務作業する猫人は、ここではエリート扱いのようだ。
まず人間の施設で働く上で、人間社会に適応している必要がある。研究所に入る上で身元がしっかりしている必要がある。選ばれし猫人なのだ。
よく考えたら研究所で働く人間もエリートだ。先入観で差別的に見てしまっていたようだ。
高いお賃金も当然だ。研究所にはリスクは付き物である。もし研究所が事故で爆発を起こしたら、オルヴァルト・ニャータウン駅はうんち駅となるだろう。我々人類と猫人はうんちまみれになる覚悟でババ・ブリッシュ法に取り組まなくてはならない……。
いざ、研究所の視察へ――




