226話:内政モノは内政だけし続けるのが一番面白いんだから
いまさらながら
魔道具:魔石を使った魔法道具
魔導具:魔導回路を用いた機械
といった感じのおおざっぱな分類です。基本的にはメカニズムの複雑さですが、複雑な機構でも手に持って使える日常的な道具は魔道具だったりします。作中表記はぷにぷに少女しだいです。
――エイジス歴1705年春。
中身がおっさんな姫ちゃん美少女は、屋敷で暇を持て余していた。
この世界に意識が芽生えた頃に自らは人外ではないかと感づいていたのに、今更ながら自身は本当は植物で、その正体は世界樹で、その化身ではないかと気が付いた植物人間だ。そもそも精霊姫という呼ばれ方からして人間扱いされていなかった事に、ベッドでにゃむにゃむとまどろんでいた時にはたと気づいた。
つまり、生活はいつも通り何も変わらず、私がメイドさん方に猫可愛がられて撫で回され愛玩されてるのは魔力補給と気づいてしまったくらいだ。実益があるならしょうがない。私はお人形のように心を無にしてむにむにとされる。なるほど。猫が撫でくり回し続けると我慢ができなくなって「シャー」とする気持ちがわかった。
さてはて。
そんなメイドさん方への暇つぶし娯楽。シビアン兎の粗悪魔石消費課題。撫で回されている間に色々考えているうちに、モノ作り欲が沸々と漏れてきた。髪から漏れる虹色の魔力がぽわわんぽわわんとスライムのように何か形づくろうとしては崩れていく。
そして思考は逸れていく。
結局内政モノってやつは冒険とかしないでひたすら内政するのが一番面白いんだから。みんなそれがわかってない。最初は地道にモノ作りしてたくせに、す~ぐみんな冒険始めてピンチに陥って世界救ったりするんだから。違うの。そういうのは求められてないの。
私はドンと机と叩いて立ち上がり、座った。
ソルティアちゃんは冷めたお茶が気に入らないのかと思ったのか、別のカップを用意して煎れ直した。猫舌あちちなので私は冷めた方を一口飲む。
「お散歩でもするか」
私は立ち上がり、庭でお茶とかするアレから出て、ぽってぽってと庭を歩いた。昔はよくこの屋敷の庭園でタルト兄様と妹シリアナと追いかけっこをしたものだ。
表玄関だと思っていたこちら側は裏庭だ。それはこのオルビリア宮殿が元々は砦だったことに起因する。森側の裏庭だと思っていた何も無い広場側が表。つまり森の魔物の脅威から街を守る方角だ。
だからと言ってどうという話でもない。ただ、メイドさん方が庭園の側で仕事をしていたり、出入り業者が庭園の方から入ってきてもおかしくないという疑問が解けただけだ。
庭をぽってぽってと歩いていき、脇に逸れる。ママ上が住んでいる離れへの道だ。こちらを進んでぐるりと回ると、弟アルテイルくんの秘密の遊び場へ出る。最近は時々こうやって出かけて基礎魔法の魔力弾射出を教えている。
私からみて、弟アルテイルくんは魔法が下手くそだった。
「おっすおっすー」
「おすーティアラ姉さま」
アルテイルくんの隣の侍女はこめかみに指を当てて目を閉じた。頭が痛いらしい。
「本日もしゅてあします」
「せんせー、ご指導よろしくおねがいします。押忍」
子どもは聞いたことのない言葉が好きだ。
私が空手の正拳突きを真似て、「押忍! 押忍!」言っていたら、アルテイルくんに押忍ブームが来た。まずは魔法練習のウォーミングアップにまずは正拳突きだ。
「じゃあ、しゅてあしてみて」
「押忍! 魔力弾射出」
アルテイルくんは正拳突きとともに、お友達のホネホネメイド骨助へ向けて魔法を唱えた。魔力を塊にして放つはずのその魔法はなぜか電撃を帯びていて、アルテイルくん正面の骨助ではなく、私の方へ曲がってきた。
あびゃびゃ。アルテイルくんの電撃は私に当たる直前で、いつものように自動防御が発動し、魔法はバチンと弾かれて霧散した。
「うーん……やっぱり上手くいかないねえ」
「なんでだろ……しょんぼり」
「しょんぼりだねえ」
私はしょんぼりしたアルテイルくんをよちよちした。アルテイルくんは確実に変な日本語を覚えていく。
アルテイルくんにはちゃんとした師が必要だ。私は魔力をそのまま出すことしかできないが、アルテイルくんは逆に魔力をそのまま出せないようだ。
そもそもなぜ電撃魔法を覚えたんだろう。
「なんでだろう?」
「なんでだろう?」
私とアルテイルくんは首をかしげた。アルテイルくんも覚えていないらしい。
子どもは雷が苦手だ。大人だって好きな人はいない。私だって少しちびっちゃう。
雷を撃ちたいと思って魔法にしてしまう子どもはいない。魔法学校半年生卒業の私の知識では、電撃属性適正がずば抜けて高いのかなとしかわからなかった。
「まあ大丈夫。同級生には的を爆発させた子もいるんだから」
日本人のゴンゾーのことだ。アフロ頭のビリーと共に、フロレンシア社員となり、私の領地で今でも働いている。多分。
「爆発! すごい!」
あちゃあ。アルテイルくんは興味津々で興奮してしまった。次のシュテアは雷で爆発するかもしれない。した。しかもやっぱり私へ向けて飛んできた。
「なんでこっちに飛んでくるの」
「わかんない……」
「わかんないよね」
んー? 私は最近習得した魔力視でアルテイルくんを見てみた。私の魔力視は服が透けて視える。アルテイルくんはメイドさんと同じく抗魔法素材の服を着ているためか、透けて視えなかった。そもそも服が透けて視えるだけだから意味はなかった。
やはりちゃんとした魔法の師が必要そうだ。
頭痛が酷そうなアルテイルくんの侍女が魔法を教えれば良さそうだが、彼女は本来は魔法行使を止めるべき立場だ。そんなこと頼めるはずはないし、おそらくアルテイルくんも一緒にいる彼女にすでに頼んでいることだろう。
待てよ。こういう時こそ脳内ロアーネの出番では?
私はすっかり出てこなくなった脳内ロアーネの存在を思い出した。私は脳内のロアーネ意識体を封印している鍵付きボックスをコンコンコココンとノックした。ピカーンと光を放ちながら箱が開く。
「なんじゃ?」
出てきたのは銀髪赤眼ぷにぷに女神だった。お前じゃない。
「ひどいのう」
脳内ぷにぷに女神はぴょこんと箱から飛び出て、箱の縁に座った。
よく考えたらこいつは女神だ。魔法の仕組みとか詳しいだろう。こいつでもいいや。
「アルテイルくんの魔法の様子が変なのだ」
おそらくぷにぷに女神は私のことを覗き見していただろうからわかるだろう。
「わからん」
「いやいや……」
「わち魔法使えんからわからんのう」
「いやいや……」
ぷにぷに女神は箱の中へ自ら帰り、蓋を内側からばたりと閉じた。
女神のくせにロアーネより使えねえ! いや今思えばロアーネは魔法に関しては優秀だった。ちょっと口うるさいだけで。
――魔法練習解散したその翌日、私はママ上に呼び出された。
叱られるのかと思ったら、テーブルの上にお菓子がいっぱい並べられていた。わぁい。
私はママの対面のソファに座り、お菓子に手を伸ばした。
「貴女はアルテイルの教育の邪魔です」
びびくん。はっきりと叱られてしまった。
とはいえ、私だってアルテイルくんの「ママにかまってもらえない」と嘆いていたことを聞いている。ママがかまって上げてないのが悪いんじゃないの?
「三食共にして、一日一時間は一緒の時間を作り、お風呂も一緒に入ってます」
うーん……十分……か? 少なくともネグレクトではなかった。アルテイルくんが甘えん坊なだけか、それとも普通の七歳児なのか。
私はママにかまってもらえなかったから自身と比較できなかった。ママは魔力を放出できない体質なので、魔力がだだ漏れしている私とすこぶる相性が悪い。私と一緒に暮らしていた影響でママは倒れ、その影響でアルテイルくんの額に魔法器官が付いて生まれてきてしまった。それからはママはこの離れで暮らしている。
「貴女の魔力がどんな影響を及ぼすか、わかっているでしょう?」
アルテイルくんにどんな影響が出るか……。うーん、よくわかっていない。私へ向かって魔法が飛んでくるのもそのせいだろうか。
私は考えながらお菓子をもぐもぐした。
「そういうわけで、魔法教師ごっこはしないように」
釘を刺されてしまった。しょんぼり。
しかしママは見た目や言動の印象と違って甘い。教育の邪魔といいつつ、会うなとは言わなかった。アルテイルくんに悪影響と言われて否定できない自覚があるから意外だ。押忍。
私は二つ目のお菓子に手を伸ばした。ママのせいで今日のダイエットは失敗だ。今日はアルテイルくんを巻き込んでジョギングをしよう。
「シビアン兎の魔石の消化は、歯ブラシを振動させる貴女の案で開発部に伝えました」
ふむふむ。私は三つ目のお菓子に手を伸ばした。もぐもぐ。
「何か必要なものはありますか?」
うーん。甘いものにはコーヒーだ。コーヒーを頼む。私は四つ目のお菓子に手を伸ばした。
「さて、本題です」
え? 今までの違ったの? 私はリスのようなほっぺをしながらママを見た。
「貴女の領地で粉飾が行われているおそれがあります」
な……なんじゃと……?
内政モノ生活するかーと思ってたけど、そういうガチなやつ? わちわからんけど?




