206話:夜会襲撃
さてどうやってこの偽ヴァイフを取っちめようか。どう考えても偽物である。
まず本物の皇帝の孫はリルフィだ。そしてティックティンの過激派組織はヴァイフ少年のことを皇帝の孫と勘違いしている。そして私の敵は姿を変える魔法を使うことができ、一度取り逃がしている。
推理小説なら完全な駄作である。
……まあ、違ったら違ったでそんときだ。
月明かりの下、噴水の前で良いムードの二人。確か私はヴァイフ少年と恋仲だったということになっているので、偽ヴァイフの告白を受け入れた。
歩み寄り近寄る二人。偽ヴァイフは笑みを浮かべている。計画が上手くいっているからであろう。そして私もきっと笑顔だ。
そして間合い。
――殴りかかるなら確実に、最短でしゅっと。
髪の毛のパンチが偽ヴァイフの顎に突き刺さり、偽ヴァイフは錐揉み回転しながら噴水に突っ込んだ。よし!
水浸しで気絶した偽ヴァイフはぐにゃりと姿を変える。良かった。やはり偽物だったか。その姿は顔あばたなおばさんになった。とりあえずぎゅぎゅっと髪の毛で縛り上げて拘束する。
衛兵を呼ぼうと思って振り返ったその瞬間に、パーティー会場が爆発した。
「ぬがっ!?」
向こうも狙われただと!? いや、こっちの作戦が失敗したので強攻策に切り替えたのか。
私はおばさんを髪の毛で拘束したまま駆けた。シリアナは無事か!
がしゃあん。扉の向こうから派手に窓ガラスが割れる音がした。
私は慌てて扉を開け放ち、会場に飛び込んだ。
シリアナは無事だった。しかし床に座り込み身を縮こませて震えている。かたわらにシリアナの侍女とソルティアちゃんが付いていた。ナスナスは会場内を収めるために動いている。
私はシリアナの隣に座り、背中を撫でた。
「大丈夫か?」
「……うん。にゃんこが守ってくれた」
そうか。にゃんこが。偉いぞ。
で、にゃんこは?
「にゃんこが、悪い人をぱくってしたら、どかんって爆発しちゃったの」
え、じゃあにゃんこは……。
「にゃんこいなくなっちゃった……」
にゃんこぉ! クッ――
待ちなさい、感傷に浸ってる場合ではございませんよ。そうだ。この捕まえたおばさんを。残党は。
私がきょろきょろしていると、ナスナスがこちらへやってきた。
「精霊姫か。魔術師の襲撃に遭ったが大した被害はない。逃げた奴らは私の部下が追っている」
「竜姫は?」
「敵を追いかけて、そこの窓から飛び出していった」
よし私も、と立ち上がったところで、ナスナスに腕を掴まれた。
「おい髪の毛に何か付いてるぞ」
「忘れてた。こいつ知人に変身して私に取り入ろうとしてきた」
「ほう。この女、指名手配犯の、そう、二つ名は化け者だ。姿を変え、名前も不明。我々がマークしていた女だ。大手柄だよくやった」
ナスナスは衛兵を呼び、魔力封印のずだ袋に化け者と呼ばれる女を詰め込ませた。
「よし、じゃあ殲滅に――」
しかし再びナスナスに掴まえられる。なんだよ。
「俺たちに任せろ。それよりも妹に付いてやれ」
妹シリアナは殺意を込めた魔法でトラウマになった。そして再びそれを向けられた。ここにカンバが居れば良かったのだが、彼女の震えを止める者は。私にはシリアナに寄り添うことしかできない……。
いや待てよ。私は髪の毛でシリアナに有線接続した。
すると、シリアナが先ほど観た光景が私に伝わってくる。一部のウェイターやメイドが慌てた様子でシリアナに近づく。それをにゃんこが威嚇して、それでも近づく男に噛みつき、そして辺りに衝撃が走った。
どうやらシリアナはここで一旦軽く気を失ったらしく、その次には目の前に私がいた。
(アナは何をそんなに悲しんでいるの?)
(ララの大事なにゃんこが私のために死んじゃった)
(アナのせいじゃない。にゃんこは役割を果たしたんだ)
(ララは悲しくないの?)
(悲しい。けどアナが無事なことが嬉しい)
(アナは嬉しくない)
なるほど。にゃんこが爆発したショックの方が大きいらしい。
私だって悲しい。しかし驚くほどに冷静だ。これもカンバの精神魔法の影響なのか。それともロアーネの声のおかげか。またはまだ心が実感していないだけなのか。アドレナリンで感情が麻痺しているだけなのか。
私は絨毯の上にキラリとした塊を見つけた。それはにゃんこのたてがみのような炎の石。赤く燃えているが触れても熱くない。魔力の炎。その残滓。
私は髪の毛でそれを掴み、包み込む。
ふんぬ!
「あ、にゅにゅちゃ、待っ」
もう出る。待てない。
しゅわわわっ。生命の息吹を感じる。月の女神は私の力を【生む】力と言った。そうだ私は生み出せる。にゃんこ! 生まれろ!
にゃんこの残した魔石は子猫となった。
「もー、にゅにゅちゃんも漏らしちゃったのですか~」
も?
私はシリアナに振り返った。も。
私はシリアナに新しく生まれた子猫を抱かせた。
「あったかい。にゃんじろー」
勝手に名前付けられた。まあいいけど。
にゃんじろーはシリアナの腕の中にすっぽり収まって大人しくしていた。
猫ロストで空いた心の穴は猫型で、猫でしか癒やされないと言う。
さて。
こんなことになったので夜会は中止になったのだが、シリアナとナスナスの顔合わせとしては成功していたらしい。
「アナ、ナスナス結構好みかも」
などと、ベッドの上の女子ネグリジェパーティーで、にゃん次郎を抱えながらシリアナは惚気けていた。
「ああいうのが好みなの?」
「ちょっとパパに似てるよねー」
え? どこが? パパはあんな嫌味じゃないし甘やかせてくれるけど。全く違うけど。
しかしそうなると、いけ好かお兄さんのナスナスは、いけ好か義弟になるのか? ふむ。身内になるのは嫌だなあ。
「で、竜姫はどうだった?」
すでに私は偽ヴァイフの、化け者と呼ばれるおばさんをぶっ飛ばした話をした。竜姫にめちゃくちゃウケた。竜姫はぎゃひぎゃひ笑った。笑い方きたねえなこいつ。
「追いかけていって全員ぶっ飛ばした。ついでに追いかけてくるやつもぶっ飛ばしたら軍人さんだったわ」
てへぺろ。竜姫はてへぺろした。かわいいから許されたが……。
「だけどいっぱいいたんでしょ? よく取りこぼさず捕まえられたね」
「なんかねえ、一箇所に向かって逃げていた。きっとアジトだったんじゃない? 知らんけど」
知らんけどて。
「それっぽい穴に向かって竜の息吹ぶっ放したから知らにゃーい。焼肉ぱりーないっ!」
今度は竜姫はにゃははと笑った。こいつ酔ってんのか? それぶどうジュースじゃなくてアルコール入ってない? 酒臭くない?
そしてアジトらしき穴はナスナスの部下の軍人さんが探索したようだ。大変だなあ……。
竜姫の話の間に、シリアナはこてんと寝落ちしていたのでふとんをかける。私たちもジュースとグラスとお菓子をぺぺいとベッドサイドに片付けた。
そして私たちもベッドに潜り込む。なぜか竜姫は私とシリアナの間に入り込んだ。両手に美少女を堪能するようだ。こいつ中身おっさんなんじゃねえの?
「そういや竜姫もやっぱり魔術師のこと嫌いなの?」
「だって害虫でしょ」
聖女ロアーネ様聞いておられますか? あなたの広めた平等思想は害虫呼ばわりされております……。
「オルビリアも気をつけて。私の住んでいた街みたいになっているもの」
「と、いうと?」
「都市に人が集まりすぎた」
ふうむ。確かに急発展は良いことばかりではない。かと言って人の流入を留める方法もなあ。経済とかわからんし。
きっとパパンとかママンとかタルトがなんとかしてくれるだろう。私のお尻はタルトに拭わせておけばいいよね!
もっと竜王国のことを聞こうと思ったけども、竜姫もお疲れで眠ってしまった。ぐごご……といびきをかいている。いびきも汚えなこいつ。
私もおふとんに潜り込む。鳥の魔物素材のふかふかなおふとんは温かい。温かすぎて暑い。少女三人は熱量が高すぎる。
にゃんこがにゅるりとシリアナの腕の中から抜け出した。私の髪の毛を両手でもふもふもみもみを始めた。気になって寝付けない。んにゃああ……。




