204話:お漏らし聖女
揺れるネコラル汽車の中で、私はルアのおっぱいに埋もれていた。
私とシリアナの首都へ出立。まずはオルバスタ東部ルレンシヒへ寄るのだが、そこへタルト兄様と婚約者でありルレンシヒ侯爵の姫のルアも一緒に向かうことになった。そして私は、タルト兄様にべったりになってしまったルアに久しぶりに甘えることができる。おっぱい。おっぱいだ。今の私の周りにはおっぱいがいない。今のうちにおっぱいを過剰摂取しておく。むぐぐ。すーはー。
「もう甘えん坊ですねえ。赤ちゃんですかー?」
「ばぶぅー」
私はぷにぷに赤ちゃんになった。しょうがない。人は誰しもおっぱいの前では無力だ。無垢の、ありのままの姿となる。このおっぱいをタルトは日ごろから好き勝手にしているというのか。許さん。
私はタルトをちらりと見た。タルトは興味なさそうに車窓から外の景色を眺めている。しかし全くの無関心というわけではなく、気恥ずかしそうな雰囲気を出している。ふん。どうやらタルトはルアのおっぱいを堪能していないらしい。ぽにゅぽにゅ。
「もー。ララったら子どもねー」
妹シリアナにそう言われ、私はしゅんと姿勢を正す。
違うから。ちょっと揺れで姿勢を崩しただけだから。欲望に負けてないから。おっと。私は再びこてんと上半身が倒れてしまった。あぶなーい。そのままルアの腰に抱きついて、太ももに顔を埋めた。すーはー。
しかし、そんなただの事故を起こしただけなのに、私はべりりとルアから引き剥がされた。一体誰だ。ソルティアちゃんだった。ソルティアちゃんはルアに謝りながら、私のことをぎゅむっと抱いた。残念ながらソルティアちゃんは平原であった。彼女は野生動物のように美しく無駄のない体型である。私は胸筋の上のかすかな温かみを楽しんだ。
「じゃあ私も」
しゅわっと隣に現れた竜姫は、おもむろにルアに抱きついた。そして親指をぐっと立てた。こいつ、変態か。私はそんな竜姫を髪の毛を使ってべりりとおっぱいから引き剥がした。
しかしその瞬間に汽車は激しく揺れた。二人は体勢を崩してもつれ合う。ごろごろ。お互いの股間に顔を埋めた状態で床を転がり、汽車が止まると同時に私たちも壁に激突した。
緊急停止。
何が遭ったのかと騒ぎが広がる。車掌から場内アナウンスが流れた。……どうやら線路に魔物が横切ったようだ。どうやらよくあることらしい。でかい豚の魔物、背脂豚がのっしのっしと近くを歩いていた。
「美味そう」
竜姫はじゅるりとよだれを垂らした。もしかして竜の姿だとまるごといっちゃうタイプ?
そんなこんなでのどかな列車旅は続く。そう、のどかなのはスピードを出せないからだ。魔物と事故るから。主要な鉄道周辺は兵士が監視しているのだが、全てをカバーしているわけじゃない。それに人の手が足りないので猫人の手も借りている。そして猫人は猫なのですぐにサボる。
あ、また日向ぼっこしてうたた寝してる猫人がいる。
ルレンシヒ地区の中心街ロンナルクへ付いた。姫様おかえり。オルバスタご子息歓迎。衛兵が並び立つ駅のホームの後ろは、色んなボードを持った人たちが詰めかけていた。
かぁんかぁん。がたとんごととん。ぷしゅー。ネコラルの碧い蒸気を吹き出して汽車は止まった。
私はふらふらりんこ千鳥足になりながら下車に向かう。車内ではしゃぎすぎた。食べたばかりのお菓子とジュースがお口から漏れちゃう。
色々と情勢が危うい元ヴァイギナル王国のルレンシヒ。そんな中で私たちは大人気であった。大人気すぎて私のファンが詰めかける。きゃーにゅにゅちゃーん。
「近寄るな」
そんなファンを私は冷たくあしらう。今はファンサービスする余裕はない。私はしゅんしゅんと髪の毛をムチのように振るってファンたちをいななせる。そして駅のホームのベンチにどかりと座って、仰向けで横になった。
ああ。揺れない地面って最高。
「あ、死んでますねー」
ルアがおっぱいゆさゆさしながらやってきて、私の頭を持ち上げて膝枕した。もにゅん。ルアは成長しすぎた。膝枕が高すぎる。
「ルアはタルト兄様のとこへ。ソルティアを呼んで」
チェンジ。ソルティアちゃんは肉付きは悪いがちょうど良い高さの膝枕なのである。
私を囲むファンと衛兵をかき分け、慌てた様子できっちり服装のナイスミドルが私の元へ駆けつけた。そして挨拶して機嫌をうかがう言葉をかけ、ソルティアが「ただの乗り物酔いでございます」と答えると安心した様子を見せた。
ナイスミドルは魔法で小さな氷を作り出し、私の口に当てた。ん……おじいさんの手作り氷……。ひんやりと気持ちいいのに気持ち悪くなった。
小休止したのちに私は宮殿に運び込まれた。その担架で再び気持ちが悪くなる。お、下ろしてくれぇ!
熱いお風呂を要望してぽちゃりんこするも、未だ脳はゆらりゆらりと漂う海のくらげかな。三半規管はゴッホの病気。おなかはぽっこり打ち上げられたクジラの死体。煌めく魔導灯は夢銀河。あっちらぷーぷーとんてんかん。
いい加減私は辛いので、脳内のロアーネボックスの中に逃げ込んだ。代わりに温かい陽光が脳みそを支配する。後は任せた。私は眠りにつく。
目が覚めたら、箱の中だった。
くぁーこっこっこくぁっ……くぇーかっくぁくぅぉおおるるるるる!
鶏だ。鶏が鳴いている。うるせえ。鶏肉にするぞ。
私が箱から飛び出すと、そこはベッドの中だった。なんだ朝か。
天蓋カーテンを開き、ぴょこんと絨毯に降り立つ。窓をしゃかっと開けると、空が碧かった。
「うん……うん?」
先ほど見たロンナルクの街の空とは違う。見覚えのある二階からの光景の、庭の樹木。うーん。ここ、リンディロンのおじいちゃん博士の屋敷じゃね?
どうやら私はロンナルクから首都リンディロンまでワープしてしまったらしい。ふふ。世界樹……ウニの樹じゃなくてもワープできるようになっちまうとはな。自分の才能が怖い。
とりあえずおちっこへ行こう。
扉を開けると、隣の部屋にはソルティアちゃんがすでに着替えていた。ふむ。やはりもう少し肉を付けた方が良いと思うが、ああ見えてみっちりした凝縮された筋肉の塊の肉体である。スレンダー好きとしてはたまらないが、実用的には固いのだ。実用とは抱きまくら用途のことである。
「お目覚めになられましたか、ロアーネ様」
「ロアーネじゃないけど」
ふぅむ。どうやらロアーネに完全に身体を乗っ取られて、ここまでロアーネとして行動されていたらしい。あいつ、変なことしてないだろうな?
「あら、今はにゅにゅちゃんなんですね~。おはよ~」
ふむ。主人が変な人格に乗っ取られていたというのに、ソルティアちゃんはふわふわである。どうやらロアーネは私の身体で変なことはしなかったようだ。むしろいつもよりしっかりしていて助かったと言われてしまった。くそっ、ロアーネの奴め、猫かぶりしやがって。私と同じ月の女神の因子を持ったぐーたらなことはバレてるんだぞ!
ロアーネは脳内ボックスの隙間からにゅるっと顔を出し「今は私もティアラ様の一部なんですけど」とクレームを入れてきた。そして「汽車で気持ち悪くなったので呼ばないでください」と言って引っ込んだ。そもそも呼んでないが。
「ここまでの記憶がないから教えてくれ」
「大したことは起きてないですよ~?」
私はトイレで扉越しにソルティアの話を聞いた。
・予定通りタルトとルアはロンナルクに留まった。
・ロアーネと竜姫が喧嘩した結果、タルトは自分でトイレの水を流せるようになった。
・ロンナルクの宮殿の庭にウニの実を植えていた。
・列車の途中でテロリストに襲われたがフルボッコにした。
・翼ライオンが襲ってきたと思ったらにゃんこだった。
「後はそう、今はナス……ナスナスさんの部下がこの屋敷を管轄しているそうですよ」
「ふぅん。大したことだらけだったように聞こえたけど?」
待って。ロアーネさん色々とはっちゃけてない?
まあウニの実は良いとする。多分ウニの実がぷるぷる震えて察したのだろう。
列車のテロリストは、まあ、大事件だがそういうこともあるだろう。
にゃんこは丸くなって昼寝してたから置いてきたが、どうやら付いてきてしまったようだ。
「タルトが魔力を出せるようになったって、なに?」
「ええとまず」
じゃあああ。
トイレから出た私に、ソルティアちゃんは身振り手振りで語る。
まずロアーネが竜姫を「最近の若い者は」と煽った。竜姫は竜姫で「ロートル聖女が」と煽り返す。性格破綻者同士、相性最悪だな。
そしてロアーネが格の違いを見せつける。タルトの魔法器官をある程度魔力が使えるまでに再生させたのだ。竜姫はそしてぐぬぬった。
「タルト、良かったな」
「プロスタルト様は、『ずっとロアーネ様のままでいてくれ』とおっしゃっていました」
「タルト、ふざけんな」
どういうことだよ。ぷんすこ! 私はぷんすこした。
「あと、ロアーネ様でもお漏らしなさるんですね。ふふっ」
「くわしく」
タルトの治療をする時に、ロアーネは「なにこの、すっご、溢れっ……」と口にしたあと、じょばあと盛大に漏らしたようだ。ロアーネでも漏らすのか、この身体は。
「その後に急に『ねむいー』と言ってその場で横になって大変でしたよ~」
「ああ、ポアポアったのか」
ロアーネの魂は先にぽぽたろうと一緒になっているので、時々、かなりそっち寄りになる。普段脳内ボックスに引きこもってるのもそのせいであろう。
「目覚めたらまたシャキっとなられて『一時的な治療で長くは使えん』キリッ。としててギャップが面白かったです~」
「ふぅん。あ、リズ!」
竜姫がぽてぽてとトイレに向かってきた。私の姿を見かけると、びびくんと後ずさった。
ロアーネ、竜姫に何したの?
「出たわね。お漏らし聖女」
「聖女じゃないにゅ」
「なんだ、ただのぷにぷに幼女か。おかえり」
私と竜姫は両手を取り合いくるくる周り、幼女ダンスをした。その途中、竜姫は尿意を思い出し、トイレに慌てて駆け込んだ。
治った(治ってない)




