160話:ワームホールの説明の定番のやつ
なんかタルト兄さまがマッチョになってね?
ドレスに着替えた私はぼんやりした脳みそで、タルト兄さまが速歩きで廊下を奥からやってくるのを見つめた。そしてタルト兄さまは私の目の前に立つと、私の頭に手を伸ばした。なんだ? なでなでか? くるしゅうない。タルト兄さまは私の頭を掴んだ。いたい。なにするの。
「なんでティアラは毎回面倒を起こすんだ?」
面倒を起こしたのは私ではない。妹シリアナだ。あいつが横からぶつかってきて、森の中に吹っ飛んだのだ。ついでに魔法学園の世界樹へワープした。ワープ自体は漆黒幼女ノノンがすぽすぽやってきていたので驚きは感じないが、世界樹ワープは私にも使えるとなると胸が躍る。何ができるだろうか。うきうき。そわそわ。
タルト兄さまのお説教を上から下に流していたら、ぎりりと握力が増した。
わ、私の自動反撃が発動しない!? タルト兄さまは魔力を吸収しない体質だ。ゆえに放出もしない。私はタルト兄さまの暴力に無力なのであった。
……と、まあ本当に無力なわけではないが。私は髪の毛をしゅるりと操りタルト兄さまの腕を掴むと、ぐりりと捻り上げた。ふふん。女の子に手を出すのが悪い。
私は調子に乗っていたら、タルト兄さまに付いていたルアが私の身体を持ち上げた。ぷらーん。
「こらっ! お兄様に手を上げてはいけませんよっ!」
えへへ。久しぶりにルアに叱られちゃった。
いや待てよ。私も暴力を振るわれていたのだが? 解せぬ。
私はぷうと頬を膨らませて、タルト兄さまを離した。ぽとり。そして私は一言いっておかなければならない。
「おつとめごくろうさまです!」
ちょっと二人のほぼ全裸の幼女姫が森の中で突っ込んでいったからといって大げさだなあ。私とシリアナが翼ライオンに乗って帰還すると、大規模な捜索が行われようと近衛兵たちが列を成していたのであった。
そして叱られたのは私だけであった。
このまま立ち話はなんなので、談話室へ移る。談話室ではパパがそわそわと待ち構えていた。ぱぱー! 私が駆け寄るとパパも駆け寄り、そして私を抱き、上げなかった。腰を気にしているらしい。
それにしても大げさな。私はソファにどかりと座り、酸味の強い赤スグリのケーキを髪で掴んで口に入れた。もぐもぐ。
「それで、魔法が飛び交う地に転送されたそうだね?」
な、なぜそれを!? 一緒にいたシリアナしか知らないはずなのに!? まあそりゃシリアナが話したのだろう。好奇心旺盛幼女がお口にチャックできるはずがなかった。二人だけの秘密にしようねって言ったのに。多分シリアナの中では家族の間は秘密の中に含まれるのだろう。
「ティアラ、何があったのか話してくれるかな?」
私はぺらぺらと話した。私も秘密にするつもりであったが、パパに頼まれたらしょうがない。それにすでにケーキを食してしまっている。ぷにぷに幼女は甘いものに勝てない。
「世界樹……待ってくれ。森の泉にそんなものあったかね?」
やべ。言ってなかった気がする。私はシリアナが全てやったと白状した。本当にシリアナがやったのだ。しかしなぜか周囲は私に疑いの目を向けていた。私への信用度が低すぎる。無理もない。私も自分で言ってて妹に擦り付けているようにしか聞こえない。
まあしかし、パパからしたらどっちがやったかは関係なかった。どっちも悪いのである。悪い子なのである。水流ジェット暴走幼女と一緒にされたくないが、同罪となってしまったようだ。
問題はそこではないのではしょられる。
私がケーキをもぐもぐしている間にパパとタルト兄さまが勝手に会話を進めた。
「世界樹での転移……。そのような話はパパは聞いたことがないぞ。妖精小路のようなものだろうか」
「先日まで客に来ていたティアラのご友人の影響は考えられませんか?」
それはない気がするけど、私は咀嚼に忙しい。もぐもぐ。
いや待てよ……。私は閃いてしまった。もしやこのケーキは私の口を塞ぐ策略なのでは……。私はごくんと呑み込んだ。
「ノノンの沼移動は魔力の水の中を泳ぐようなものだから別物。ちょっとパパの万年筆貸して」
私が万年筆を要求するとパパがおろおろしだした。高いもんね、きっと。前世でも文具店で普通に売られていて高いものは数万円した。高級品なら一桁上がる。それがこの時代で、さらに国の広大な土地を治めるパパが使う逸品となったら子どもが安易に手にしていいものではないだろう。
ぶるり。なんか急に怖くなってきた。やっぱタルト兄さまのでいいや。
「おい。父上に新年のお祝いに頂いた物なんだぞ!? 壊すなよ!?」
え、なにそれずるい。私、なにも貰ってない。
じろー。私はパパをジト目で見つめた。パパは私の視線の意図に気付かずににこにこしている。あの反応、もしや私が貰ったことを忘れてるだけだな? 何貰ったかな。きっとパパのことだからドレスとかであろう。私は着せ替え人形状態でメイドさん方に着させられているので、服が増えてもよくわからない。別に服に無頓着なわけではないが、超絶美少女である私がどのドレスを着ようとかわいさカンストなので、ステータス値に変化はないのだ。ふふん。
そんなことはどうでもいいとして、私は紙に二つの○を書いた。そして○から○へ線を描く。
「ここからそこへ移動する。これが普通の道のり。そしてノノンの沼魔法はこう」
私は紙の線の部分を山折り谷折りして、○と○を近づけた。
「ふうん。じゃあ世界樹の転移はどうなんだ?」
私はタルト兄さまの言葉にふふんっと鼻息で返事をした。そう、私はアレをやるつもりだ。ワームホールの説明の定番のやつだ。
私は一度紙を広げて、二つ折りにして○を重ねた。そして万年筆を振り上げた。
「おいやめろ! ペン先が痛む!」
ちっ。良いところだったのにタルト兄さまに腕を掴まれてしまった。勘のいい奴め。
仕方ないので、私は髪の毛を操りぶすっと○に穴を空けた。そして紙を掲げてパパに両面の穴の開いた○を見せつけた。
「なるほど。やはり妖精小路か。さしずめ世界樹小路と言ったところか」
驚かれなかった……。反応が薄くて残念である。
しかし妖精小路とはなんぞ? この世界の妖精は邪悪な羽虫の魔物である。前世でもフェアリーがかわいいイメージなのは日本特有かもしれないが。洋物フェアリーは凶悪だし。
そして私は妖精に殺されかけたので、その時のことは脳みそがケーキで埋まった私でも流石に覚えている。妖精の花園は外からと内からで様子が違い、さらに私は怪しい植物に囚われた。きっと魔力で歪み、幻惑された光景が妖精小路なのだろう。
それにしても世界樹小路か。
「世界樹ワープがいい」
呼び方は世界樹ワープとなった。なぜならパパは私に甘いからである。
「呼び方などどうでもいいだろ! それよりも、森と戦場が繋がっているということをどうするかだ!」
きょとん。
戦場? 何言ってるんだタルト兄さまは。パパもさっきまでの弛んだ顔と違って真剣な表情だ。
ああそうか。シリアナはワープ先の場所を知らない。そして魔法音は魔法学校の練習場ということを知らない。なので、タルト兄さまは勘違いしてしまったんだな。ぷーくすくす。
ぷにぷにほっぺをむにゅられた。
「転移先は魔法学校だよ。魔法の音がしてたのは修練場の近くだったから」
「なんだよ! 先にそう言えよ!」
なんだよ。勝手に勘違いしたくせにー。ほっぺた離せ。
「ふむふむ。それで、二人は水浴びをしていて裸だったようだが……」
「なんで水浴びで森に突っ込むんだよ……」
そうは言われても……。
どうやらパパンは嫁入り前の娘たちの裸が見られていないか気にしているようだ。私はマイクロビキニを着ていたが。
「見られる前に戻りました!」
「見られる前……とは、つまり誰かに見つかった、と?」
あっ。しまった。私は口にケーキを詰めた。むぐむぐ。これで追及の手は逃れた。
「チェルイ魔法学校に手紙を送って置かねばな……」
なんて送るんだろう。うちの愚娘が素っ裸でワープしてしまいお騒がせいたしました、とでも書くのだろうか。恥ずかしいのじゃが。
しかし手紙じゃ時間がかかるだろう。それまで魔法学校は存在しない曲者を探すことになる。電話があればいいのに、この世界は電気技術が発達していない。まあ電線立てても魔物が壊しそうだから難しいか。
あれ? でも速達する手段があるじゃないか。
「世界樹ワープで手紙を送れば早いよ!」
えへん。私は無い胸を張った。
なぜかタルト兄さまに呆れられた顔で見られた。なんでや。賢いアイデアやろがい。しかしなぜかパパも困り顔だ。
「どうせ転移のこと書くなら実演で行った方が早いでしょ?」
「そうかな……そうかも……」
「父上。騙されないでください。ティアラは何も考えていません」
失敬な。
しかし言われてみれば、見つかってさらに騒ぎが大きくなるかもしれない。そしたらモルモットのように転移実験に使われてしまうのだ。そんなことされたら過労で痩せてしまう。
私は一日一時間以上働けないのだ。
「いや、ティアラに任せるとしよう」
任されてしまった。
私は手紙を持たされ、パパとタルト兄さまと共に森へ入った。二人は馬に乗り、私は翼ライオンに乗る。ぬっこぬっこ。秘密を知るものは少ない方がいいので連れはいない。
こうして油断したところへ敵が出てくるものなのだ。私はキョロキョロしながら森へ進む。
何も出なかった。ウニスケ樹の前へ無事に着いた。
「では、行って来にゅにゅ」
私はにゃんこから降りて、ウニスケ樹に手を伸ばした。
しかしこういう時って失敗するんだよね。転移したのは偶然に条件が揃っていたとかでね。ふふ。
普通に転移した。虹色結晶樹の前へ無事に着いた。
チェルイ魔法学校の空は赤かった。
「げほっごほっ……。なんだ?」
何やら騒々しい。そしてなんか煙い。煙の元を目で追うと、遠くで火の柱が煌々とそびえ立っていた……。まさかこれは……。
「祭りか!?」
キャンプファイヤーだ! 私は髪の毛を使ってしゅばばばばと駆け出した。
続く




