155話:お風呂
ずいぶんと長いこと地下にいた感じがする。地上に戻ってきたらなんとそこは百年後の世界だった……なんてことはなく、せいぜい一時間程度しか経っていなかった。その時間の多くは最初のポアポアの部屋にいたので、体感とは違ってなんとも短い冒険であった。
リルフィを巻き込み帰還した私たちは、色々な色々で汚れてしまったために浴場へ担ぎ込まれた。リルフィのびっくりお漏らしのせいである。断じて私のではない。
元同級生の侍女ソルティアちゃんが私達のドレスをすぽぽーんと脱がしていく。髪の毛がこんがらがっているので下から。
「なんだか甘い香りがしますねー?」
ふむ。美少女のおしっこは甘い香りがするものだからな。断じて私のではない。
リルフィは男の子だけど美少女として育てられているので、美少女特性を持っていてもおかしくはない。
ソルティアちゃんがリルフィのドレスを脱がして、はたと気がついた。いけない!
「あら? あららら?」
ソルティアちゃんはリルフィの股間を凝視した。それは本来女の子には付いていないものである。そして私は失ってしまったものだ。失くして初めて大切さに気がついた。おちんちんがないと立ち小便ができないのである。いや美少女でもできないことはない。しかし談笑立ち小便は男同士でしかできないものだ。馬車旅の途中で私に背を向けて楽しそうに放尿する護衛の方々を何度も覗き見た。そんな話はどうでもいい。
ソルティアちゃんにリルフィのおちんちんが見られてしまった!
「なるほどー?」
しかしソルティアちゃんは意に介さなかった。あ、すでに知らされているか。しかしソルティアちゃんは他国の者だけどいいのだろうか。それを言ったらルアもヴァイギナル王国の姫だった。今更ながらこんなんでよく情報が漏れてないな……。
私がぼけーっとしていると、ソルティアちゃんは私の髪の毛に付いたべとべとぬとぬとを拭ってじっと見つめていた。
「あ、それは……」
恐らく肉肉しいダンジョンの中の肉片である。汚い。ばっちい。
私は言い出せず、ソルティアちゃんはピンクのねちょねちょを指でぬちゃあと糸を引かせてくんくんと匂いを嗅いだ。
「これ木苺のジャムですねー? どこで遊んでいたのですかにゅにゅ姫ちゃん」
え? え? ジャム?
そんなばかな。私はソルティアちゃんの指をくんくん嗅いだ。ふむ。てっきり腐臭とかするものかと思ったら、甘い香りであった。そういえばダンジョン内も臭いわけではなかったな。ひっついていたノノンから苺の匂いがするなぁとは思っていたが、ダンジョンの匂いだったとは。
ということは、グロ系ではなく苺ジャムダンジョンだったということか……。
「ということはあのブラッドプリンも……」
暗くてグロ系のプリンに見えただけで、ただの苺プリンだったのかもしれない。苺を煮詰めた無添加の自家製ジャムはけっこうグロい色をしていることを私は知っている。いわゆるどどめ色だ。お蚕様の桑の実の色である。血豆のような色。グロ系に戻ってきてしまった。
「髪の毛ひっついちゃってますねー。先に湯船で溶かさないとダメですよこりゃー」
私とノノンの髪の毛はごちゃごちゃに絡まった上に、ジャムでねっちょりコーティングされてしまったようだ。仕方がないので私とノノンは骨たちに担がれて湯船にどぼんと落とされた。わぷぷっ。雑だな。
「ふわ~。骨まであたたまる~」
双子骨も湯船に浸かって顎をカタカタ鳴らして言った。最初にツッコんだ者が負けである。
「って我は元から骨やんけ!」
双子骨は相互ツッコミをした。ボケとツッコミの役割分担のない双子漫才である。そしてその骨を動かしているのはノノンだ。
私はじっとノノンをにらんだ。しかしノノンは首をふるふると横に振った。
「ちがう。こいつ」
ノノンは双子苺魔石をごとりと湯船の縁に置いた。双子苺魔石は一人でにぷるぷると震えだした。なんかイラっとした私はそれにチョップした。
「あいたー!」
双子骨の声が浴場に響き、彼らは私の手から苺魔石を取り上げた。
「あの……ねえさま。その骨は何なのですか?」
私が聞きたい。
私はノノンの顔をじっと見つめた。ノノンはこくりとうなずく。戦友となったノノンとは言葉を交わさずとも意思が伝わる。そう。魔力には意思が乗るのだ。そして私達は髪の毛で繋がっている。
「お湯がぬるい」
何も伝わってなかった。それに私はぬるめのお風呂でゆったりするのが好きなのだ。
ソルティアちゃんは「はあい」とお湯沸かしの魔道具へぺたぺたと駆けていく。だが私はそれを止めることはしなかった。私たちを繋ぐ髪の毛のジャムがカチカチのままだからだ。どうやら温度が足りないようだ。
なるほど。骨の問題よりはまずはこっちだな。双子王子の癒着した黒い翼を思い、ぞっとしなくてぞっとする。このまま一体化は勘弁願うぞっと。
湯船に入ったリルフィにさっそく絡みつこうとしたが、私たちがくっついてしまっているのでいつものように左右から奪い合いすらできない。むぐぐぐと唸って、ぽんと閃く。リルフィに髪の毛を解いて貰おう。これにはノノンも賛成を示した。
「あれれ? 姉さま、これくっついてしまってますよ」
そうなんだよ。ジャムが固まっているらしい。
「いえ、ジャムというかその。髪の毛同士が一つになって……」
なんじゃと!? すでに手遅れと申すか!? お前のせいだ!
私とノノンは罵り合いを始めた。わーわーきゃーきゃー!
そこへすっぽんぽん幼女がさらに闖入した。シリアナである。
「お風呂で騒いじゃだめー!」
おまいう。
私とノノンと、ついでにリルフィも「お前が言うのかそれを」で一致してしんと静まる。
そして湯船が渦を巻き、ぐるんぐるんと流れるプールと化す。私たちはそれに流され、シリアナは飛び込む。
シリアナの言葉の真の意味は、「私抜きで遊ぶのはずるい」であった。
「がぽぽぽぽ」
私は溺れた。ノノンとくっついているせいで激流に抵抗することができなかったのだ。
そんな私たちを救ったのは双子王子の骨たちであった。キュン。骨さん……。
骨さんは私とノノンを別々に担ぎ上げて激流の中を進み、お風呂の縁へぼとんと落とした。あいたー! お尻がじんじん痛む。痛みでごろごろごろと転がった。
「は!? 解けてる!」
「なんと」
身体を起こして私とノノンは見つめ合う。
私のつやつやぴかぴかヘアと、ノノンのしっとりしなやかヘアが完全に分離していた。なんで?
きっかけはまあ、シリアナの作った激流風呂なのだろうが、むしろより絡みつきそうなのに……。
なるほどそうか!
お風呂とは汚れを分離するものである。つまりシリアナの魔法は分離の魔法! それで私たちの髪の毛は解けたのだ! 私は適当に解釈して一人納得した。
「苺魔石が割れた」
ノノンの手の中の双子苺魔石がぱっくりと割れて二つになっていた。ふむ。分離の魔法だから双子苺も分離したのか。困ったぞ。適当な推測が当たっていたかもしれなくてかえって戸惑う。
そんな割れた苺魔石を、骨たちはひょいとノノンの手から取り上げて、割れ目をぴたっとくっつけた。元通りにしようとしているのだろうか。微かに残っている双子の意思だろうか。しかし一度割れた魔石を押し当てただけでくっつくわけ……あっ、くっついてた。くっついてる。なんで!?
骨たちはいえーいとハイタッチをした。いやなんなんだよお前ら。
「姉さまぁ!」
その頃、リルフィとシリアナは水流で飛んでいた。
それを見た私ははっと閃く。
分離の魔法……。リルフィ……。おちんちん……。
いかんいかん。私は頭を振る。お湯に浸かって悪魔の発想を分離しよう。
私は激流に流された。
「がぼぼぼぼ」
同じく流されていたリルフィに私はしがみつく。溺れる者は男の娘を掴む。さわさわさわ。ふむ。リルフィはまだ胸が大きくなっていないな。私といい勝負である。成長を確かめていただけで断じて卑猥な気持ちはない。
だけどリルフィはくすぐったかったのか、私を突き放した。すると私は噴き上がった水柱によってぽんと宙に弾き飛ばされた。
「ララァ! 今よー!」
天井近くまで飛ばされた私へ、元凶のシリアナから声をかけられた。今って何がやねん。
妹シリアナは私に何かを期待している。なんだ……? わからん。年頃の幼女の考えてることはわからん。なぜなら私は偽幼女だからだ。
私は身体を丸めてくるくるくると回った。そして身体を伸ばして湯船へどぷんとダイヴ。どうだ!?
しかしお風呂の底はそこまで深いわけではなく、勢いを殺せず、このままでは底に頭を……。
目を閉じて死を覚悟した私だったが、衝撃は訪れない。それどころかぼにゅんと何かに柔らかく受け止められた。なんだ?
私の身体は骨さんに受け止められていた。キュン。骨さん……。
いやなんなんだよお前ら。
「ららー! ひゃくてん!」
やったー! どうやら私は百点だったらしい。
ぱちぱちぱちぱち。私はシリアナの拍手で迎えられた。リルフィは戸惑いながら拍手に追従し、ノノンもてしてしと手を叩く。双子の骨さんもカタカタと手を叩く。
えへへ。なんだこの状況。ツッコミがいねえな。
「こらぁー! 騒いじゃだめでしょー!」
ソルティアちゃんの声が浴場に響く。良かった常識人がいた。
良くなかった。私一人がその場で逃げ遅れた。シリアナとリルフィとノノンはあわあわあわで身体の洗いっこを始めていた。抜け駆け!?
私はソルティアちゃんに「お風呂に飛び込んだら危ないでしょ」と正論パンチを浴びせられる。正論すぎて反論できない。実際危険であった。でもその状況を作ったのはシリアナなんだけど……。
「侍女さん。そのくらいにしてあげて。姫がのぼせちゃうよ」
「姫は我らが守りますから」
双子骨さんは顎をカタカタ鳴らしてそう擁護して、火照った私の身体を抱え上げた。キュン。骨さん……。
「いや、なんで喋れんのお前ら!?」
骨だろ!?




