152話:ホーリーシットいたしますわ!
灯りのない知らない通路へ入る。そんな恐ろしいことはない。そもそもほんのり灯りがあっても暗いところは怖いのだ。例えば、非常灯だけが付いている微生物学の地下エリアに足を踏み入れた時、こんなのホラーゲームじゃねえかとぶるぶる震えたものである。お化け屋敷のように驚かせるようなものなんてないはずなのに。
閉鎖空間で薄暗い。それだけで人は恐怖に縛られる。さらに今の私たちは向かっている先から悪い魔力をびんびんに飛ばされているのでなおさらだ。
と、なれば答えは一つだ。
「やっぱこっちは止めよう」
すでに尿意という時間制限が解除された私たちが急いで脱出する必要はない。なんならここで救助を待っていてもいいのだ。
しかしノノンは首を横に振った。なんでや! お前さっきは宮殿の方向へは行かない言うてたやんけ! 脳内ツッコミがエセ関西弁なのか若者言葉なのかわからなくなるおっさんであった。
「ミルデビアの双子が動き出したのは貴女のせい。だから鎮めないと」
さり気なく人のせいにしないでくれる? いい加減にしないとぷんすこするよ。ぷんすこ。
「ノノン達が行かないと、みんなが危険で危ない」
ふむ。みんなというのは宮殿のみんなのことか。なんか悪い魔力が真下で活発化したみたいだしな。私のせいじゃないけど。
悪い魔力――もう悪魔でいいか。悪魔による危険が迫っていることに気が付いているのは、今この場にいる私たちだけであろう。ならば仕方ないか。
私はのんべんだらりと暮らせればいいのだ。生活を脅かす手に届く存在は排除せねばならぬ。
「よし行くぞ!」
髪の毛が絡まり合っている私たちは、二人三脚状態で、ついに暗闇の通路へ足を踏み出した。
そして私たちは顔を見合わせて、頷き、ポアポア部屋に戻った。
「むりむりむり暗い!」
「灯り必要」
そんなこと言われても灯りの魔道具を持ってきてないし。やっぱ光魔法は重要であった。こうやって便利な道具ばかりに頼っていると、いざという時に困るのじゃ。わかったかえ若いの。
とりあえず淡く発光するポアポアを摘んでみたものの、光が弱く手元しか見えない。
こうなったらひたすらポアポアを通路へ投げ込んでいくか? しかし通路へポアポアを投げ込むと、ポアポアはじゅわあと溶けていってしまうのであった。この部屋だけが特別か。
と、なると手探りで行くしかないか……あっ!
「貴女の髪の毛を使う」
「いま私も思いついたのに! 先に言うな!」
手探りではなく、髪探りで行けばよいのだ。私は精霊の力で髪の毛を自在に動かせる。絡まっていない髪の毛を前方にうにょにょにょと伸ばせば触覚代わりとなる。かしこい。
そして私は髪の毛ににゅふんと気合を入れて、虹色ピカピカに輝かせた。真っ暗からはマシになり、頑丈な石レンガで作られたアーチ組のトンネルが目で見えるようになった。横は私たちが並んで歩けるくらい。高さは私たちが困らずに歩けるくらい。大人だと屈んで歩くことになるから、先程のような広い部屋が休憩所として作られていたのだろうか。それともトンネル建築中の作業場だったのだろうか。
とにかく、私たちは視界を得て、意気揚々と通路を進みだした。
私たちならば双子の悪魔なんて恐るるに足らず。なぜなら私たちは最強コンビ。最高の集団戦闘能力を持つノノンと、最高の魔法砲台である私なのだ。何が来ても恐ろしくない。ふふーん。いや、それはちょっと言い過ぎた。ネズミとか虫とか出たらぶるるっちまうからやっぱ無しで。
しかし生き物の様子はなく、異常なほど地下通路は綺麗な状態であった。苔どころかカビ臭さすらない。これではかえって冒険感がない。せっかくやる気と勇気が出てきたのに、ちょっと幼女のドキドキ地下室探検隊になってしまっている。
ふんふふーん。
「にょわああ!?」
ずるり。石レンガの床が崩れた。なんで!? ホワッツ!? 整備万全な地下通路じゃなかったの!? いやそれともこれは、トラップ!? 落とし穴!?
突然床がぐにゃりと歪んだと思ったら、浮遊感に襲われた。
これはまずい。
私たちが地下に落ちた時は、ポアポアクッションのおかげで助かったが、今度はそんな優しいものではないだろう。これは殺しに来ている落とし穴だ。私はそう直感した。
ノノンは!? 何かこの危機に対応できないか!?
しかしノノンは落下の風圧でドレススカートがめくれ上がり巾着状態になっていた。駄目だこいつ、何も見えてないし、何もできそうもない。ちなみに私は髪の毛でスカートを抑えているのでセーフである。セーフと言える状況ではないが。
このままでは落下死する。ティアラの冒険はここで終わってしまった!
「ああ……次の人生は生まれ変わったらむちむちぼいんのお姉さんになりたかった……」
「無理でしょ」
なんだとこの野郎! 今度にゃんこでその身をさらって空から落としてやるからな! すでに穴の中で落下中だけどな!
空から落下……。そうか、その手があったか。
私は魔力で翼を広げるイメージをする。ぶわり。空気抵抗を感じる。だが少し落下速度が落ちただけだ。
「落下 拒否」
ノノンがラヌ語で魔法を唱えた。すると私の翼にノノンの魔力が重なっていく。
ちょ、乗っとるな。
バインと空気の壁にぶつかり、その衝撃で私の背骨は大ダメージを受けた。いやじゃ……この歳でヘルニアになんてなりとうない……。
魔法の翼のおかげで自然落下は止まり、ゆたりゆたりと暗闇の中を落ちていく。
そしてぽにゅんと床に落下した。なんだポアポアクッションがあったのか――
「やわらくぁああああああ!?」
毛玉のような柔らかさではなかった。肉だ。ぶにゅんとした肉の感触だ。ピンク色の。ぬめっとした。
「ぎゃうわー!」
突然の衝撃で私は泣いた。もういやじゃ。おうちかえう。
こんなお肉ダンジョンなんて悪趣味なもの私は求めていない。暗くてはっきりと見えないが、これ絶対グロいやつじゃん。ホラーもだめだけど、グロ耐性もないもん。そういうダークファンタジーは求めていないのじゃが!
私は騙された。絶対に騙された。ダンジョンというものは、遺跡だったり、自然洞穴だったり、魔力が多いだけのごくありふれた場所と聞いていた。
それがなんだこれは。床が肉塊なんて普通じゃない。たまたま動物の死体の上に着地したとか、そういうわけでもない。私は足元のぶにぶにの感触から逃げ惑ったが、どこもぶにぶにであった。足が取られて転けそうになるのを、髪の毛で必至に耐えた。髪の毛からも肉の感触がして気持ち悪い。しにたい。しのう。
ふつうじゃない。ふつうじゃない。
そういえば。私の初めてのダンジョン体験も普通ではなかった。そうだ。花畑の中で悪意を持った妖精に閉じ込められたのであった。そうだ。そうか。ダンジョンは悪意によって歪められる。これがノノンの言っていた、悪い魔力というわけか。まじかよワッザファックでございます! ホーリーシットいたしますわ! ちろろろ。
まあつまり、最低最悪な状況というわけだ。
そしてここから脱出するには双子の悪魔を倒さないといけないわけで、逃げ道はどこにもないっつーわけだ。くそったれ。
「まだここは入り口。進もう」
もういいよ。もうボス出てこいよ。さっさと終わらせようぜ。出てこないならこのダンジョンごと吹き飛ばす! しねやびちぐそあくまがおんどれぁ!
「だめ。もっと奥で、確実に。魔力を無駄したら帰れなくなる」
「むぐぅ……」
私たちのダンジョン探索はまだ一歩目であるようだ……。




