章末話:そのころ地上では
初めてのぷにぷに幼女視点以外のおまけ回
シリアナの手の中の白い毛玉が『ぽゆゆーぽゆゆー』と震えだした。
最初に異変を感じたのは、ぽしろうであった。
「ぽしろう。あばれないのー」
ぽしろうはシリアナの手のハサミによって芸術的に刈られているところであった。どうやらシリアナは羊の毛を刈るところを見た影響でまねっこをしたくなったようだ。このままではぽしろうがハゲてしまう。ぽしろうのポアポア生最大の危機であった。
『ぱりゅうー!』
ついにぽしろうはシリアナの魔の手から逃れ、窓から逃げ出そうとした。しかし窓にはガラスがはめられている。ぽしろうは窓ガラスに激突し、ぽゆーと床を転がった。
「アナ。ねえさまがまた外で魔力を出してます」
「またー?」
ぽしろうを追いかけるシリアナが、呼びかけたリルフィに振り返る。シリアナの手にしたハサミがリルフィの前髪に掠った。危うくリルフィはおでこ丸出し女装子になるところであった。おそらくそれでもかわいいだろう。
「もー。ララはすぐ魔素をあばれさせるんだからー」
ぷにぷに幼女が首都リンディロンでぐうたら生活をしていた頃、シリアナはリルフィと共にヴァイギナル王国の魔法学校に通っていた。シリアナはお勉強ができるアホの子なのだ。何か検索をしようとしてブラウザを開くも検索しようとしてたワードを即座に忘れてしまうようなおっさんが入っているアホの子とは違うのであった。
ちなみに魔素とは意志のない精体。つまりカタツムリの殻だ。ティアラはカタツムリの殻にナメクジを突っ込む。独特なシリアナの感性は、魔素の精体への活性化をそのようにとらえていた。
裏庭で乱れた魔力は館の中にまで届いた。
シリアナは両手に腰を当てて「もーっ」とフリーダム少女の姉ティアラにぷんすこした。ララと遊ぶのは楽しいけど、いつもララは暴れすぎて一緒に叱られるのだ。シリアナは姉のことをそんな風に見ていた。なお、自分自身がトラブルを起こしたことは記憶から消し去っている都合のいいぷにぷに脳みそであった。
シリアナとリルフィが窓から裏庭を見た時にはすでにティアラとノノンは地中に呑み込まれた後であった。呑まれた二人は必死にんにんにと抵抗したつもりであったが、時間にして一瞬の出来事であった。
「あれ? 姉さまがおりませんよ?」
「んー。あそこってぽしろうが穴を塞いだところな気がする」
ぽしろうがシリアナの頭の上に戻り、ぽるるんと跳ねた。ぽしろうは自分の功績のように誇っているが、正確には本体のポアーネの仕事である。
裏庭には何度もティアラが魔力をドバドバと注ぎ込んだのでダンジョン化していた。いや、そもそもオルビリア宮殿の地下は元からダンジョンであった。古の人はダンジョンの上に砦を築いたというのが正確だ。魔力の流れである龍脈のようなものの近くに砦を築くのは、魔法の世界では必然であった。
そしてそんな上ででぶでぶ幼女がぶりぶりと魔力を注ぎ込んだことで、一種の穴ができた。ノノンの黒い穴の天然物である。泉の精霊だけあって、魔力の間欠泉を作ってしまった。それを身体で閉じ込めていたのが巨大ポアポアポアーネである。彼女は噴き出す魔力を外に漏らさないように蓋をした。そしてじんわりとその身を浸透させて塞いだのであった。
それをアホの子がかさぶたを剥くかのように開いてしまったのだが。
「ララは開けっ放しでどこか行っちゃったのー?」
「あっ。待ってよシリアナ!」
リルフィを置いて、シリアナは窓から飛び降りた。頭から真っ逆さまに堕ちるお姫様。危険に見えるが足から降りるとドレススカートがぶわりと広がって余計に危険だ。そもそも窓から飛び降りるのが危険だ。
シリアナは地面に手を付く直前に風魔法を噴射してぷわりと浮いた。そしてぐるりと一回転して室内履きの靴のまま裏庭に着地した。とててててと乱れた魔力の発生源に近づき、ぽしろうをもにゅっと握った。
「いくよぽしろう」
『むにゅにゅいー!』
ぽしろうはシリアナの手から逃れようとんにんにと動くが、がっしりと掴まえられて逃げることは叶わなかった。ぽしろうは諦めて『ぽゆん』と鳴いた。
「おちつけビーム!」
シリアナがぽしろうを介しておちつけビームを発すると荒れ狂う魔力はおちついた。ふわりふわりと漂い、白い穴へ埋まっていく。そしていつもの地面の姿へと戻った。
一仕事を終えたシリアナは、ふいーっと額を袖で拭った。そしてきょろきょろと辺りを見回し、姉のティアラを探し始める。しかしいつもの姉の「んなんな」言ってる鼻歌は聞こえて来なかった。近くにいなくてあれぇとなったシリアナは、ティアラを捜索遊びをするためのパートナーを先に捕まえることにした。
「ふしゃあ!」
「行くよサビぃ!」
捕まった猫メイドのサビちゃんは死を覚悟した。幼女に捕まるたびに覚悟している。
――サビちゃんは生まれたときから天涯孤独の捨て猫だ。毛無しハーフである猫人にはよくあることだ。サビちゃんはスラム街でネズミや黒い虫を食べて生きてきた。人間の感覚だとうええとなるが、サビちゃんは猫人なのでそれらを捕まえられた時はごちそうであった。しかしハーフ猫人なので食事風景は酷い。
ある日、サビちゃんはピカピカ光る橙色の小さな石を拾った。それは火吸い鳥の魔石で、ほのかに温かみを感じる石であった。荷運びの時にころりと一つ転がったものだ。サビちゃんはそれをパンツの中に入れて暖を取った。その日の夜はいつもより気持ちよく眠れた。
そしてサビちゃんはキラキラするものを集めるようになった。効率よく集めるには、人から盗むのが最適であった。キラキラしたものをお兄さん猫人に見せると、サビちゃんは美味しいお肉が食べられた。盗っ猫サビちゃんの誕生である。
そんなサビちゃんもついには捕まってしまう。相手が悪かった。勢力を拡大しているナクナムの王の勢力の者に手を出してしまったのだ。サビちゃんは捕まってお尻をぺんぺんされた。しかしサビちゃんは幸運だった。捕まえたお兄さんが、街に新たに建設された孤児院の若頭に任命されたのだ。盗っ猫サビちゃんは自分の状況がよくわからないまま、人間らしい生活を強要されることとなる。
そこへキラキラに光る髪の毛のぷにぷに幼女が現れて、サビちゃんはサビちゃんという名前が与えられた。名前というものを知らなかったが、サビちゃんはそれを自分を指す言葉ということは理解できた。サビちゃんは賢いのだ。
しかしサビちゃんの猫生の本当の転機はこの後であった。
弱肉強食の猫人の世界でサビちゃんが生きてこられたのは、サビちゃんは弱者の中では強者であったからだ。
そんなサビちゃんはついに、同じ幼女の、しかも人間にボロボロにされることとなる。
それが今の主の妹君であるシリアナだ。
シリアナはまずサビちゃんの体内の魔力を乱した。猫人は魔法を使うことができないが、魔力を身体を動かすために使う。シリアナに捕まったサビちゃんは身体をぬんとして抜け出そうとしたが、力が入らず逆にふにゃあとなった。サビィは「にゃんだこれは」と焦った。まるでナクナムをキメすぎたダメな大人のようになってしまったと思った。
石鹸の不快な匂いにされた上、ずぶ濡れのまま、幼女に担がれて、ものすごい水流に乗せられて空を飛んでいる。もはやわけがわからない。サビちゃんは先輩猫人の教えの「川に近づいてはいけない」の意味を身をもって体験していた。川ではなく、シリアナのでたらめな魔法なのだが。
力の入らないサビィはもはや借りてきた猫の状態であった。実際、宮殿へ運ばれておもちゃにされているサビちゃんはその通りなのだが。サビちゃんはまたしてもお風呂に連れられて、ぎゅるるるると風魔法で脱水された。目を回したサビちゃんは、この後食べられる覚悟をした。
もちろんサビちゃんは食べられるわけはなく、お姫様ドレスを着せられて、鏡で初めて綺麗になった自分の姿を見たわけだが。サビちゃんは戸惑った。こんな白い毛のふりふりした者が自分なわけがない。しかしいまだ力が入らずふにゃあとしている鏡の姿はどう見てもサビちゃん自身であった。
この後、サビちゃんはめっちゃシリアナに振り回されて遊ばれることとなる――
なぜかメイドになって宮殿で働くことになったサビちゃんは、ティアラの侍女ということになっているが、シリアナのおもちゃにされるのは変わらないままであった。
ただ、尻尾や首根っこを掴むのは厳禁としたため、以前よりはマシである。
「サビちゃん。ララはどこいるの?」
「しらにゃい」
サビちゃんの耳は自慢の地獄猫耳だが、何でも聞こえるわけではないのだ。
だが、言われる通りに地面に頭を近づけて耳を澄ましてみる。
「この下。ぬるっ。してる」
サビちゃんでもそのくらいしかわからなかった。シリアナはそのぬるっとした穴を塞いだのでもちろん知っている。蓋を閉めただけで、中はまだぬるっと魔力が流動しているのであった。まるで沼。底なし沼のようだ。そう感じたシリアナの行動は早かった。
「ふむー。見なかったことにしよっ」
なんとなくシリアナは、姉が地面の底へ埋まり、自分がそれを閉じ込めたことを察した。察した上で、「まあララなら平気でしょー」と楽観していた。
毎回何でもなかったかのようにひょっこり帰ってきて、侍女からも「心配するだけ無駄」と言われるぷにぷに幼女である。
シリアナが心配しないのも無理はない。シリアナからしたらティアラは、自分から埋まっていったのだから。出る時はその逆に魔力を動かせばいいだけだ。大人たちはみんなララのことを「夏の陽気の飛び羊」と言うけども、シリアナは姉が賢いことを知っている。今でこそシリアナも算数ができるようになったが、ティアラは小さい時からずばずば答えを当てる凄いお姉ちゃんなのだ。
しかしそんな姉は、地中深くで尿意と戦っているのであった。
その事はぽしろうしか知らない。




