130話:精霊姫ダイジュチップス新販売
せっかく猫人たちと仲良くなったのに、私は猫人街への立ち入りを禁止されてしまった。ぐぬぬ。これでは美少女猫人たちと親交を深めてにゃんにゃんうふふできないじゃないか。これは侯爵代理の政策なんだぞ。
「お嬢様は酒癖が悪いですねっ」
お酒じゃないもん……。スクゥーマ……じゃなくてナクナムだもん……。合法的なエナジードリンクだもん……。
「そうそう。本日はお嬢様に面会が入っておりますので、お姿を乱さないようにしてくださいね」
「わかった!」
私は髪の毛を使って跳ね上がり、空中でくるりと回転して着地した。ふふ。身体が軽くなったぜ。重い時に髪の毛操作を鍛えたせいか、俊敏な動きが可能になったのだ。
侍女ルアはそんな私を見て、「んもーっ」と私の髪にブラシをかけて、ドレスのしわをぱっぱと魔道具で伸ばした。
ところで面会って誰だろう。もしかして猫人の美少女だろうか。猫人メイド誕生!? どきどき。待てよ、その展開だとそう思わせて「この前のお勘定の請求にゃ」とか言ってきそうだな。期待値を下げておこう。
下げた期待値をはるかに下げた人物が応接間に現れた。
「なんだカルラスかよ」
私はソファにどかっと座り、足をテーブルの上で組んだ。すぐさまルアに足を整えられた。
カルラスは拝見ほにゃららかんちゃらとらしくない挨拶を始めたので打ち切らせた。
「いつもどおり無礼講でええよ。で、なに?」
「仕事の減った木札工場に新しい事業をくれだと」
「ん? なんでカルラスが来たの?」
カルラスはただの工場の料理人だろ。
「そりゃ精霊姫と面会できる爵位を持っているのが俺くらいだからな」
「あれ? カルラスってそんな偉かったっけ」
「マヨソースロードだ」
「なにそれ……頭おかしくなった?」
くたびれた元軍人の魔術師お兄さんは、料理の作りすぎでおかしくなってしまったようだ。
「姫様から直々に賜ったのだが」
「覚えてない」
「ひどい」
そんなことは置いといて。
しかし木札工場の新たな事業か。精霊カード生産は……あ、そうか。オルバスタの宗教がペタンコからキョヌウになったんだっけか。原理主義のキョヌウは精霊信仰は禁じられているんだったか。
「キョヌウ……? いや、オルビリアの教会はペタンコのままだが」
「ん?」
あれ? 強制的に宗派替えさせられたのではなかったか? 教会の様子は以前と変わってないなとは思っていたが。
「こんなに猫人がやってきてるのに、いまさら宗教の統一は無理だろう」
「たしかに」
まあエイジス教の話はいいや。
で、なんだっけ。新しい事業か。ふむ……。目をつむり腕を組む。
コッチコッチコッチコッチ。時計の針の音が部屋に響く。私はこの時計の針の音が嫌いである。断然デジタル派だ。この世界にデジタルないけど。電気技術が発展してないしなぁ。何かアイデア出そうとスマホで検索しようとするが、そもそもそのスマホができるのにあと何百年かかるんだという。
ふむ。何も思い浮かばんな。
ちらっと薄めでカルラスを見たら、「早くこっちに話を振れ」という顔をしていた。なんだよ、なんか最初から案があって来たのか。じゃあ振らないでこのままでいよう。うーんとうなりながらソファの上をごろごろした。
「こっちから提案が――」
「静かにして。いま考えてるとこ」
素直に聞いてもいいんだが、ただ聞くのもなんか悔しいしな。
金になるアイデアでいえばえっちなお姉さんが描かれたポルノカードだが、そんな提案したら後ろのルアに頭ぐりぐりされそうだ。しかし女の子カードというのはいい案だと思う。戦争カードゲームはどうしてもかっこいいものが中心で男の子なカードゲームだ。木札カードはそことは別のかわいい需要を満たしたい。これだ。
かわいい猫人ちゃんをカード化する!
「美少女カードを出す」
カルラスははっとした顔をした。
「そ、それは例えば、精霊姫とか……?」
「む? 私?」
確かに私はみんなのアイドルぷりちー美少女ティアラちゃんじゃが。
「ん? もしかしてカルラスが持ってきた案ってそれ?」
「バレていたか。精霊姫のイラストコレクションというのが、工場内と教会からの提案だ」
「ふむ。ふむ?」
教会も関与してんの? そういや精霊チップス売ってるの教会だったか。
「え? それでいいの? いいのか?」
「ああ。猫人からも求められている」
猫人からも……。いやあ人気者はつらいなぁ。このままタルト兄様を抑えて私がオルビリア侯爵になっちまうか! ならんけど。
「話しは付きましたカ?」
「そのヴァーギニアのマルジ語なまりは、カンバ!」
「すでにデザインを用意しておるまス」
仕事が早いよカンバ。ラフ画がずらりとテーブルに並べられた。この樽体形バージョン精霊姫は却下で。
「一部の方にぽってりかわいいと人気があるのですガ……」
そんな一部の需要は満たさなくて良い。
「ふむ。しかしこうして改めて見ると、私かわいいな」
「はい。喋らなければかわいいですネ」
私はクール系美少女だからね。すんっ。
「いい感じでス」
カンバが何やら箱を構えて、ぱしゃりと光が箱から走った。す、ストロボカメラ……?
「光の魔石がここに付いていまス」
ほおおお。魔道具も知らんうちに進化しておる。
元クラスメイトのヤフン人のゴンゾーが持ち込んだらしい。私が魔道具を色々集めていたことを知っているからな。
魔道具談義は置いといて。
こうして精霊姫プロマイドカードが作られることとなった。なんとフルカラー印刷である。ネコラル機関がかぁんかぁんと蒼い蒸気を吹き出しピストンを動かしていた。
そして今回は令嬢芋チップスではなく、ダイジュの成形チップスが入っている。巨大大豆が巨大すぎて、豆のままで売ったらどうにも面倒になるので、乾燥大豆粉となった。それを練って潰して揚げたものがこちらです。
カードの種類は百種類。多くね? 誰だよこんなに採用したやつ。
「ティアラ様でス」
それにキラカード、もとい、魔法結晶化したウルトラスーパースゴイレアカード、USSRがごく稀に入っている。誰だよこんなの採用したやつ。
「ティアラ様でス」
ちょっとサプライズがあってもいいかなって。えへへ。こんなの絶対後で問題になって叱られるやつだろ。責任者は誰だ!
「ティアラ様でス」
それじゃあしょうがないな……。タルトには黙っておこ……。
だーいじゅだいじゅだーいじゅっ。
車輪の付いた派手な四角いネコラル自動車が街の降りしきる雪の中を進んでいく。そして自動車の上からエイジス教の本物のシスターが大豆チップスをばらまいている。
なんだこの祭り……。
私は教会前で翼ライオンのもこもこにゃんこにくるまりホットココアを手にぶるぶるしながら祭りを眺めた。今の私は白いコートで目立つ髪の毛を隠しているのでみんなにバレていないはずである。かなりの頻度で猫人が私の前でうにゃんと鳴いて、不思議な踊りをしていくけど。
私に踊っても怪しい粉は出ないぞ。
「今年はいつにもまして冷えるなぁ、姫様よ」
む!? 私の正体を知り馴れ馴れしく話しかけてくる奴は誰だ!? なんだまたカルラスか。
「雪の精霊が元気だからね」
「そうか。じろうさぶろうは元気か?」
うむ。じろうさぶろうならポアーネに一度吸収されてぽしろうになったぞ。
巨大ポアーネはさらに成長を続け、今では「離宮かな?」ってくらいの大きさで裏庭に鎮座している。
彼女は冬の精霊として『もっと寒くしてご機嫌な世界にしようと思っています』とか、かなりポアポア側の意識に引っ張られていた。本格的にロアーネはもうだめかもしれん。
そういうわけで、今年の冬が例年より厳しいのはポアーネのせいだ。後で潰そう。
「こんな寒いのによく祭りなんてできるなぁ」
極寒の中、祭りは熱狂的に行われていた。寒すぎてみんな酒を飲んで酔ってる。
「姫様がそれを言うんか?」
だってしょうがないじゃん。タルトにアイドルになれって言われたんだし。
つまりそれは信仰の象徴。ペタンコもキョヌウも猫人族が入り交じる今のオルビリアを一つにまとめるには、一つの柱を立てれば良い。それが私。精霊姫教。
ついにできてしまった。というかできていた。なんかキョヌウ勢力がおとなしいなと思ったら、精霊姫教とかいうカルトにオルビリアの教会は侵食されていた。
精霊姫教はロアーネ様も認めているクリーンなエイジス教の新宗派です! となっているが、どうにも怪しい。祭り立てられている私がそう思うのだから間違いない。
「おっと、そろそろ出番かな」
ネコラル自動車が教会へ戻ってきた。私はにゃんこに乗って、のっちのっちと近づき、よっせよっせと髪の毛を使って車の上に乗った。にゃんこもぴょいんと車に乗ってぐわんと揺れた。
私の姿を見た熱狂的な狂信者たちが雄叫びを上げる。もうこの教会だめかもしれん。
「拝聴!」
こでっぷりした神官が叫ぶと一転、辺りは静まり返った。雪の降る音だけがしんしんを聞こえる。いや聞こえないけど。
しかしにゃんこ暖房があるとはいえ、まじで寒いな。
曇天でシチュエーションも悪い。
今から私が演説を行う。えーっとカンペカンペ。んしょんしょ。ミトンしてるから取り出しにくいな。あ、風で飛んでった!
「……」
「……」
オルビリアの人心をまとめるために、お偉い方があれこれ悩んでんにゃんにゃと書かれた、白い紙のカンペは白い雪の中へ消えていった。
「……みにゃさん、こにゅちは! せいれいひめでにゅ」
ぶるるるる。立ち上がったことで、寒さと緊張が一気に襲いかかり、口もまともに動かない。口を開くと雪が入ってくるし!
「わちちはさみゅいのがきらいでにゅ」
この声もぼにゅるるるると吹き荒れる風によってかき消えてることだろう。
もうこれなかったことにしない?
「にゃふっ」
ん? にゃんこが私に伝えようとしている。
それはにゃんこと初めて会った時の光景。私が怒りで魔力をぶっ放して、光の柱が空を突き破った記憶。
私は空を見上げた。ふむ。いけるかもしれない。
「んにゅにゅにゅにゅ」
私は両手を空に掲げ、魔力を練り上げていく。
「ごぷっげぷっ」
合わせてにゃんこも毛玉を吐いた。ころりと深紅の魔法結晶がころりと転がった。
私はそれを髪の毛で拾い上げ、手に乗せた。
いける!
「これより、精霊姫ダイジュチップス販売を開始いたしにゅにゅー!」
灼熱の深紅の魔力の光は曇天を貫いた。鉛色の雲が破裂し、ぽかりと青空を覗かせた。
もっと、もっとだ! 祭りといったら!
ひゅるるるる。続けて私の手から、無数の光弾が放射状に放たれた。それらは空で炸裂して雲を吹き飛ばし、光の花を咲かせた。どどどどどばぁん。
雪が止んだ。
「うおおおぉおおお!!」
湧き上がる歓声に、慌てて神官の売り子たちが両手を広げた。
「押さないでください! 走らないでください! 順番です! 一セット2500テリア(四半銀貨一枚)です! お金は事前に用意してください! お一人様五セット制限です! バイブルセットは20000テリア(金貨一枚)となっております!」
ふ。出し切ったぜ。
陽気と熱気に包まれた販売会場の上で、私は白いコートとおぱんつを脱ぎさった。




