128話:お漏らしあそばせ便秘姫
オルビリアに激震が走った。
オルビリアに新たな食材、文化、芸術、発展をもたらし、人と財と鉄道を呼び込んだかの精霊姫が半年ぶりに首都ベイリアから帰省なされた。しかし姫は豚となってオルバスタ侯爵の腰を砕き、魔物から人里を守る堅牢な城を改築したオルビリア宮殿をその身で崩壊させたという。
「こわしてないもん……」
でたらめな噂を流したのは元スラムのクソガキ共だろう。後でお尻ぺんぺんしてやる。
「いま多種族が流入しているオルビリアが一丸となれるかどうかはお前にかかってるんだ。変な噂を流すんじゃねえよ」
「私に言われても」
なぜぷりちーぷにぷに美少女ティアラちゃんがタルト兄様に叱られているのか理解できない。
パパ上が倒れたいま、タルト兄様はオルバスタ侯爵代理と働いている。タルト兄様の求心力が足りないのが悪いんじゃないのぉ?
「そんなことわかってる。忘れたのか。俺は魔法が使えないんだぞ」
魔法と魔物があるこの世界では、いつだって上に立つものは魔法の力が求められた。それは武力というものよりもはるかにわかりやすく強大なものだ。剣、槍、斧、弓、その他もろもろ、武器を手にする者だって基盤となるのは魔力であった。人間の力は統率力による集団での暴力であるが、百人が槍を持てば象を倒せる世界とは違い、百人が並の魔法を使えてもでかい山羊一匹すら倒せない世界だ。圧倒的な魔力を持つ魔物には、圧倒的な魔力を持つ個の力が必要であった。
それが求められるのが貴族。そして頂点に立つ者。
「でも魔力がなくても色々魔道具があるじゃない」
「俺は魔力器官がないから使えん」
おおう……。そうだった。魔道具は魔法使いが楽で便利に使えるようにするためのものであった。
すると、タルト兄様はトイレの水洗機能を使う時はどうしてるんだ? あれは身体の魔力に反応して水が流れる仕組みのはず。もしかして流さないでそのまま……? 最低だよ! 私はタルト兄様を見損なった。
「いやでもほら。ネコラル使った武器とかできるかもしれないし。今後は魔力以外の能力を求められる時代がくるようん」
「まあな。そんなことはどうでもいい。俺はオルバスタ侯爵になるつもりはないし」
「なんだと!? 私はやらんぞ!」
私は両腕でばってんを作った。私はだらりと暮らしたいのだ。そんな面倒なことはお断りだ!
「アホなお前に求める奴はいねえよ!」
「なんだと!?」
私はいきり立って立ち上がった。身体が重いので椅子に座り直した。椅子の脚がめきょりと折れて、私は床に投げ出された。しかし慣れた私は髪の毛を操ってバク転をし、しゅたっと立ち上がった。
最近の椅子ってもろすぎじゃない?
仕方がないので、私は自分の髪の毛で椅子を作ってそこへ座った。
「で、なんだっけ?」
「待て。今のお前を見てるとツッコミどころが多すぎて、今から言うことが本当に正しいのかわからなくなってきた」
「まあまあ落ち着いて。言うてみ」
椅子にしたことで、私の髪の毛に住んでいる精霊たちの悲鳴が聞こえる。
「今の情勢は……」
「もっと簡潔に」
今の私には時間がないのだ。勝手に住み着いた髪の毛の精霊が私の重みで椅子になることをボイコットをし始めたので、私は仕方なく自分の足で立ち上がり、髪の毛で身体を支えた。足元の床が絨毯越しにみしりと音を立てた。
「お前の考えた、歌って踊る猫人をアイドルと言うそうだな。簡潔に言うと、そのアイドルになってもらいたい」
「なんだと!?」
妹をアイドルにさせたいアイドルオタクのタルト兄様。行き着くとこまで行ってしまったようだ。どれもこれも美少女すぎる私が悪い。これは私の罪だ。
「だけど今の私が舞台に上がったら床が抜けるぞ」
「まさかそこまでじゃないだろう」
私はすっと目をそらした。木札工場のカルラスのところへ遊びに行ったら厨房の床が抜けたのだ。ずっぽし地下収納に挟まり、しまわれていた令嬢芋が潰れて生のマッシュポテトになった。
「いやまあ、歌って踊るようなものは求めていない。ただ街で愛想を振りまいていればいい」
「なんだいつもの私じゃん」
最近はダイエットのために自分の足で街中を散歩しているのだ。都会で馬車生活に慣れたのも悪いと思う。
「そう。いつもどおりで何もしないでくれ」
「何かするとどうなる?」
「父上の胃が穴だらけになる」
それは困る。腰だけではなく胃も破壊した姫と噂されてしまう。もはやどんな化け物なんだ。
私のダイエット生活は熾烈を極めた。一日五食。野菜多め。パンは一食一つまで。お肉はソーセージ含めて六切れ。おやつのクッキーは二枚まで。
私のたるんだ身体を見た体術の師匠は特別メニューで私を鍛えた。私の体重では並の運動でついていけなくなったからだ。さらに運動といえば、妹シリアナとの遊びで私の体力は激しく消耗された。
そしてにゃんことの毎日の散歩で私は街の人たちに愛想を振りまくアイドル活動。冬だから外を出歩く人は少なく、ほとんどが毛むくじゃらの猫人ばかりであった。
過酷な食制限と、過酷な運動の日々。
一週間続けたが、私のお腹に変化はなかった。
「少し痩せましたねっ」
「そ、そうかな? えへへ」
『変わらないと思いますが』
私は余計なことを言う、冬の冷気でもこもこに膨らんだポアーネをもにゅしだいた。
「しかしおかしいな。もう少し減ってもいいと思うのだが」
「まだ始めたばかりですっ。このまま続けていきましょうっ」
『変わらないと思いますけど』
私は余計なことを言う、もこもこ毛玉クッションのポアーネをお尻に敷いた。
『つぶれるぅ!』
しかしロアーネの言う通り、さらに一週間続けても大きな変化はなかった。
ルアは続けていれば凹みますよっと言っていたが、二週間も適度な運動を続ければ目に見える成果が起こるはずだ。
「おかしい……減らない……」
私は壊れたベッド脇の絨毯の上に寝転んだ。さっき運動疲れでベッドに倒れ込んだら、ベッドがばきょりと音を立てて二つに割れたのだ。
さすがにちょっとおかしくない?
そもそも椅子に座ると椅子が潰れる時点で気がつくべきであった。いくらなんでも私の体重が過剰すぎる。
どういうことなのロアーネ。私はネタバレロアーネに答えを求めた。
『ですから、コポティシアのマジロジクなカルプスと言ったじゃないですか』
そういえばそんなこと言ってたような……いやだからなんだよそれ。
『ええとつまり、魔力詰まりです』
「魔力……詰まり……?」
『お腹にうんこが詰まってるようなものです』
ちょっと待て。
美少女はうんちしないよ? それは世界の常識である。だからうんちが詰まっているという表現は誤りだ。美少女にはうんちは存在しないからな。あと男の娘もうんちしないから、リルフィもうんちしない。
「で、どうすればいいの?」
『最近ずっと魔力使ってないんじゃないですか?』
私は裏庭に出てしゃがみ、魔力を放出した。ぶりゅりゅりゅりゅ!
ふう、すっきり。
「少し減った気がする」
『それだけですか? もっと漏らしてください』
「漏らす言うな」
もりゅりゅりゅりゅっ!
「ララー! なにしてるのー?」
「魔力放出ダイエット」
「アナもやりたーい」
残念だが、ダイエットはシリアナみたいな健康的なロリっ子には必要のないことなんだ。
シリアナは勝手に私のお腹に左手を当てて、右手を地面に当てて、にゅるるるると私の身体から魔力を抜いていった。
あふんっ。よ、幼女に吸われてるぅ!
「ぬるぬるがどんどん出てくるー」
シリアナに撫でられて私のお腹がぶるりと震える。こ、こいつメスガキの才能が……!?
『確かにすごい才能ですね。遊びながらティアラ様の魔力を浴びていたせいでしょうか、魔力の扱いが上手です』
浴びせてたつもりないんだけど?
『以前は髪の毛から漏れまくりだったじゃないですか』
そういえばそんなこと言ってたな。以前……ふむ。つまり今は違うということか。すると何か。私のデブ化は、髪の毛に住み着いた精霊のせいなわけ?
『そうですね。漏れていた魔力を吸収して戻していましたから』
なにしとんじゃお前たちー! 髪の毛操れて便利だなーとか思ってたのに!
『このまま放置してたら、世界樹になっていましたね』
せ、せかいじゅ……?
緑髪の世界樹さんがお腹からにゅっと顔を出して、そして引っ込めた。お前かー! 元凶はー!
「ララのお腹に何かいるー! ここ寒いから温かいところに戻ろうだって! 帰ろうララー!」
「ちょま」
私はシリアナに手を引っ張られて屋敷の中に戻された。
むう、途中だったのに……。まあ半分くらい減ったからいいか。ちょっと休憩。お腹すっきりんこ。なんと椅子に座ってもミシミシ言わなくなった。
しかし世界樹の精霊さんの乗っ取り方はひどいな。人をデブ化させて世界樹そのものにしようだなんて! ゆるせん!
『してないよー』
してないのか。じゃあ許す。
ついに世界樹の精霊さんの声も聞こえるようになってしまった。しかしこのまま魔力放出ダイエットを続けたら世界樹の精霊さんは消滅するのでは?
シリアナが不思議そうに私のお腹に手を当てている。
「ララのお腹にいる子が『出ていく』だってー」
そうかそれならいっか。
「アナの方に入ってきたー。もぞもぞするー」
なんだと!? シリアナが乗っ取られた!?
「やだーくすぐったい。ぽぽたろーにいれるー」
シリアナはぽぽたろうの頭に手を置いた。
待てよ。ぽぽたろうの頭には羽の生えたウニ助が刺さっている……。毛で埋もれてるけど。
世界樹の精霊さんはウニ助の身体を気に入ったのか、ぱたぱたと部屋を飛び回った。
「ララのお腹減らすの続きやろー」
お、おう。そのつもりだったけど、どうしよう。展開が早すぎてついていけない。
その日。私のお腹はすっきりして、ルアを始めみんなに驚かれた。
「ララの魔力のうんちがお腹に詰まってたんだってー」
うんち言うな。
次の日。裏庭が一面、キラキラの虹色の雪が積もっていた。
「すっげー!? なんだこれぇ!?」
タルト兄様も昔のように子供に戻っていた。まだ子供だけど。
「これララのうんちだよー」
虹色の雪玉を作っていたタルトの動きが止まった。
うんち言うな。
そしてオルビリアには、「精霊姫の便秘治る」の噂が広まった。




