125話:私はこの国を滅ぼすことにした
実家に帰るとしても、直接オルバスタに向かわねばならない。そしてそのルートではまだ鉄道は敷かれていない。いやじゃ……馬車に揺られとうない……。
そこで博士が用意したのが、新型ゴラムであった。それは黄銅色の馬車の形をしていた。やっぱ馬車じゃん! 騙された!
「念の為に馬で牽引もできるようにしておるだけじゃ。こいつぁゴリゴラムのように魔力で走らせることができる」
つまり自動車じゃん! すげえや!
しかし、自動車とは決定的に違う部分があった。ハンドルがないのだ。自動車の良いところは、運転を意識しなくても走らせることができる点だ。いやそこは賛否あるだろうが、少なくとも街外れの真っ直ぐな道は、運転から意識を外しても良いだろう。この自動車ゴラムは、常に頭で走れ走れと念じないと動かない欠陥品である。
「その白毛玉に走らせれば良かろう」
は!? ポアーネに走らせれば操作いらないじゃん! 全自動自動車が早くも実現化してしまったというのか!?
『してません。ロアーネをなんだと思っているのですか』
何って、他人の身体を乗っ取って生き続ける太古の化け物でしょ……?
私がうっかり脳内で本音を漏らすと、私の思考を勝手に読んだロアーネが、魔法で器用に私の頬をむにょんと引き伸ばしてきた。あいたたたたっ!
それはともかく、どちらにせよ乗り物酔いをすることには違いない。でもリルフィの膝があるから結構耐えられるかもしれない。
「ふん。最後までわがままなガキだ」
最後までいけすかない男は、別れ際ですらいけすかなかった。そんないけすかから私をかばうように侍女ルアが後ろから手を回し、私を抱き上げようとした。ぷらー……とならなかった。え? そんなに私重くなった?
「全くですねっ」
しかもルアは私をかばわずにいけすかに同意しおった。
うぐぐ。私のルアがこんな奴にろうらくされてしまうとは。ゆるさん。私はこっそり極小サイズの魔力弾をぺしっといけすかに撃った。だが、私の攻撃は簡単に手で弾かれてしまった。
「こらっ。いたずらはダメですよっ!」
「だって、あの男がいけ好かないのが悪いし」
「仕置が必要なようだな」
私の周囲から氷の柱が立ち上がり檻が形成されていく。だが甘い。
「にゃんこ! 檻を破壊しろ!」
だが翼ライオンのにゃんこは寝転がったまま、耳をぴくりと動かし、しっぽでぺたんと地面を叩いただけであった。
こいつ役に立たねえな!
『この中は落ち着きますね……』
おっと、意外なことにポアーネには好評価であった。雪の精霊の身体だしな。ということは、ぽぽたろうの意思なのか?
私は寒いのじゃが? ぶるり。
「ほら、謝ってくださいっ」
嫌じゃ。謝りとうない。私は、一度でも頭を下げさせた相手はみんな死ねと願うタイプなのだ。ぷいっ。
「貴族は簡単に頭を下げるもんじゃないっていけすかナスナスが言ってた!」
「そのとおりだ。それは正しい」
ほらー。ナスナスもそう言ってるー。
「もーっ。将来の旦那様になる方なのですから、仲良くしてくださいっ」
は? もう二人はそんなに話が進んでるの? 絶対に許さないんだけど? 私はこの国を滅ぼすことにした。
「滅ぼすな」
私が虹色の髪をざわつかせたら、いけすかお兄さんは氷の檻の魔法を解除し、ぱらりと氷の塵が風に吹かれて舞い上がった。だいやもんどだすとー。
ちっ。なんだかきれいな光景を見せやがって。こうやってルアの心を掴んだんだな! 許せん!
「ほろぼす? ほろぼす?」
もこもこの毛皮を着た漆黒幼女がひょっこりとにゃんこの身体から顔を覗かせた。お前まだ居たんかい。
「ここあたたかい」
だろうね。にゃんこの日向ぼっこ中は発熱する。それはともかくおいといて。
「結婚なんて絶対に認めないからな!」
「ふん。こっちだって願い下げだ」
「もーっ。ふたりともー」
ルアは私の腕を掴んで引っ張り、いけすかの腕も掴み、私たちの手を握らせて、にっこりと笑った。
「手紙くらいは書いてやる」
いらないけど……。そう言ったらルアにさらに笑顔の圧をかけられそうなので黙っていた。ますます姉のリアに似てきた。
私は感情を殺した人形キャラに徹する。すんっ。
うん? あれ? さっきのいけすかの反応おかしくない? いけすかも拒否ってるということはルアが一方的に惚れてるってこと? 質の悪い男に引っかかったものだ。
「あ、これはまた変なことを考えている時の顔ですねっ」
「大方、手紙に魔法札の罠でも入れようと考えてるんだろう」
考えてねーし! その手があったか!
しかしそうか。望んでいない結婚。つまり政略的なやつだな。ルアはベイリア帝国から再び独立しようとしているヴァイギナル王の娘だ。ナスナスはなんか偉そうな奴だから、きっとそういうあれなんだろう。
「ルアはどう思ってるんだ?」
「へ? 私はおめでたいと思っていますけど」
ルアはふわふわ娘だしな。よくよく考えたら、いけすかはルアには当たりが良いから惚れてしまっても仕方がないのかもしれない。ぐぎぎ。冷静に考えてみると良物件なんだなこいつ。膀胱が緩くて油断するとぴゅるっと出ちゃうおっさんと比べたら単勝オッズで万馬券でちゃうくらいの差だ。
しかし気に食わないので力いっぱい握ってやった。むぎゅ。……くそ、こいつ平然としてやがる! 幼女の握力が足りない!
ごとりごとりがくんがとん。私はリルフィの膝に頭を乗せ、ぼんやりとネコラル車に揺られていた。ところでこのネコラル機関はカンカン鳴らす音がうるさい。列車ならともかく動力がすぐ近くにあるネコラル自動車では最悪な環境なのであった。多分昔の蒸気自動車やガソリン自動車もやかましかっただろうなぁ。
ちなみにリルフィに引っ付いていたもこもこ漆黒幼女のノノンは引っ剥がして捨ててきた。
「たしかにナスナスさんはお嬢様への態度は少し悪いですけどっ」
「少し?」
ルアの声に私はごろりと向きを変えた。
「ああ見えて、お嬢様の好みとか色々と私に聞いたりしているのですよっ」
「え、なにそれ、こわい」
ぶるり。私は悪寒で震えた。あかん。まさかああ見えてロリコンだったとは……。おそろしあ。
「お嬢様は婚約者に興味はないのですかっ?」
「婚約者か……」
ふむ。身近なかわいい女の子と言えば、やはりリルフィか。男の娘だけど。だが、私の身体の性別は女の子なのでちょうど良い。甘やかせてくれるし。良い香りがするし。まあ唯一の問題があるとすると、戸籍が姉妹ということか……。
「ふふっ。お嬢様にはまだ早すぎたようですねっ」
「むぅ」
私の頭の中ではリルフィにウェディングドレスを着せるところまで行っていたのだが、膝枕を外されそうな気がするので黙っておこう。最近の私はお口チャックができるのだ。
「そういうルアはナスナスのことどうなのさ」
「ナスナスさんですかっ? そうですねえ」
ルアは口に指を当てて小考し、そしてふふっと笑った。
「不器用なところ、お嬢様に似ておりますよねっ」
不器用じゃないし……。私あんなぶすっとしてないし……。私はただの不思議系クール人形キャラだし……。
「ああ見えて、婚約者であるお嬢様のことを大事に思っているのですよっ」
「ふむ……」
今なんて?
「誰が誰の婚約者?」
「お嬢様とナスナスさんですっ」
「ふむ……」
今なんて?
「誰が誰の婚約者?」
「お嬢様とナスナスさんですっ」
「ふむ……」
今なんて?
「誰が誰の婚約者?」
「姉さま。落ち着いてください」
リルフィに私の肩を揺らされた。酔っ払うんじゃが!
「いやじゃ……わち結婚なぞしとうない……」
「大丈夫ですっ! これから愛を育んでいけば良いのですっ!」
唐突なナスナスルートは嫌じゃ……。
『良かったですね』
よくねえよぶちころすぞ白毛玉やろう!
私はポアーネの四隅を引っ張って叩いて平たく伸ばしてお尻の下に敷いた。
蒼い煙を噴き出すネコラル車は、蒼い煙に包まれた近代化直前の都市から遠ざかっていく。道はかろうじて道と成している程度の悪路が長々と続く。はよアウトバーンとなれ。
ただいま!




