121話:地下墳墓への誘い
見た目中学生の成人ロリ侍女二重スパイの魔術師テーナは悩んでいた。
頭抱えてうずくまって悩む人、現実で初めて見た。うーうーあえいでいる。
どうやら彼女に指令が下ったようだ。それも反政府勢力側から。そして内容はこう。「精霊姫を古の地下墳墓に連れて来い」である。
いけすかお兄さんは机に肘を付き、左右の白手袋の手の指を組んだ。その姿で悩む人、現実で初めて見た。
「つまりそこが奴らのアジトなわけか」
「どうっすかね。置き手紙だけかもしれないっすよ」
世間では地下墳墓に安置されてる骸骨を使って手紙のやり取りをするのがナウいらしい。スマホでぽちっとメッセージを遅れる時代からきた者としては、不便というか何というか。やり取り自体を楽しめる時代なんだなと感じた。既読スルーしたら、「返事来ない!」と墳墓で憤慨するのだろうか。
「しかしそれならこいつを連れて行く必要はあるまい」
いけすかお兄さんは私のぷにぷにほっぺをぷにっとつついた。おさわり厳禁なんだが? おまわりさーん! だめだ、おまわりさんより権力が上の男なんだった。
「なんにせよ尾行はだめっすよ。見つかったらテーナの命が危ういんすから」
「私は?」
同行する主人の方を心配しろよ。
「お嬢は殺しても死なないじゃないすか」
「人をなんだと思ってるの……」
命あるものは死ぬんだよ。え? そういう意味じゃない?
「死んだら、グリオグラする、から」
勝手に人の身体をゾンビ化予約しないでくださる?
というか、なんでしれっと作戦会議のお茶会に混じってるんだ漆黒幼女。ケーキとお茶まで出されてるし。
「あっ。こいつなら尾行できるんじゃね?」
虹百合結晶を目標にひょっこり現れた漆黒幼女のノノンならバレずに追跡してくれるだろう。
私も雰囲気に飲まれて手づかみでケーキをもぐもぐするマイペース幼女を、仲間の一人のように数に加えてしまっていた。それが悲劇の始まりであった……。
地下墳墓。街中に張り巡らされた地下通路は迷路のようになっていた。街中にあるいくつもの出入り口は封鎖されておらず、雑に蓋がされているだけであった。
私とテーナは手を握り、テーナは懐中魔道灯の明かりを左手に持って地下へ降りた。目の前に広がる、棚状となっている壁一面の白骨死体でちびりそうになる。ぴゅるっ。
『素体いっぱい』
漆黒幼女のろくでもない思念を受信した。
そして白骨死体が黒いもやに包まれて、ぎぎぎと棚から這いずり出る。
「ひい!」
完全ホラーでパニックになったテーナは私の手を握りつぶしながら、反対の右手で火球をぶっ放した。スケルトンの死兵グリオグラは爆発して手足が吹き飛び、私は漏らした。びゅるり。
『今ならまとめてやれる……』
何を? と聞かずもがな、であろう。私は中性脂肪の脂が乗った腐った魂の持ち主であり、テーナは魔術師。漆黒幼女の敵だ。そしてこの場所は彼女の手足となる死体の安置所であった。
そうか、そのためにこいつは……。
私がぷるぷると体温が奪われた反応で身体を震わせると、頭の上の白毛玉が思念を飛ばした。
『ふざけてると穴を塞ぎますよ』
カタカタと音を立てていた骨たちはすんと鎮まった。流石ロアーネ。漆黒幼女の沼ポータル防げたのか。
『ちあう』
何が?
今度は背後の蓋の扉がバタンと閉じた。微かな地上の蒼い光も届かなくなり、私たちは暗闇に閉じられた。そして再び周囲の骨たちがカタカタと音を立て始めた。ぷるぷるぷる。
『しょうがないですね』
頭の上の毛玉がもにゅもにゅと揺れ、さらに毛玉に刺さったままの翼の生えたウニがぴかーと輝く。再び玄室は照らされ、私たちを囲んだ骨たちが骨を手にして殴りかかってくるところであった。
「こなくそー!」
テーナは右手を大きく振り回し、周囲に小さい火の玉を宙に浮かせた。
「火の玉よ 円を描き 弾けろ」
火球が骨たちにぶつかり爆発を起こし、かけた骨が別の骨を砕いていく。
「悪ふざけはいい加減にしろや!」
私は魔力を雑に放ち、足元でまだうごめいている骨たちを浄化させて消滅させた。
「あらやだ。悪ふざけだなんて、まだ君たちの立場がわかっていないようね?」
誰だよ!?
茶髪を束ねたオネエさんが出入り口の前に立っていた。腕に付けた数珠のようなアクセサリをじゃらじゃらと鳴らし、指揮者のタクトのようなロッドを振った。すると、追加の骨が再び壁から這い出してきた。
「なによ! 私は言われた通り精霊姫を連れて来たわよ!」
「そうねえ。良い子だこと。皇帝派のゲドロガヌ」
「なっ!?」
ゲドロガヌってなんだよ……。とりあえずどうやらテーナの二重スパイはバレているようだ。
私は手を挙げぴょこんと跳ねた。
「はい! 私は?」
「残念ねえ貴女も用済みよ。かわいらしい、皇帝の孫の恋人さん」
「なっ!?」
いつの間にか私はリルフィと恋人になっていただと!? 確かに一緒に寝るような関係ではあるけれど! だってそれは姉妹だし!
さて。女の子になった場合の恋愛対象の話をしよう。美少女になったからといって男と付き合った場合、精神は男なので精神的ホモォ……になってしまう。かといって女と付き合った場合は身体的レズゥ……になってしまう。そして女の子と結婚した場合は子づくりの問題が出てきて、そもそも精神が男かどうか打ち明けるべきかの葛藤も生まれるだろう。まあその場合は元々男装やボーイッシュ少女で過ごしていれば些細な問題だが、フリフリドレスを着て満更でもなくかわいこぶっていた場合、「あなたの男の精神どうなっているの?」と相手に思われてしまうことだろう。
つまり、女の子の生活を選んだ時点で恋愛に対して詰みが発生する。
だが、相手がかわいい男の娘ならば、これら全ての問題が解決してしまうのだ! 唯一の問題としては、「男の娘同士ならもっと最高だったのに!」という悔やまれポイントが生まれてしまうことだが、女の子になってしまったのだから仕方がない。
『そんなことロアーネに聞かせられても……』
つまり私は始めからリルフィと結婚することが決まっていたわけだ。
「ふふ。その様子だとどうやら図星だったようねえ。随分と仲良くしていたみたいじゃなあい」
「な、なぜばれた……」
「冥土の土産に聞かせてあ、げ、る」
「わあい!」
やったー! 冥土の土産だ! 人生で一度でいいから欲しかったんだそれ!
『エイジス教に死者の国はありませんが』
ペタンコロアーネは黙ってて。キョヌウでは地中の国が信じられているんだからいいでしょ!
「貴女と親しくしていた金髪の坊や。目立っていたわよぉ」
「うぐ」
さすがリルフィ。かわいすぎて人目を引きすぎたか。確信してしまえば戸籍をいくら偽装してあるとはいえ、真実に辿り着くのは余裕であったか。
「最初に違和感を感じたのは、貴女がチェルイの魔法学校に通い始めたこと」
「ん?」
「戦争の最中、疎開先としても条件が整いすぎていたわ。そこなら名前を偽る子どもが紛れていても、普通ならおかしくはない」
「な、何の話だ……」
「ふふ。とぼけちゃって。よくできていたと褒めているのよ。でも貴女の活躍が異常だった。全て真実とされているけど、それは大事なものを隠すためと思えば合点がいくのよ。不自然に目立つ生徒を貴女の周りに集めていたのもそのためね」
私はテーナの方をちらりと目を向けた。テーナは怯えた表情で私を見ている。いや、知らんけど。
「そう。あたくし達も黄金の子が生きているという情報を得るまでは気が付かなかったわ。だけど、そうとして見れば見えなかったことも見えてくるの」
オネエさんは両手を天井へ掲げた。
「ヴァイフ少年。彼が黄金の子。皇帝の血を継ぐもの」
違うけど……。
オネエさんの瞳が暗闇でもない中でギンと輝く。ちょっとロアーネ照明弱くして。
「彼をどうするつもりだ……」
「安心して。何もしないわ。彼には新しい恋人も用意してあるわ」
お、彼女できて良かったじゃんヴァイフ少年。反体制派の息のかかった女だけど。
「そんな顔しなくてもいいわ。だって貴女はここで死ぬのだもの。彼の幸せを祈りなさい」
「月の女神のご加護よ」
言われた通りに私は祈ると、オネエさんは満足そうに頷いた。
「恨みはないけど死んでもらうわ」
「二対一だが?」
本当はウニ助を除いても四対一だけど。
「あら? まだ気付いてないの? あたくしには無限の仲間がいるのよお!」
再び骨がカタカタと音を鳴らして壁から這いずり出て来る。
そ、そうですか……。魔術師にもネクロマンサーいたんだな……。
『話おわた? もう殺していい?』
ちゃんと待ってくれていたのか。意外とノノンは律儀だな。
『大事なものに触れるな、言った。見極め、大事』
それは偉いな。
オネエさんはなすすべもなく本家グリオグラ使いのノノンの骨に埋もれて死んだ。
さて、濡れた下半身どうしようかな……。




