115話:大体そんな感じ
再び捕まった漆黒幼女は、いけすかお兄さんの手によって再びロープをぐるぐる巻きにされ氷の檻に閉じ込められた。
漆黒幼女は足首を痛めたのか、じっとおとなしくしている。
私は虹結晶の百合の花を手に、漆黒幼女の前に立った。
「お前は何者なんだ! なぜお前がこれを持っていた!」
「……」
相変わらず漆黒幼女は黙秘を続けている。
するといけすかお兄さんは「拷問するか?」と聞いてきた。幼女に拷問はちょっと……。
「悪い子はくすぐりの刑にしましょうっ!」
侍女ルアがそう提案し、私はびくんと身を縮めた。くすぐり怖い。ぶるぶる……。ちなみにぶっ飛ばされたルアは水バリアでこの通り無事でした。
『その前に足首を治しますか?』
「え? 治しちゃうの?」
ポアーネがぽあぽあと漆黒幼女に近づき足元に近づくと、ポアーネは漆黒幼女に掴まれた。そしてむにょーんと引き伸ばされた。
『ちぎれちゃうます!』
「油断するから……」
揉みごたえのある白毛玉が幼女に近づいたらそりゃ掴まるだろうに。幼女じゃなくても掴まえるわ。
むにむにむにむに。揉まれるポアーネは光を放って抵抗した。ぴかーっ。
「……もしかしてロアーネ?」
漆黒幼女がついに喋った。ちょっと変な声のロリ声優CVだ。いやリアル生幼女なのだけど。
しかしポアーネの正体を知っている上に呼び捨てとは、本当に知り合いだったようだ。漆黒幼女はもにゅもにゅとポアーネを成形し直した。三角おにぎりみたいな形になった。
『傷を治しますから、おとなしくしているように』
「……」
ポアーネは漆黒幼女の手から離れて、足首にもにゅっと巻き付いた。そしてぺかーっと光輝く。
『捻挫の炎症は抑えました。しかし完治はしてないので無茶はしてはいけませんよ』
「ロアーネ。なぜ敵と一緒にいる?」
敵、か。やはり漆黒幼女はロアーネと同じくペタンコ……。しかし漆黒幼女は死体を操っていた闇の国の者……。どうなっている。
「敵……ならば攻撃をしたルアがお前の敵だと?」
「魔術師は世界を混沌に陥れる者」
る、ルアが魔術師だと……? 入れ墨なんてなかったはずだ。ルアはぷるぷると首を振った。
あ、そういえばルアはいけすかお兄さんの魔法で吹っ飛んだんだった。そっちじゃなくて敵認定されたのはのんきに豚を焼いてるテーナの方だったか。すっかり存在を忘れてた。
いや待てよ。ルアがフレンドリファイア受けたのは、漆黒幼女の魔法から私を庇おうとしたからだぞ。
「私も攻撃されたんだけど」
「魂が臭かったから」
どきん! おっさんの加齢臭は魂からも放ってしまうのか!? 傷つく。
それはともかく。饒舌になったところで私はもう一度、手にした花を前に出した。
「さてもう一度聞こう。なぜお前がこれを持っていた?」
「……拾った」
今後に及んで拾っただと!? やはりくすぐりの刑だな。
「ならこれの持ち主は?」
「貴女でしょ?」
……?
そっか。私の魔力で作られたものだから、私に届けた……。え? 本当に拾っただけ?
私と漆黒幼女は見つめ合う。うーん。何考えてるかさっぱりわからん。
『そっくりですね』
似てないけど……。私の方がかわいいし。きゅるんとしてるし。
「もういい?」
いや良くないけど。答える間もなく漆黒幼女は地面に出来た闇の中にとぷんと落ちていった。
あっ! 逃げた!
すぐに精霊ビュアーで漆黒幼女の場所を受信しようとしてみたが、どこにも見当たらない。
『その虹の魔法結晶の百合が報せていたようですね』
なんと。逃げられてもいつでも千里眼できると思って油断した。ぐぬぬ。奴めどこへ行った……!
「今度こそ逃したか」
いけすかお兄さんはそう言うと、茂みからがさりと音が鳴った。
まさかと思い仕掛けていた三つ目の罠の下へ向かうと、漆黒幼女は落とし穴に下半身がすっぽりはまっていた。
「……」
「……」
漆黒幼女はんにんにと身体を動かし這い出ようとするが、獲物がかかるといい感じにきゅっと締まる魔法トラップなので抜け出せないようだ。
やがて漆黒幼女は諦め、両手を挙げた。
ルアがその手を掴んで引っ張ると、漆黒幼女は穴からすぽんと抜けた。
ハッと気付いたいけすかお兄さんが我に返って叫ぶ。
「なぜ助けた!?」
「つ、ついっ……!」
漆黒幼女はぱんぱんとスカートを叩き、すたすたと歩いて去って行こうとした。
そこへ空気読まないいけすかお兄さんの氷の檻ががしゃんと降ってきた。なんて冷静な奴なんだ。私はなんかそのまま行かせてもいいかなって気分になってしまっていた。
「……まだ何か用?」
口を開いたと思ったらやはりマイペース幼女だった。つまりそうか。漆黒幼女に取っては、私たちと対立しているつもりは無いということだろうか。ゾンビ軍団引き連れて世界樹を攻撃してきたのに?
あるいは自分は関係ないと思いこんでいるのか。
「もう逃げないの?」
「お腹空いて力でない……」
漆黒幼女のぽんぽこお腹からぎゅるると音が鳴った。停戦の合図である。
キャンプファイアをみんなで囲む。豚の丸焼きは良い感じにこんがりとなり、脂がしたたりじゅっと音を立てる。その豚の丸焼きを切り分けたお肉をきゅもきゅと頬張る。
隣の漆黒幼女は噛めない軟骨を口から出して、ぽいとテーナに向けて投げた。
「そういう悪いことする子にはもう上げないから!」
漆黒幼女はぷいと顔を背けて、口の周りをルアに拭き取らせた。おい。ルアは私の侍女だぞ! 私も対抗して顔を合わせる突き出し拭き拭きさせる。
それで、結局こいつなんなの?
『世界樹を滅ぼそうとしてる奴らです』
なんか私の頭の上のポアーネが小さいお口でお肉をむぐむぐしながらとんでも発言な思念を送ってきた。さっきから私の顔に肉汁が垂れてくるんだけど。
そんなヤバそうな奴だと思ったら本当にヤバイ奴と知らされた奴から、手を差し出された。
「ノノン」
それは彼女の名前なのだろう。私は少し迷い、「ティアラ」と名乗ってノノンの手を握った。お互いの手の肉汁がねちょおっとした。ひどい。
「さよなら」
私の足元がねちょおっと揺らいだ。私の身体が闇の中へ沈んでいく。
ああしてやられたな。悪意を感じないから油断した。
闇の中でノノンの瞳だけが目の前に浮かぶように見える。私たちの手は繋がれたままであった。
『離さない方がいいですよ』
ロアーネが警告する。もしかして離したら時空の狭間とかに行っちゃうやつ? 私は緊張しながらぎゅっと手を強く握った。肉の脂でにゅるっと滑って手が離れた。
「あっ」
手を離してあわあわと泳ぐ私は、漆黒幼女のノノンと離れ、闇の中を浮上していく……。
「ぷはっ」
闇の中でも息ができなかったわけではないが、肺に正しく空気が入ってくるのを感じる。
私は暗い森の中の浅い沼地に立っていた。どこだここ。
辺りを見回していると、私の目の前の空間が裂けて、漆黒幼女が顔を覗かせた。
「多分、この辺で拾った」
何のことだ? ああ、虹の魔法結晶の花のことか。
え? こんなところで? つまり、リルフィはこの近くにいる?
『どうでしょう? 盗まれたと考える方が自然では?』
んもー。ロアーネはすぐ正しいことを言うー。確かにそうだ。じゃあ盗んだのは誰だ! こいつか!
私が漆黒幼女を指差すと、漆黒幼女は後ろを向いた。お前じゃお前。
「正解かも?」
漆黒幼女は後ろ向きでそう答えた。やはりお前だったか!
漆黒幼女は黒いもやを発生させると、沼から新鮮な死体がむくりと起き上がった。ひっ!
『魔術師?』
ロアーネの言う通り、泥まみれの死体の腕には墨が入っていた。なるほどこいつが犯人か。知ってた。さすが名探偵だな私。がはははっ!
なんか目の前ですんなり死体をゾンビー化させるのに驚かなくなってしまっている私がいた。冷静になれ。この幼女はヤバい奴だぞ。
「あれ? でもロアーネと知り合いということは、ペタンコなんだっけ」
敵か味方かマイペースに惑わされて混乱してきた。
「ペタンコちがう」
なんだと……。新たなエイジス教の勢力……?
ペタンコとキョヌウと来たら……。そうだ。元の世界でも宗教は色々な派生があったはず。確か……。
「ノノンは正フロイン教会。太陽を崇める者」
ぺたんこに巨乳に正ヒロイン……。なるほどな! どう見ても見た目はペタンコ幼女の癖に。
いや待てよ。太陽信仰……? 月信仰じゃないの……?
「世界樹は混沌をもたらす。世界樹に選ばれたティアラはどっち?」
どっちと言われても……。選ばれたというか乗っ取られそうになっただけだし……。
漆黒幼女は私に向かって手を伸ばした。腕に渦を巻くように黒い魔力が集まってくる。
やはり戦いは避けられないか。結局のところ、頭の上の毛玉の中身と顔見知り……魂見知り? だろうと、お互いの価値観はぶつかり合う。それが友達になれそうな雰囲気であったとしても、この世界では……。
私も漆黒幼女を改めて敵とみなし、手を伸ばす。
お互いの手から放たれた魔力が交錯してぶつかり、私はその衝撃に弾き飛ばされた。
それはあちらも同じようだ。漆黒幼女はぽんぽこお腹を抑えつつ苦しげに立ち上がる。それは私も同じだ。
「うぐ……」
「くっ……」
二人ともお肉を食べ過ぎて、ガチ戦闘するようなコンディションではなかった。うめき声を出しながら、向かい合ったまま木の根に座り込む。
「食後の運動はよくない……」
「同意……」
『やはり似たもの同士……』
似てないし。私の方がぽっこりしてるから不利だし。休戦も止むなしだし。
「それで結局こいつ何者なの」
「それは貴女も」
でもなんとなく予想は付いた。沼の精霊とかでしょこいつ。
『大体そんな感じですね』
ほらーネタバレロアーネから正解が出た。沼の精霊じゃ泉の精霊と似てな……似て……ん。
ん?




