113話:黒い視線
動物ゾンビと遭遇し激戦を繰り広げた後、残務のごとく本来の目的であるはぐれゾンビの処理へ向かった。やっと本来の試験である。なんか熊ゾンビを倒せた時点でもう良いんじゃないか感はあるのだが、ポアーネをゴリさんの頭に乗せないで戦わせてみることになった。
ということで、ポアーネはいつもの定位置である私の頭の上に乗った。
熊ゾンビのべとべとが付いてそうでなんか嫌なのだが。
『ちゃんと洗いましたよ?』
ポアーネは白毛玉に付着したべとべとを浄化の魔法でぴかぴかになっていた。なにその便利魔法。私も欲しい。
『世界樹を守る時に大量のグリオグラを浄化してたじゃないですか』
む? あれってそういうことだったのか。魔力を拡散しただけだったのだが。
ところでしかし、きれいになったとはいえ、気分的にどろどろだった白毛玉を頭の上に乗せるのは気分が良くない。おしっこを浄化装置で真水にしたからといって気分良く飲めるかというのと同じようなものだ。
待てよ。私のお漏らしの後処理も浄化魔法でなんとかなるのでは?
『なりませんが』
ならないようだ。この世は不条理である。ご不浄である。
ルアにすっきりさせてもらったところで、私たちは死兵グリオグラの探索を続けた。
私の頭の上の、ポアーネの身体の上の、翼の生えた黒くてうにうにしたウニ助がつんつんした棘をピンと伸ばした。らしい。私の頭の上で見えないが。
うにうにレーダーの方向へ向かうと、小規模の黒いもやもやの一帯が現れた。
「二十体ではすまなそうだ」
そう言ったいけすかお兄さんが言うには、死兵グリオグラが放つ魔力によって死骸がゾンビー化するようだ。人に噛み付いて増えるんじゃないのね。
なので奴らが辺りをうろうろうろついているだけで、泥の中の嫌気性と低温の環境によって新鮮に保たれたフレッシュなむくろがむくりむくりと動き出す。兵は畑から穫れるって本当だったんだ……。
「黒霧に突っ込ませて暴れさせるのだ。ゴリゴラムの性能なら余裕じゃろうて」
人型ゾンビは正直怖くないもんね。人間は視界に頼るから黒霧の中で戦うのが厳しいだけで。逆にグリオグラは黒霧の魔力を通じて広い視界を確保しているのだろう。私が世界樹と意識が繋がったときのように。
『それでは命じますよ』
私の髪の毛がぞわぞわときた。ぞわわ。ポアーネに魔力を吸われてる感じが伝わってくる。この感覚は例えるなら……初見の理容院のおじさんに「君の髪は細くて柔らかくて女の子みたいだね」と髪を撫でられた感じだろうか。二度とその店には行かなかった。
『気色悪いイメージをロアーネに送らないで下さい……集中できないじゃないですか』
ごめんごめ……え? 記憶映像までロアーネに伝わってるの!? 覗かないでえっち!
『いいから、魔力を送ることに集中なさい。魔力タンクなんですから』
人をバッテリー扱いしおって。
しかしそれが今回の私の仕事なのである。私の魔力にロアーネの意思を乗っけて、ウニ助から送信するのである。そしてゴリゴラムを半自動、半遠隔操作で死兵グリオグラを倒すのだ。
ゴリゴラムが黒霧の中へ突っ込んだ。
やっちゃえゴリゴラムー!
「……これ中の様子が見えなくない?」
以前の世界樹の時ほどは濃くはないが、それでも見通しが悪く、ぼんやりと揺らめくゴリゴラムの姿しか見えない。
『ゴリさん。霧を晴らしなさい』
ロアーネがそう思念を送ると、ゴリさんを中心に黒霧が渦を巻いた。そしてゴリさんの口の中に黒霧が吸い込まれていく。
「黒霧を吸ってる!?」
「ぬはは! 儂が開発したダインソじゃ! 凄かろう!」
すげえ吸引力だ。流石ダインソ。なんだよダインソって。掃除機かよ。
黒霧を吸い込むゴリゴラムに近づくグリオグラの姿が見えた。なるほどこうやって誘き出すことも出来るのか。
ゴリゴラムは側に寄って来たゾンビーたちをナックルを付けた拳で破壊していく。あっさりと終わった戦いの後、踏み潰して骨を粉々に砕いていく。粉砕しないとまた骨を寄せ集めてゾンビ魔力の苗床になるらしい。きもい。
「!?」
遠隔操作が上手く行きみんなが喜びを噛みしめる中、私は遠くで目が合った。黒フードだ。世界樹と繋がった時にも見たいかにも怪しい奴。
ここにいたグリオグラは野良ゾンビだと思われていたが、戦力を取り戻すために操られていたのかも知れない。
私が黒フードに勘付いたことに黒フードと勘付くと、黒フードはささっと身を隠し、私の世界樹アイから逃げてしまった。恥ずかしがり屋なのかな?
しかし黒フードがグリオグラを操る魔法使いだとしたら厄介だ。「よくもかわいいアタシのゾンビちゃんを倒したわねー!」と怒って突っかかってくるタイプなら楽なのに、見られたと気付いたらちゃんと退くとは。
しかも私自身もよく分かっていない能力での覗き見に気が付くというのが恐ろしい。
『精霊の魔力を通じた視界を、ウニ助が受信して伝えたのではないですか?』
んもー。ネタバレロアーネはすぐ答え言っちゃうー。テレビのクイズ番組を観ながら誰も聞いてないのに答えを先に言っちゃうタイプー。
待てよ。この千里眼の力があれば、侍女ルアのお風呂を覗けるのでは?
『別に一緒に入ればいいじゃないですか』
違うのだ! 覗きはロマンなのだ! 観られているということに気が付いていない姿がいいのだ!
「で、あの黒フードをロアーネも見たんでしょ? どうする?」
『どうするも何も、追いかけても無駄でしょう。向こうも同じく黒霧の魔力を通じて覗いていたのでしょうから』
なんだと!? えっち!
「どうした?」
いけすかお兄さんに黒フードのことを伝えると、彼は黒フードの探索へ向かっていった。余計な仕事を増やしてすまぬのじゃ……。残業よろしくなのじゃ……。
幼女のふわふわな「あっちに人影があったよー」の言葉で動かされるかわいそうな軍人さんは、ついでにスパイ侍女テーナも連れて行った。「あたしは行きたくないんすけど!」と駄々を捏ねていたが、檻をちらつかされると素直に付いて行ったのであった。
大丈夫かな。どさくさで沼に沈められない? スパイゾンビにクラスチェンジしない?
さて。こちらはお仕事終わったのでキャンプだ!
……なんか色々メモを取っていた方々が調べたいことがあると調査を始めたためそうなった。
実は私はキャンプは苦手である。主に虫が。なにが楽しくて虫に刺されるようなところで泊まる必要があんねん。せめてキャンピングカー寄こせ。
そんな虫にお困りな私に、一家に一台万能ロアーネ。彼女が虫除けの魔法を使うとあら不思議! ムカデもブユもクソ羽虫も撃退!
ゴリゴラムが黒マナで生み出されたかのようなフェアリーのゾンビを踏み潰した。ゾンビフェアリーってなんだよ……。
どろどろの場所ではキャンプは出来ないので、じいちゃん博士が土魔法で一帯を固めた。じいちゃん凄いな……。土魔法便利だな……。なんかおだてたら土魔法の小屋も出来たし。キャンプ感は薄れたけど。
キャンプは嫌いだけどキャンプ感は欲しいわがまま幼女である。だって女の子だもの。バーベキューもするもの。お肉もぎゅもぎゅ。
「はっ!?」
視線を感じる。そして黒フードの姿を再び見つけた。
顔と手を脂まみれにしてお肉を頬張る姿を見られてしまった。覗き見は良くないと思う。
なんだよ。お肉食べたいのかな。今度は逃げないでじっと見てくるな……。
サボってる間に5000pt達成ありがとうございにゅにゅ!
暑さで溶けてました。




