111話:子は親に似る
私たちはネコラルの碧い霧が漂うベイリアの首都リンディロンの、博士の屋敷へ戻ってきた。テーナも一緒である。
テーナが自ら二十代成人ロリスパイを暴露したあと戦いになるかと思いきや、ルアが「まあまあ落ち着いてっ」とふわふわとお茶の用意をして話し合いの場が設けられた。その間いそいそとテーナは着替えの服を着ていた。着替えの途中だったからね。
ルアのお茶を飲むと昂った神経が落ち着く。別に怪しい薬とか入っているわけではない。
で。ルアが「どうしてバラしちゃったのですかっ?」とテーナに尋ねると、もぞもぞとちょっと気まずい様子だったテーナはハッと口を塞いだ。遅すぎる。
テーナは「いやぁハハハ。さっきのは無かったことに、っていうのはだめっすか?」と言うので無かったことになった。ちなみに「どこから気づいていたのか」の問いに対しては最初からバレバレだったと答えておいた。テーナは「私だって十歳はかなり無理があると思ってたんすよ」とため息を付き、「まさかアホ幼女が演技だったとは……」と言った。
アホ幼女は余計なんじゃが?
なんとなくなあなあになったのは、なんだかんだでテーナは私たちのピンチの時に救おうとしてくれたからだ。そりゃあ暗殺者とかではないのだから私たちに協力するのは当然なんだけども。
あと屋敷のメイドの仕事をしてくれるから助かる。いないと困る。
「なあなあ。博士の部屋漁っていいっすか?」
いやダメだが?
テーナはいけすかお兄さんに引っ叩かれた。
ポアーネもナスナスもちゃんと戻ってきた。神官ってポアポアの姿になってるロアーネがわかるんだな……。だから打ち上げの時も神官は戸惑いながらもポアーネに祈っていたのか……。看板効果だけじゃなかったんだ……。
「だけど、私はこれからは積極的に博士の手伝いをしようと思うし、そこでテーナが気づかれないところで何しようと自由だけど」
「やったぜ」
テーナは再びいけすかお兄さんに引っ叩かれた。テーナはそれを回転の力で受け流す。くるりと回ってメイドスカートがふんわりと浮き上がった。回転するロリメイドさんいいよね。
「じっちゃんはかせー」
「おおなんじゃ精霊姫。久しいな」
私はトイレから出てきた博士を両手を振って出迎えた。博士はトイレの前に置かれたお茶を飲み、私にもお茶を勧めてきた。うーん、トイレの前でティータイムする趣味はないのだが……。数少ない家族の交流だしょうがない。
「私、精霊がなんとなく見えるようになったの」
「ほおほお。それは素晴らしい! 儂の研究を手伝ってくれるのかね」
「うん。それでね。外の百合の花に意思を持つ花の精霊が沢山いるの」
「なん……じゃと……?」
博士の人造精霊の研究は多分無理だ。私が魔力解放で庭の木を世界樹もどきにし、魂を集めれば上手くいくかもしれない。だが、それは同時に魔物も集めることになるだろう。今までの出来事を思い返すと、私の魔力は魔物を引きつけるに違いないだろうから。そうなったらベイリア首都は大変なことになるので、その方向はなしだ。
だから、人造精霊ではなく、すでに集まっている精霊に協力してもらうことにした。
私たちは庭に出た。
花を付けた百合たちは環境が変わったというのにまだ元気に咲いたままであった。
『なになにー』
『遊ぼうよー』
『キラキラちょうだーい』
しょうがないにゃあ。私は拳をぎゅっと握って魔力を込めてトルテネーレで解放する。拡散した魔力が畑に降り注ぎ、百合は花をゆらゆらと揺らした。あぶない! 重みで茎折れちゃう!
「ほおお? 花が揺れておる。本当に精霊が宿っておるのじゃな?」
「うん。喜びすぎて危ない」
私の魔力を吸収したせいか、花の精霊の姿がぼんやりと見えるようになった。それは蝶の羽を付けた和製ファンタジーフェアリーのような姿であった。良かった、黒い魔力とかで生まれなさそうなフェアリーだ。
私はネコラルを溶かしたであろう碧い液体の入ったフラスコを近づけてみた。
『なにこれくさーい!』
『あーこれこの辺りにふよふよしてるやつー』
『まじなえぽよー』
彼女たちは拒否反応を示した。なんとなく予想がついていたことだが、ただ魔力が高ければ精霊が気にいるというわけではなさそうだ。ネコラルが鉱石だとしたら、花の精霊とは相性の悪い魔力なのだろう。
待てよ。そうなると金属製のゴラムも相性が悪いということか。
木製なら気に入るかなと思い、木の人形を近づけてみたけど、彼女たちは見向きもしなかった。
そもそも考え方がずれてる?
『花の精霊は花に宿っているのですから、材質の問題ではないでしょう』
あ、そっか。花の精霊を花から移そうとしてもそりゃ無理か。
精霊。肉体。魂。受肉。
私は何かを忘れている気がする。
「んー?」
私は碧い霧の空を見上げた。昼間だというのに海の中のように街は薄暗い。しかしネコラル機関はこの世界の最先端のインフラであり、その動力によって魔道家電をまかなっている。石炭を燃やすなんかよりよほどエコに見えるが……果たして害はないのだろうか。
ネコラル自体に魔力を秘めているのに、ネコラルに精霊は宿ってないのかな。
いや、それがそもそも博士の人造精霊のテーマであったか。高濃度の魔力こそ魂という考え。
『それは間違いですよ』
と頭の上のポアポアロアーネは言っている。だが果たしてそうだろうか。高濃度魔力なら魂が寄ってくるのだから実質……。んー?
私はじっとフラスコの中の碧い液体を眺めた。
固めてみるか。
『また変なこと考えてませんか?』
私は庭の小さな噴水の中に入った。足がひゃうっとなるほど水温が低い。
私は髪の毛を動かし、ネコラル液のフラスコをそれで包み込んだ。
むむむむむっ。
スカートの中がじんわりと温かくなる。昼寝していたにゃんこが耳をぴんと立てて目を見開いた。
『ちょっと待ってください。どんだけッ……!』
空の碧い霧がフラスコの中へ流れ込んでいく。
ああそうか、碧い霧も黒い霧と同じ……。
リンディロンの街を覆う碧い霧が上空で渦を巻く。竜巻と成し、フラスコへ吸い込まれていく。
私を中心に魔力の暴風が起こった。
『一体何をして……』
後は焼きごてをするようにぎゅーっと押し込むイメージで。
フラスコのガラスがぱりんと割れたが問題はない。髪の毛で抑え込む。
ぎゅーっ。
ぺかー。
「できたー!」
ボーリング玉のようなずっしりとした碧い魔法結晶だ。
晴れた空の下、日光に当たりキラキラと輝いている。
「ま、まさかそれはネコラル結晶……!?」
じいちゃん博士がぷるぷるして、身体を左右にぐらぐらと傾け、目をひん剥いて私の手にしているネコラル結晶とやらをじっとりと眺めた。
ネコラルを液体化したものを再び固体に固めただけの物ができたのでは? と実はちょっと不安になっていたけども、できあがったのはなんか別物みたい。なんだろう。単分離したものみたいな?
「これどう報告したらいいと思っすかナスナスさん」
「知らん。頭痛がしてきたから静かにしてくれ……」
いやあ、なんかすまん。博士の実験してたら碧い霧が晴れちゃったくらいでなんとかごまかして欲しい。
とりあえずネコラル結晶が重すぎるので地面に置いた。するとにゃんこがにゃうんと抱きかかえた。玩具じゃないよ!
「あとはこいつをゴリゴラムの動力にしたら、いけそうじゃない?」
いけそうな気がする。いけた。
私たちはネコラル結晶を兵器工場へ運び込み、ゴリゴラムの動力部を改造。改造したのはスタッフだけど。一晩でやってくれました。ゴリゴラムの中にネコラル結晶を詰め込んで接続。魔力を込めて起動すると、ゴリゴラムの目が光った!
「うおおおお!!」
工員たちが叫び声を上げてるけど、まだ目が光っただけだ。
自立では動かんか。なら命令を与えてみよう。
「ゴリさん。立ち上がって三歩前に歩いて」
私は魔力を込めて思念を送った。
するとゴリさんはぬっと私の方をちらりと見て、その場でごろんと横になった。
あれ? 言うことを聞かない?
いや待てよ。あのポーズどこかで見たことあるような……。
ぜ、前世の幼女体のロアーネがソファでだらけてる時のポーズでは!?




