109話:祝勝パーティー
次の日。
世界樹広場にて、私は時代錯誤の裾がぶわっと広がる重いドレスを着せられ着飾れ、椅子に座っている。
地面に散乱していた死兵グリオグラの砕けた骨や腐った肉は、全て私の魔力で灰となり、一夜で片付けられたのであった。避難した住民も戻ってきて朝から宴会が始まった。
撃退祝勝パーティーは良いのだが、困ったことがある。
エイジス教の神官たちが私の前に列を為して、私に祈りを捧げていくのだ。
「ロアーネ様。月の女神のご加護よ」
「んにゅ」
私はいつものようにポアーネを頭の上に乗せているので、おかしいことではないのだが。いや、おかしい気がする。
『世界樹に触れる時にロアーネを名乗っていましたからね。そりゃあ勘違いされるでしょう』
私のロアーネの演技が完璧すぎて、偽物ということに気づかれないようだ。
そろそろ飽きてきたからお菓子食べてお酒飲んで帰りたい。
みんなお酒飲んでてずるい。私も飲みたい。
『ワインなんて飲んでも気持ち悪くなるだけだと言うのに』
なんだロアーネは下戸か。身体が合法ロリだとお酒も弱いのか。今は白毛玉だけど。
しかしロアーネのワインへの印象は良くないんだな。そうか宗教が地球とは違うもんな。水をワインにするような人はいなかったのだろう。日本だと川はきれいなイメージがあるのだが、それは川が短く急流のせいだ。緩やかな川は飲むとお腹を壊すからアルコールを飲んでいたそうだが……神官が魔法で水を浄化できるなら水が神聖となってもおかしくないな。
ちなみにここではワインはもちろん輸入物である。
私がぼーっとしていると、私の前にいた灰色ひげもじゃ神官が怪訝そうな顔で立ち尽くしていた。
「ロアーネ様、どうかなされましたか?」
「これ、私がいる必要ないよねって思って」
「何をおっしゃいますか。ロアーネ様は世界樹をお救いになられました」
「それはそうだけど、私はロアーネじゃないんだよね」
神官たちに衝撃が走る。じゃあお前は一体なんやねんという顔で私を見た。ひげもじゃ神官は冷静を装い、こほんと咳払いを一つした。
「と、おっしゃいますと?」
「私じゃなくて、私の頭の上に乗ってるポアポアがロアーネなんだよね。だからこれを椅子に置いておくね。それじゃ」
ぴゅーん。私はポアーネを椅子の上にぽむって置いて逃げ出した。ロアーネの『逃げるな!』という思念は無視をする。美味しい香りがわちを誘っているのじゃ。お肉を焼く匂いはちょっと……今は嗅ぎたくないけど。
少し離れて私を監視していた、いけすかお兄さんが付いてきた。
「いくつか聞きたいことがある」
「私も。この屋台は食べ放題でいいの?」
私は両手にチュロスを装備した。屋台のおっちゃんがくれた。しかし二本あっても困るので、一本をいけすかお兄さんの口元に突きつけた。ほれ食え。
「やめろ。押し付けるな」
「……」
私が無言でチュロスを押し付けていると、横からいけすかお兄さんの知り合いらしい軍人が現れて、いけすかお兄さんの肩を叩いた。
「なにこの子かわいいねー。アルダナスコの恋人?」
ほう。中々面白い冗談を言う。しかし私のことを素直にかわいいと褒めるので許してやろう。私はちょろいのだ。ほれ、褒美にチュロス食え。
私が無言でチュロス押し付けると、軽口軍人はぱくりとそれを口に咥えた。間接キスだね。ナスナスとの。きっと腐の人なら喜ぶシーンになるに違いない。残念ながら私は男×男には興味ない。男の娘×男の娘ならよし。女装レズはホモじゃないからな。うんうん。
「護衛対象だ。お前は消えろ」
「んぐ。へー。じゃあこの子が精霊姫かぁ。よろしくね」
軽口お兄さんが手を伸ばしてきたが、今の私の両手はダブルチュロスでべとべとなので無言で頷いた。無言なのは私の口がチュロスっているからだ。
待てよ。今の私は幼女が棒状のものを咥えている状態……。ロリコンが近くにいたら危険だ! きょろきょろ。
「どうしたの? 何を探しているんだい?」
「危険人物」
「ふぅん。面白い子だねぇ」
軽口お兄さんがにこぉと笑った。私知ってる! こういうタイプは裏切り者なんだ! じとー。
「それで危険人物は見つかった?」
「いま目の前にいる」
私がそう答えると、いけめんお兄さんが珍しく「ぶほっ」と笑った。手で口を隠しているが、確実に笑ったのが見えた。
「ひどっ! なんで僕が怪しいのさー」
「幼女に気安く話す男は怪しい」
「えー酷いなそんなことないよ。アルダナスコの方がよほど危険な人物じゃあないか」
ふぅむ。私は偉そうに腕を組んでいるいけすかお兄さんを見つめた。いけすかお兄さんは顎を突き出し見下すように私を見る。なんだ? やんのかこら。
「おにいちゃん顔こわーい」
「え? なに? アルダナスコはお兄ちゃんって言われてるの? ははっ!」
私のふざけた発言にも動じていない。代わりに軽口お兄さんの方を殴っていた。
ふむ。いけすかお兄さんはいけ好かないが、ロリコンではないという点では安心できる。もし私みたいなロリコンだったら変顔をしてごまかしているはずだからだ。
さてここにテーナちゃんが現れた。テーナちゃんは顔を赤らめて私の側にやってきた。こいつ……発情している……?
私は今までのテーナちゃんの言動からして十歳ではないのではないかと疑っている。十歳はもっとぴゅあぴゅあであるはずなんだ。いや違うかもしれない。でも私は十歳はまだぴゅあぴゅあであると信じている。ぴゅあぴゅあでなければならないのだ! と、するならば、彼女はロアーネみたいに年齢詐称の可能性が高い。あれだけの魔法が使えたのだ。魔力が高く、成長遅れの可能性もある。年齢詐称はそれを隠していると考えると自然だ。
この、軽口お兄さんに色目を使っている脱法ロリは一体何歳なんだ!? ぷるぷる……。
「ナスナスさん! こちらのお方をご紹介いただけませんか!?」
「ふん。お前が知る必要はない」
「姫のメイドさんかな? 君もかわいいね! 僕はナスナスさんの同期のアルガムだよ。よろしくね」
「はぁい! えっとぉわたしはテーナって言います。良かったらぁ、一緒にお祭りを回りませんかぁ?」
年齢詐称の疑いが出て脱法ロリのぶりっ子がさらにイラっとするなぁ! 横っ面殴りてえ!
「はは。悪いけど、腕に墨をしてる子は隣に置けないなぁ」
テーナちゃんはさっと左手で右手の袖を触った。
服の上からでも見えるものなのか? ふむ……なるほど。魔力の流れが腕でたゆんでるな。
あれ? 軽口お兄さんは魔術師を嫌っている? もしかしてペタンコなのか?
「魔術師? あはっ。なんのことですかぁ?」
「あれ? それじゃあ鼠と言った方がいいかな?」
「なんのことやら。あ、ちょっと用事を思い出しましたぁ」
テーナちゃんはさささっと鼠のように人混みに消えていった。ふぅむ。そんなわかりやすいスパイっ子なのか。もちろん私は最初から知っていましたが? という涼しい顔をしている。
「ふぅん? 興味なさそうな顔してるねー。お姫様はそういう事に興味ないのかな?」
「いや。精霊姫は知っててあいつを招き入れた。泳がせてどうするつもりなのかは知らんが」
「へぇ。そういうことは先に教えてくれないと。色々と面白いことを吹き込んであげたのに」
軽口お兄さんはくつくつと笑った。いけすかお兄さんとは別タイプだが、私やっぱりこっちも好きになれそうもない! 陽キャだし! パリピだし! おっさんの魂は陽属性をぶつけると消滅するぞ。
まあこんな悪そうなあんちゃんは放っておいて、私は美味しいもの探しをしよう。
ふぅむ。あんぱんみたいなのと、あんドーナツみたいなのがある。中身はなんだろな。どっちにしようかな。両方食べてもいいが、連続で揚げパン系のお菓子はきつくなる可能性がある。その前にヨーグルトの飲み物でも貰おうか。だが今日は北の国なのに気温が結構高い。危ない感じがするな。とろりとしていても判断がつかん。果実系にしておくか? 林檎飴みたいな。ふむ……。
私がうろちょろしている間、ずっと視線を感じる。一人はいけすかお兄さんだろうが、もう一人は……。なんで軽口お兄さんも付いてきているんだろう。そういえばルアはどこいった? あれー? るあー?
両手にケーキを手にして世界樹の周りをぐるりと一周して、私が座っていた椅子の元へ戻ってきた。
そこには椅子の背もたれに「♡ポアポアロアーネ様です♡」という看板が付いていた。なんだこの丸い文字。ルアがやったのか? ポップな看板の下にポアポアが置かれているという謎な状態すぎて神官たちが戸惑っているのだが。
「お嬢様っ! これどうですかっ?」
どうですかってこれ……。戸惑いながらも神官はポアーネに祈っているし、ロアーネは真面目にぽよぽよしてそれに応えているようだし……。なんだろうなこれ。
また、ウニ助はルアの胸の中に入り込んでもぞもぞしており、ルアは「やんもう」と身体をくねらせていて男たちの視線を集めていた。ふーん。エッチじゃん。
『誰か呼んでる? 呼んでるかしらー?』
うん? この思念はロアーネじゃなくて百合花ちゃんか。
私がきょろきょろしたら、緑色で髪の長い中性的な半透明な子どもが、世界樹の幹からにゅっと上半身を生やしていた。私と目が合うとさっと世界樹の中へ隠れてしまった。
『今のかしらー?』
今のだろうな。世界樹の精霊か。世界樹の魂か。私の身体を乗っ取ろうとした存在だろう。
葉っぱのような耳をしている元祖洋物系ファンタジーエルフのような風貌の人型世界樹さんは、再び顔をちらりとのぞかせて私をじっと見ていた。
……身体はあげないよ?




