攻防その8
「いいですかルキオ様。女性はロマンチストですからね。求婚となれば相応の雰囲気を作り出すことが求められます」
「なるほど」
「という訳で、貴方の仕事はサラ様の好みを聞き出してくることです」
「なるほど……って、おい!!そんな無茶な!!」
「つべこべ言わずに行ってこい!」
「だから敬語ぉ!!」
鬼の執事によって屋敷から締め出されたのが、数時間前の出来事だ。
今日は雲ひとつない快晴。前回の教訓を活かし、ちゃんと空模様を確認してきた。いつ出したのか知らないが、クロードはすでに先触れを送ったらしく、あとはルキオが頑張るだけという状況に整えられていた。
(好みって…どう聞けばいいんだよ…)
サラの前では思ったことを口に出せないのに、随分と無理難題を吹っかけられたものだ。
(緊張で気持ち悪くなってきた…)
しかしこれ以上、ゲロ男の名を欲しいままにする訳にはいかない。そんな不名誉すぎる汚い渾名はいらない。
「お前は俺のどこが気に入らないんだ?」
結局のところ、ルキオが放ったのはどこまでも上から目線の台詞だった。脳内のクロードが「全部ですよ」と言ってくる。「反対に聞きますけど、どこが気に入られると思ったんですか?」と幻聴まで聞こえてきそうだ。
相手の好みを知りたいだけなのに、何故こんな聞き方になってしまうのか。それは彼自身が一番知りたい事だった。
「強いて言うならなら…顔、でしょうか」
「顔!?」
もうそんなの生まれ変わるしか方法が無いではないか。ルキオの絶望をよそに、サラも今のはさすがに失礼すぎたと反省していた。例え本心でも、顔が嫌だと告げるのはいけなかった。常識的だったはずの彼女も、ルキオと接するうちにズレが生じたのかもしれない。
「私は知的な雰囲気の男性に惹かれますので。あと、髪もすっきりしている方が好みです」
「知的…すっきり…」
慌てて付け足された説明を、ルキオはぶつぶつと繰り返す。言外にお前とは真逆の人がタイプだと言われているのだが、彼は気付いていない。
どうにか得た情報をもとに、ルキオは早速行動に出る。ガードナー家の使用人部屋に突進したルキオの手には鋏が握られていた。彼の勢いだけは賞賛に値する。
「クロード!俺の髪を切れ!すっきりとな!それと眼鏡も用意しろ!」
眼鏡イコール知的と思い込んでいるあたりが、すでに馬鹿丸出しである。
「髪を?どれくらいすっきりさせますか?」
「百人に聞いて百人がすっきりと答えるくらいだ。思いっきりやれ!遠慮はいらん」
「かしこまりました」
体感にしておよそ十分後。
鏡の前には、見事なまでにツルピカになったルキオがいた。やけに早く終わったなと感じていたら、まさか丸刈りにされていたとは。
「これは…すっきりというより、すっからかんじゃないか?」
「百人の中にハゲの方がいた場合、その方からすれば一センチでも毛があったら、すっきりとは言えないと思いまして」
明らかに吹き出すのを堪えているクロードは、完全に面白がっていた。しかしながらルキオは、執事の適当なこじつけに「なるほど!」と納得する始末だった。
「これで眼鏡をかければ完璧だな!」
「そうですね」
ハゲ頭に眼鏡なんてスタイルの人間は、社交界に存在しない。サラは変わった男が好みなんだなと思うルキオだが、変わり果てているのは自分自身である。彼女の好みから余計に掛け離れたことも知らずに、ルキオは浮き浮きと大きな花束を注文していた。
「プロポーズに花束は不可欠、だったよな!」
「ええ」
「花言葉も調べたぞ!」
「素晴らしい」
そう返事をしながら、クロードは目が笑ったままだった。
前代未聞のビフォーアフターにより、改悪された容姿を自信満々にひけらかし、サラを訪ねたルキオ。彼の来訪には驚かなくなっていたサラも、こればっかりは仰天させられる。
「…ルキオ様…で、あっていますか?」
「ほかに誰がいる」
この不遜な言い方はルキオに間違いないが、数日前までは頭の上に存在していた毛がすべて消失している為、まるで別人のように見えた。それに、誰が選んだのか、ルキオの顔にまったく似合わない、まん丸フレームの眼鏡。笑いを取りにきたのならまだわかるが、当の本人はくそ真面目な顔をして、やたらでかい花束を持っている。サラはこれっぽっちも好みではなかったが、とうとう唯一の取り柄まで崩壊してしまった惨劇に、唖然とするほかない。
「どうしたんですか、その頭…」
「サラはこういうのが、好きなんだろっ!」
いつ、誰が、こんなハゲ眼鏡を好みだと言った。ただの変人ではないか。
「お、おっお前好みの男になってやったんだ!ありがたく俺に貰われろっ!」
「…………」
手汗が染み込んだ花束を差し出すルキオは、風邪をひいたみたいに真っ赤だった。しかも「貰われろ」の「ろ」で声がひっくり返り、ひどく間抜けな感じを演出していた。雰囲気作り云々はどこへ吹っ飛んだのだろうか。こんな厚かましいプロポーズは類を見ない。
ところが、ぷるぷる震える花束を見たサラはというと───
「ぷっ…ふふっ…あははははっ」
お腹を抱えて笑いだしたのだった。
初めて目にするサラの大爆笑に、見惚れる反面、何故笑われるのか本気で理解できていないルキオはきょとんとしている。
「ルキオ様、どれだけ私のことが好きなんですか」
「は!?なんっ…!?」
サラは目尻に浮かんだ涙を拭いながら、そう言ってやった。
恋慕されていると薄々勘付いてはいたものの、まさか自分の毛髪を捨ててくるとは思わなかった。経験豊富な祖母の昔話にだって、ここまでの変人は登場しなかった。そんなの手の打ちようが無い。
「うううう自惚れるなよ!誰がお前みたいな凡庸な女に…っ」
「前回言い忘れていましたが、私は高圧的な物言いをする人が大嫌いです」
「………」
「凡庸な私は嫌いですか?」
「…き、嫌い…………………じゃな…ぃ…」
相変わらず声が小さい。
力いっぱい握り締められて、しおしおになった花束を受け取ったサラは、素直な笑みを浮かべた。
「お返事は前向きに検討します」
「い、今すぐ『はい』と言え!」
「そんな言い方をすると、嫌いになりますよ」
「………」
サラの返事はもう決まっていた。
だから、これはちょっとした意地悪だ。まんまとルキオに絆されたことへの、ささやかな仕返しである。
これからもルキオが空回りするたびに、サラは迷惑を被るのだろう。
(…でもどうしてでしょうね。ルキオ様といることで不幸になる未来は見えないんです)
ルキオとなら笑って歩いていける、そんな確信めいた予感があった。それは、彼の空回りの原因が、全てサラの為だと知っているからに違いない。知っていながら嬉しいと感じてしまうのだから、サラの完敗である。
(おかしな人…)
祖母の遍歴には及ばないが、自分もそこそこ変な恋をしちゃったなあ、としみじみ思うサラだった。
それから、丁寧な言葉遣いでプロポーズしなおすまで返事は保留、と言い渡されてしまったルキオは、死にものぐるいで特訓した。言おうとしては閉口する、というのを毎日繰り返すこと一カ月。ようやく「はい」と頷いてもらえた際、感動しすぎて失神したのは、二人だけの秘密である。
───こんなに一生懸命私を好きになってくれる人、きっと世界中を探してもルキオ様だけです。
意識を失ったルキオに膝を貸すサラは、困ったようにはにかんでいた。
何気にキューピッド役となったクロードでした。




