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攻防その5

 今日はお茶会日和の良い天気だ。

 サラは母親の友人の屋敷に呼ばれ、のんびりとアフタヌーンティーを楽しんでいた。祖母の時代は、お茶会と言えば紅茶のかけ合い、虫の投げ合いだったそうだが、今サラが参加しているのは、子爵家と男爵家のみで構成された、実にほのぼのとした集まりだ。お菓子をつまみながら、女性同士の会話に花を咲かせている。上流貴族の方々の噂話は、聞く分には大層面白いし、現在の力関係を知る重要な情報交換の場でもある。

 興味深く話に耳を傾けていたサラだったが、突如として現れた闖入者によって、お茶会は台無しとなった。


「邪魔する」


 察しの悪い人でも、もうお分りだろう。ルキオである。場違いという言葉を知らないのだろうかと、サラは逆に心配になってきた。


「先週は世話に、」

「きゃー!ルキオ様よ!」

「野生的で素敵…」


 ルキオが何かを言いかけた時、お茶会に参加していた令嬢達が騒ぎ出す。無論、サラは含まれていない。くどいようだが、彼の唯一の取り柄は顔だ。あとついでに伯爵家というオプションも付いているので、年頃の女の子が色めき立つのも頷ける。ただし、サラは例外だった。我関せずとばかりに、無心で紅茶を飲んでいた。


「どうぞおかけになって?」

「いらっしゃると知っていれば、たくさんおもてなししましたのに」

「お菓子はお好きですか?ルキオ様」

「え、あ、おう」


 令嬢達に囲まれたルキオは目を白黒させながら、いい玩具になっている。サラの心配事はただ一つ。それは、自分と面識があることを絶対にバラしてくれるな、という懸念である。ルキオを格好いいと囃し立てる彼女達から嫉妬を買うのは御免被りたかった。ルキオ単体でも面倒くさいのに、そこに女の嫉妬が付加されるなんて想像もしたくない。


(さて、どうしましょうか)


 いつまでも無関心ではいられない。祖母の教えに従い、サラは『大多数に紛れ』なくてはならないのだ。ここで言う大多数とは「ルキオ様格好いい〜!」という意見である。心底不本意だが、やむを得まい。もやもやした気持ちを抱えつつも腹をくくったサラは、淑女の笑みを浮かべ続けた。他人の笑顔に合わせて微笑むなど朝飯前である。


「ねぇ、サラ様もそう思いません?」

「そうですね。背が高くていらっしゃるのは憧れます」

「!!!」

「やっぱり!理想の男性のポイントですわよね!サラ様、よくわかっていますわ!」


 サラに嘘でも「憧れ」と言ってもらえたルキオは、そのままのぼせ上がり口が回らなくなった為、二人の関係は知られることなくお茶会は終わっていった。




「……で、お茶だけ飲んで帰って来た、と」

「……菓子も食べた」

「そこは本気でどうでもいいです。何しに行ったんですか、ルキオ様」


 ガードナー家に戻ってすぐ、ルキオはクロードと反省会を開いていた。


「茶会ってのは危ない場所だって聞いたことがあったから、サラを守ろうと…」

「確かに修羅場と化す場合もありますけどね。女性のみのお茶会に乗り込むなんて馬鹿ですよ馬鹿。非常識極まりないです」

「じゃあもしサラが危険な目に遭ったらどうするんだ!」

「貴族ってのは、そういうのを乗り越えて成長していくんですよ!」

「可哀想だろうが!」

「それは貴方の脳みそだろうが!」


 勇ましく飛び出して行ったものの、サラの一言で使い物にならなくなって終了。話を聞いたクロードは目が点になった。何という無意味な時間を過ごしてきたのか。


「ピンチに陥ったサラ様を助けて惚れさせる的な作戦だったんですか?」

「お前…!天才か!くそう、何で気がつかなかったんだ!」

「…………」

「閃いたぞ!お前が悪役になってサラを襲う振りをし…でも絶対にサラに触れるなよ。で、俺がお前を倒す。どうだ!」

「稚拙すぎますし、演技でも貴方のカス剣術に敗れるくらいなら私は辞職します」

「そこまで!?いやクロードがいなくなったら困る!」

「では別の方法を考えてください」

「……とにかく今までの非礼を詫びたい」

「ルキオ様にその自覚があったとは、今世紀最大の驚きです」

「あるわ!!」

「ですがまだお礼も言えていないのに、謝罪が言えるんですか」

「…………」


 口を開けば暴言とゲロしか出てこない男には、果てしなく難しい問題であった。


 ルキオが頭を抱えていた頃、プティエル家の屋敷では両親が深刻な顔をして娘と向き合っていた。


「サラ、もしも向こうから正式な結婚の申し込みがあったら、立場上断るのは難しいと思う」

「はい。わかっています。それにあの方との結婚は、我が家にとって益となることも」

「お金の事なんていいのよ。多過ぎても人を駄目にしてしまうから。少し余裕がある、くらいが丁度いいの。だから嫌なことは嫌と言いなさい」

「ありがとうございます、お母様。大丈夫です。ちゃんと納得のいくように決めます」


 サラはてきぱきと答えた。こちらには祖母から伝授された最終奥義がある。いざとなったら、それを行使するまでだ。


『逃れられない運命だと感じても、まだ打つ手はあるわ。修道女になるか、市井に下るか、国を出るか。生活が一変するのが不安?大丈夫、そこから返り咲いたのが、先代の女王様だから。私の友人だって国外へ逃げたけれど、そこで悠々自適に暮らしているわ』


 つまり一度は身分を捨てても、好機さえものにできれば、再び生温い生活に戻れる可能性がある、という事だ。勿論、王座なんて高望みはしないが、平穏な日々を手に入れる望みを諦める必要は無い。相応の危険が付きまとうとしても、やらねばならない状況に追い込まれたら、僅かな可能性に賭けてやるしかない。


(最終奥義『思い切って全力逃亡』は使わずに済む事を祈りたいですね)


 はてさて、サラの祈りは天に届くのだろうか。

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