攻防その4
ルキオは自分の顔が、異性に人気があることを知っている。だがしかし、自分で自分を格好いいと思った事はない。正確にはどう頑張っても思えない。
何故なら、文武どちらも落ちこぼれ。中でもダンスは壊滅的、しかも口下手。極め付けは馬車酔いの酷さだ。酔い止め効果のある薬草茶を飲み忘れた日には、大変な目に遭う。というか、つい最近遭った。
「クロード…俺はどうすればいい…?」
謎のデートからとぼとぼ帰って来たルキオは、自分の執事であるクロードに嘆いていた。しょんぼりする主人に対し、彼は慰めの言葉をかけ…たりはしなかった。
「いっそ潔く諦めるべきですね」
「嫌だ!諦めたくない!」
「好きな女性の前で二度も吐いたのに?」
「ぐっ…それでもだ!」
例の夜会が開かれた晩、ルキオはちゃんと出発前に薬草茶を飲んでいた。ところがそのお茶は、メイドの手違いで普通のハーブティーにすり替わっていた為、彼はものの数分で酔ってしまった。それでも根性で会場入りしたはいいが、近寄ってきた女性達の香水が駄目だった。忘れがちだがルキオの顔だけはいい。気持ち悪さが一気に跳ね上がったルキオは、我慢できずに噴射。当然、女性達は悲鳴を上げて散っていく。目を回しながらも、どうにか会場の端までは行けたが、自力ではもう動けそうになかった。
そんな時だったのだ。彼女が現れたのは。
『救護役を呼んでまいります。もう少しだけご辛抱ください』
静かな声が、不思議と気分を落ち着かせた。ルキオの口元に柔らかなハンカチが押し当てられ、それに気付いた彼は慌てて返そうとしたが、すでに女性は背を向けていた。その後駆けつけたのは救護役だけで、ルキオはたった一人の恩人にお礼を述べることもできなかった。
「でもよくその時の女性がサラ様だとわかりましたね」
そうなのだ。あの時、ルキオはサラの顔を見ていない。ぐるぐる揺れる視界から、辛うじて見えたのは金髪だけだった。
「…この前の夜会ですれ違った時に、サラからこのハンカチと同じ香りがしたんだ」
「うわっ……それ、変態のやることですよ」
「ち、違う!変な意味じゃなくて!」
「香りを堪能したんでしょう?」
「やめろ!!確かにっ、良い香りだったけれども……おい。距離をとるな。今のは忘れろ」
「しかもお礼も言えないまま、暴言だけ残してくるとか」
「ゔっ…それは本当に、悪いと思ってる…」
サラだと判明した経緯はさておき。
ルキオはどういう訳か彼女を前にすると、心で思っていることと真逆の言葉が口から飛び出してしまうのだ。例えば…
『(この人だっ!待ってくれ!)おい、お前』
『(あれ?あれっ!?)凡庸な女、お前のことだ。(おい嘘だろ!?何言ってんの俺!?)』
実は『俺といる権利を〜』のあたりから、こんな事が言いたいんじゃないと、涙目になっていた。
『まさか結婚相手を探してんのか?お前その顔で?冗談だろ。(誰か俺を殴れ!歯が砕け散るほどボコボコにしろ!!この現実を冗談にしてくれぇぇ!!)』
という感じだ。
補足すると、ルキオはサラを見た瞬間「可愛いすぎて目が潰れる」と思ったし、何なら恋に落ちる音だって聴こえた。結婚相手を探していると知り、可愛いサラは誰にも渡さないと、大いに焦ってしまっただけである。
サラという名前だって、本心では彼女にぴったりな良い名だと思っていたのに、結果はあのざま。何とか取り繕おうと、苦し紛れにダンスに誘ったのだが、自分がダンス下手なのを失念しており、迷惑を重ねただけだった。
「最低最悪じゃないですか」
「俺もそう思う……緊張するととんでもない事を口走る性格だったなんて、知らなかった…」
「また一つ、ルキオ様の弱点が増えましたね」
大迷惑をかけたお詫びにと、女性が好きそうなカフェに連れて行ってあげようと考えたのはいいが、まさかの嘔吐再び。気合いを入れて薬草茶を三杯も飲んだのがいけなかったのか。サラに会うからと緊張しすぎたのか。
「でも考えようによっては、なかなか好感触では?」
「どこがだよ!ゲロ男には欠片も興味無いって言われたようなもんだぞ!」
頭の出来がよろしくないルキオの癖に、サラが差し出してきたたんぽぽ色のハンカチの意味は、何故か理解できてしまった。加えて『どうとも思っていない』という発言。落ち込むなという方が無理な話だ。
「ゲロ男だからですよ。いいですか、私だったら『視界に入るな、同じ空気を吸いたくない、失せろ』くらいは言いますね」
「さっきから滅茶苦茶言うな…お前…」
「それだけ最低なことをしたんですよ貴方は。なのにサラ様は『どうとも思わない』程度で済ませてくれたんですよ?しかもルキオ様がショックのあまり投げ出したデートを続行してくれたんですよね?完全に見限られたと判断するのははやい気がします」
「!!!」
クロードの解説を聞き、ルキオの瞳が輝きを取り戻していく。
「話を聞く限り、優しそうな方じゃないですか。付け入る隙はありそうですよ」
「付け入るとか言うな。あと、優しそうじゃない。優しいんだよサラは。初めて向かい合った時、天使かと思ったんだからな。ほら、ちょうど金髪だし」
「その理論でいくと、この国の七割が天使ですが?」
「俺にとっての天使はサラだけだ!他はただの人間だ!」
「みな等しく人間です。あとはそれをサラ様に伝えれば問題解決ですね」
「どうすれば伝えられるんだ…?」
ルキオの口は、好きな人の前で素直になれない仕様になっている。サラに想いを伝えるのは並大抵ではない。薬草茶無しで十時間馬車に揺られる方が容易な気さえしてくる。
「サラ様を私だと思って話してみては?」
「クロード貴様!自分とサラを重ね合わせるとは何事だ!」
「なにこの人面倒くさ!いっそ振られてしまえ!」
「仮にも主人に向かってそういうこと言うか!?あと敬語はどこいった!誰かに聞かれたら大変だろ!」
ガードナー家の夜は、騒がしく過ぎていく。




