第73話 過去は過去、今は今。
姫のアルバイトも終わり、俺と姫は早苗さんの家に居た
隼人も誘ったのだが、千鶴とデートをするとかなんとか言って自分の家へ帰ってしまった
「ふぁぁぁ……お母さん、智ちゃん。もう寝るね」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさい」
「うん…」
初めてのアルバイトで一生懸命子供の相手をしたおかげで疲れ切った姫は大きな欠伸をしながら自分の部屋へ入っていく
するとリビングには俺と早苗さんだけになり、シーンとした静かな雰囲気が流れた
「………」
「………」
早苗さんはお酒を片手に俺の方を見ながらニコニコしている
何を話したいかは分かるけど俺的には触れたくない
だから別の所へ視線を移動させていると、早苗さんが話かけてきた
「智ちゃん、どうだった?」
「どうだったとは?」
「初めてのアルバイトは」
「別に俺は初めてじゃないですけど?」
「それじゃお姫のアルバイトの様子は?」
「楽しそうにしてましたよ」
嬉しそうに俺の返事を聞いている早苗さんだけど、聞きたいのは違うよ?と視線で訴えてくる
しかし、俺にも隠したいってこともある
ニコッとされると俺も笑顔で返す
「うふふ」
「な、なんですか」
「ん?なんか私に隠してること無いかしら?智ちゃん」
「…無いですけど」
「あらそうなの?でも目はありましたよ~早苗さん!って言いたそうよ?」
「そんな風にちっとも思ってませんよ」
「うふふ、でも何かあったんでしょう?」
ニコニコされながら聞いてくる早苗さんを少し睨んでみたが意味は無い
どうせこの人がすべて仕組んだんだから元から隠せるはずはないんだから
「はぁ…わかりましたよ。言いますからその眼辞めてください」
「はい。それじゃ何があったのかしら?」
「あの人にあんな可愛い子いるとは思ってませんでしたよ」
「加奈ちゃんだったかしら?」
「はい、俺が見たのって1歳にもなってなかった時なので」
「そう、可愛かった?」
「早苗さんは会ってないんですか?加奈ちゃん」
「ええ。たぶん見せたくないんだと思うわ。私が食べちゃうって思ってるのよ」
早苗さんは困ったような顔で俺の方を見てくるがそんな顔されてもこっちが困る
そもそも、あの人は早苗さんに見せる顔が無いだけだろう
「前から思ってたんですけど、本当にそっちの性癖あるんですか?」
「そっちとは?」
「その…えっと……小さい子が好きっていう」
「もちろん智ちゃんも好きよ?食べちゃいたいぐらい」
満面の笑みで言われても何も嬉しくない…
むしろ鳥肌がぶわっっと立ってしまった
「鳥肌立たれたのはちょっとショックね…。まぁいいわ、それで?お姉ちゃんとはちゃんとできた?」
「……まぁ…はい。あれで良いんだと思います」
「そう。もうお姉ちゃんは恨んでいない?」
「………」
「…智ちゃん、過去は過去、今は今よ?」
「分かってます」
「私もお姫もお姉ちゃんも皆、今は幸せなんだから良いんじゃないかしら?」
「……はぁぁ~…ダメですね、俺は」
「どうして?」
「まだまだ子供です…いつまでも過去の事で母親を恨んでた…あの人だけが悪いわけじゃないのに…」
「うふふ、まだ高校3年生なんだから当たり前よ。でもまぁ…智ちゃんもそうやって気が付いたからもう大人ね」
「そう言って俺のコップにさりげなくお酒入れるの止めてください。未成年です」
「前は飲んでくれたのに」
早苗さんはそれからぶーぶーと文句を言ってきたがすべて右から左へと流す
過去は過去、今は今。まさしく今はそんな考え方で良いんだろう
過去の事を思っても何も始まらない。そう思うと今まで何かがひっかかっていたようなものがポロっと外れたような気がした




