第64話 卒業式。
土曜日
姫の卒業式
周りは親がたくさんいる中、俺はなんでいるんだろう…
姫にバレないように卒業生が通る道からは遠目の位置に座っているけど、卒業生入場の時に完璧に姫に見つかってしまった
だから、この卒業式が終わった後の事がちょっと怖い気もする
姫には「絶対に来ないで」と言われていたから
卒業式はどこも変わらずに淡々と進み、卒業生は立ったり座ったりと泣いている暇無いんじゃない?ってぐらい忙しそうだった
「卒業生退場」
やっと最後のプログラムまで行き、俺と早苗さんは姫が体育館から出ていく姿を見送ると外へ出る
これから卒業生は教室でクラスメイトとお別れみたいな事をしてから出てくるはずだ
「智ちゃん、教室行きましょうか」
「嫌ですよ。最後の別れぐらいさせてあげましょうよ。親がいたら話しにくいかもしれないんですから」
「そうなの?」
「俺は体験してないですけど友達はいつもと違いましたよ?」
「へぇ…そういうもんなのねぇ」
早苗さんはちょっと残念そうにしながらもさっきデジカメで捉えた姫の写真を嬉しそうに俺に見せてくる
「やっぱり自分の娘が大人になっていくのって嬉しいものね」
「そうなんですか?」
「ええ。ちょっと寂しい気もするけど、やっぱり嬉しいわ」
「へぇ…」
「もちろん、智ちゃんのお母さんもそう思ったはずよ?」
「さぁ?どうなんでしょうね…」
「今でも会ってるんでしょう?」
「最近はもう会わないようにしてます」
「あら?どうして?」
「向こうにはもう5歳になる子供がいるし、俺と会う時間はそっちに使ってほしいんですよ。俺みたいな思いさせたくないので」
「…恨んでる?」
「さぁ…どうなんでしょうね?」
本当に分からない
7歳で離婚して、離れ離れで過ごして…週に1回は必ず会う機会を設けてたけど会うたびに他人になっていくような錯覚を覚えていたし、赤ちゃんを抱いて会いに来た時は母親自体に小さな殺意みたいなのを感じたのも覚えている
どうして、俺たちを捨ててこの人だけ幸せになっているんだ?って
でも、今となれば素直に幸せな家庭を作ったんだと思えるし、あの人にはあの人の人生があるって思える
「でも、少なくとも今はもう恨んでませんよ。離婚した事は」
「離婚した事は…ね。智ちゃんはお母さんが欲しい?」
「…今はもういらないです。俺をここまで育ててくれたのはあの人でも父親でも無くて早苗さんですから。だからもう別の母親なんていらないですし、早苗さん以上の人は居ないと思いますよ。だから感謝しています、ここまで育ててくれて」
普段なら絶対に恥ずかしいから言えない言葉も卒業式のこの不思議な雰囲気ではスラスラ言える
俺はふぅっと白い息を吐いて早苗さんに笑いかける
「……智ちゃん」
「なんですか?」
「私泣きそうだわ」
「はい?」
「すぅぅ…はぁぁぁぁ……だめ、我慢できそうにないわ」
「はぁぁ…別に良いんじゃないですか?今なら自分の子供が卒業して感動してるっていう良い母親に見えますよ」
「お姫が来たら教えてね。あの子の前ではもう泣かないって決めてるから」
「はい、存分に泣いてください」
わんわんって言うほど泣いてないけど、俺の後ろで静かに早苗さんは肩を震わせながら泣いた




