第35話 小悪魔ちゃん。
鼻がまだジンジンする…
あとから早苗さんに聞いた話では俺の鼻を強打したのは石鹸では無く、歯ブラシを入れるコップ
素材は磁器、ものすごく硬い
それが結構なスピードで俺の鼻を直撃したんだから、骨が折れ無かっただけでもありがたいと思うべきだろうか
俺の横ではそのコップを投げた魔王の娘の小悪魔、藤堂鞠乃が寝ている。俺より2つ下の子で妹みたいな子だ
しかし、俺と早苗さんの間では「姫」と呼ばれていて、まさしく性格は呼び名の通り
周りの環境は自分が中心で回っていると思っている女の子。でも、初対面の人と話すのが苦手で、人見知りが激しく、極力、他人とは距離を取り、自分の身近の人にしか命令できない可愛いお姫様。
そして、生まれつき身体も弱く、車いす生活に体調の波が激しいため、学校にもあまり行けてないのだが無駄に勉強ができるため、見立中の姫君と言われているらしい
俺は姫のズレた布団を掛け直し、地味に暗いスタンドライトを付けて、姫の部屋にあった少女漫画を読む
姫ももしかするとこんな漫画みたいな王子様みたいなやつが訪れるのを待っているんだろうか…
昔から姫は俺とよくいた
と言っても、親が離婚して少し経ってお世話になっていたから小3~5年までの約2年ちょいだけど
その頃から姫は姫で、俺も早苗さんも手を焼かされた
小学校に通っている時は、姫が保健室に運ばれた時、俺を呼ばないと薬も飲まない!帰らない!と我が儘を言うため俺が授業を休んででも向かい、家に帰るために手を繋いで、姫のペースで歩いたり、体調が酷い時はおんぶして帰ったり
姫が学校に行けなかった日には、友達と遊ぶ約束があっても、断ってすぐに家に帰ったり…
今思えば俺のこの行動が姫の性格を姫らしくしていったんじゃないだろうか?と思うぐらいだ
「ん…あ、あれ?」
「お、起きたな。姫」
「ふぇ?…あ、ああああ!!!このっ変態!」
「ったぁ!?」
何もしていないのに酷い…
姫の鉄拳は俺の胸に直撃する。といっても姫の力なんて知れているからまったく痛くないんだけど
「見てない見てない」
「見たっ!」
「見たところで俺になんのメリッ…じゃなくて、あんまり興奮しちゃだめだよ、姫」
「なんか引っかかる…さっきのなんか引っかかる!」
「ほ~ら、姫。あ~ん」
「自分で食べられるわよっ!」
せっかく俺がスプーンで「あ~ん」をしてあげているのに、姫はすぐに奪い去って、パクパクと俺特製の雑炊を食べていく
「せっかく姫にご奉仕しているのに」
「いらない!」
「はいは~い」
「何よ!智ちゃんのくせに!」
「智ちゃん言うな」
「ふん!智ちゃんは変態さんだもん!わ、わ、私の…か、か…」
「身体?」
「バカぁ!!」
「って」
姫は顔を赤くしながら、俺の頬をビンタして胸を隠す
姫の胸も歳相応に育ってるのか…いや、少なくとも千鶴よりは大きく、服の上からでも膨らみが分かる
俺は姫の機嫌を取るために、様々な作戦を練り実行する
1つ目は笑顔で見続ける
「智ちゃん、顔痙攣してるの?」
玉砕。
2つ目は姫の頭を撫でる
「子供扱いしないで!!!」
これまた玉砕
3つ目は抱きしめる
「近づくなッ!変態!!」
「ってぇ!」
抱きつくどころかビンタという反撃まで喰らった…
俺はヒリヒリする頬を撫でながら、考えてとりあえず近くに置いてあるCDコンポの電源を入れ、姫お気に入りの俺たちが小学生の時に流行っていた千夏っていう歌手の音楽を流す
すると、姫は警戒していた雰囲気を解き、リラックスしているような顔になった
「姫はどうしてこの音楽が好きなんだ?」
「智ちゃんに言う意味無い」
「そっか。んじゃ聞かない」
「…気にならないの?」
やっぱり姫は小動物みたいで可愛い…
姫は上目づかいで不安そうに俺の方を見てきて、思わず頭を撫でたくなる
俺はこの小動物的な可愛さを持つ姫を撫でたくなったが「噛まれてしまう…」と自分に言い聞かせながら笑顔で聞き直す
「気になる。どうして?」
「…わかんない。でもこれ聞くと落ち着くの」
「そっか。そういうのなんとなくわかる」
「ほんと?」
「本当。俺もそういうのあるから」
「そう」
姫はそれだけ言うとコンポにヘッドホンを付け、俺から漫画を取り上げて自分の世界へと入って行く
昔から姫は俺の物を勝手に取ってるから馴れているけど、普通の人にはしているんだろうか…していたら大変なことだけど、さすがの姫もそこまではしていないだろうと思いながら俺は壁にもたれる
音楽に集中している姫は普段の姫とは違い、どこか大人びたような気がする
まぁ半年近くも経っていれば、姫もちゃんと成長しているんだろう。内面はともかく。
俺は大きな欠伸をしながら、元気そうな姫に安心して少し眠るために目を瞑った




