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第29話 経験。

 

 合宿の夜なんて遊びのオンパレードだ

 普通なら…

 だけど、この合宿は朝から夜まで勉強のオンパレードな分、頭の疲労が激しい

 だからなのか、深夜1時にもなるとほとんどの生徒が眠りについていた


「ぁ~ぁ…全っ然眠くならない…」


 風呂場から出て、足湯で少し寝たからなのか全然眠くならない

 俺は窓際に置いてある椅子に座り、音楽を聞きながら空を見上げる

 ここの空は地元の見立町よりは星の数は少ないが、綺麗に輝いていた

 月もまん丸に出ていて、月の明かりで本が読めるぐらい明るい


 俺は携帯で遊びながら、眠くなるのをひたすら待っていると人が動いた気配がした


「あ、あれ…?智樹?」

「ん?」


 清水がこっちを不思議そうに見ていて、見た感じではものすごく眠たそうだ


「なんで起きてんの?」

「別に、もう寝る」

「そう。おやすみ…」


 寝ボケてるんだろうか…

 清水はそのままバタンと布団の中に落ち、すぐに眠ってしまった

 俺もあんな風に寝れればどれだけ幸せか…


 俺は再び携帯を触りながら、時間を潰していると1通のメールが千鶴から届いた


 -起きてる?

 -起きてるけど何?

 -昨日、清水君が一緒に来てたけどあれって理紗ちゃん狙いだったの?

 -そうだけど?

 -いや、それだけ確認したかっただけ。それじゃおやすみ


 よく意味が分からなかったが、とりあえず「おやすみ」のメールを送り、携帯を閉じる

 そして、顔を上げると宗太が俺の方を見ていた


「うぉ…びっくりした…」

「………」

「どうかした?」

「いや、ちょっと話したいことがある」

「あ~、いいよ。ここでいいのか?」

「……木島さんのことなんだ」

「あ~…ん~…まぁ今なら先生も寝てるか…足湯んとこ行くぞ」

「今から?」

「ああ、大丈夫だって。バレないから」


 俺は席を立って、皆の寝ている所を起こさないようにまたいでいき、靴を履いて、こっそりドアを開ける

 一応確認してから、外に出ると予想通り先生たちの部屋は明かりが消えていて、寝ている感じだ

 俺と宗太はこっそり足湯の所へ行き、誰もいない湯に足を付ける


「んで?千鶴のことで何が聞きたい?」

「いや、今は俺の考えを聞いてほしい」

「ふ~ん。いいよ、どうぞ」


 宗太は湯に足を付けずに俺の横に座りながら、少し考えて話し始めた


「まずは、ごめん。俺、智樹と木島さんが本当に付き合ってると思って智樹に喧嘩売った。

 だって、俺が木島さんのことを真剣に相談したのに、その相談したお前が木島さんの彼氏とか言ったんだから…でも、よく考えてみれば、智樹は木島さんのことなんとも思ってないって言ってたし…」

「で?」

「それで…テニスの件も勝負から逃げた智樹にイラついて、そのまま喧嘩腰で行ったのもゴメン…アレ以上続けてたら俺は完全に倒れてたから…」


 宗太は俺と目を合わせながら真剣に言ってくる

 俺はしっかりと話を聞いて、宗太が話しやすいように時々相槌を打ちながら話を聞いた


「だから…ごめん。俺、何も考えずに木島さんにも智樹にも傷つけた…」

「それで?」

「……それで、智樹が言った…木島さんが……」

「千鶴がいじめられっ子だったって奴か?」

「いや…そっちじゃ…」

「んじゃ、俺と千鶴が元犯罪者って奴か?」

「…そう」

「あ~…ん~…ちょい待って、たぶんまだ起きてるだろ」


 俺はポケットから携帯を取り出し、千鶴に電話を掛ける

 数回コールが鳴って、ようやく千鶴が眠たそうな声で出た


「ふぁい?」

「起きてるか?」

「寝てる」

「起きてるな。今から言うことしっかり聞いて考えろ。

 今から宗太にお前の過去話言うけど、言っていいか?言っちゃダメか?どっちだ」

「………智が言っても良いって思ったんなら良い。口止めはちゃんとして」

「了解。んじゃおやすみ」

「うん」


 しっかりとした声で千鶴の確認を取った上で携帯をポケットの中に仕舞い、宗太の方を向く


「許可は取ったから言ってやるけど、これから言うことはここだけの話な。

 もし、誰かに話したら分かってるよな?あと、俺と千鶴とお前だけの秘密だとか思って浮かれてても俺はお前を殴るから。

 これは3人だけの秘密じゃないし、そんなもんじゃないから」

「ああ、わかった」

「んじゃ、話してやるよ」


 俺は足湯から足を出して、夜風に当てながら空を見上げて千鶴のことを話す

 千鶴の親が死んでいること、火事を起こしたこと、その火事で隣の家の老夫婦が亡くなったこと、千鶴がその事件で学校でリーダー格だった子に苛められたこと、俺が千鶴と付き合ってると言った時、などなど


「…………」

「どうだ?千鶴のイメージ変わったか?」

「……」

「なんであいつが学校であんなキャラしてるのか、嫌な顔せずに人気者なお前と話してるのか、なんで俺があいつと付き合ってるなんて言ったか」

「…なんで」

「何が」

「なんで木島さんはそんな経験して笑っていられるんだよ…」

「はぁ…考えがまとまったから話しかけてきたんじゃないのか?なんであいつが笑っていられるかなんて…いや、まぁ宗太は分からないだろうな…」

「なんでだよ!」

「…宗太は本当に辛い経験したことあるか?」

「本当に辛い経験…?」

「そ。もう自分が生きていていいのか分からない、自分が誰なのかすら分からない、守りたかったのに守れなかった。そういうの経験したこと無いだろ?」

「……智樹はあんのかよ」

「あるから言ってんだよ」


 今はもう吹っ切れているつもりだ。

 俺が代わりになればよかったとか、生きていていいとか、そんなことを思っても俺が失ったものは戻らない。それを分かってるから悩んでも仕方がない。

 だけど、千鶴はわかっているつもりでわかっていない。だから、今でも自分が生きていていいのか?という事を悩み続けて、弱い自分が出てこないように必死で抵抗をしている

 俺も千鶴もあいつもそんな経験をしたから、仲良くなれたし、相手との距離をむやみに近づけようなんて思わなかった。

 千鶴は本当の自分の弱さに気付かれないように、あいつは自分の中にいる恐怖に負けないように、俺は一定以上の情を移さないように


「俺が過去にどんな経験をしたかなんて言わないから。言った所で宗太には想像もつかないし、同情もされたくない。もちろん今後も言う気はないし、千鶴にも言うつもりはない。

 あと、これからは普通に会話していくからよろしく」


 俺は置いてあるタオルを取って、自分の足を拭いて立つ

 携帯を開くと時間は3時近くになっていて、今から寝てもあと4時間しか寝られない

 俺は少し悩んで、ちょっとの間でも寝ることを選択し、宗太に部屋に帰ろうと言う

 しかし、宗太は俯いたまま、その場に残ると言い、俺は宗太を置いて自分の部屋へと向かった



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