その六(影と王子とその他の遠乗り:前)
フィアナと王子の会話に矛盾点がありましたので改稿いたしました。
『シャアラは』→『あの子は』 12/5/20
雨が降ることも曇ることもなく、無事遠乗りの日を迎えた。
フィアナは以前部屋に案内してくれた侍女から促されるままに扉から出た。
その先にはやはり王子がいて、茶金の髪をさらりと揺らしながらフィアナに微笑む。相も変わらず眩しい人である。
嬉しそうに顔を綻ばせてフィアナが来るのを待っている彼に、足早に近づきながらフィアナも微笑んだ。
フィアナは今日はシャアラの乗馬服に身を包んでいる。自分の為の乗馬服など持っていなかったからだ。若干胸元がきついが、仕方がない。
フィアナがシャアラの乗馬服を着て、きつそうに息をついたときのシャアラの顔は恐ろしかったため、何も言えなかった。
これからの事も仕方がないと思って乗り切らねばとフィアナは腹に力を入れて声を出す。
「お待たせしました」
「いえ、全く待っていませんよ。その姿もよく御似合いです」
「ありがとうございます」
にこやかな二人の会話の横で侍従二人が火花を散らしあっていた。
「あんたを乗せることにならなくて良かった」
「・・・それはこっちのセリフだ」
「あ、リュウは馬を上手く走らせることができないので、侍女殿ついてあげて下さいね」
その言葉にぎょっとした二人が振り返った。二人の視線にそれでも王子は笑っている。フィアナはこっそり強者だと思った。
「王子?!」
「何を?!・・・俺のペースでいいといったではないか!」
「お前はもう少しその運動のできなさを恥ずべきだよ」
「・・・!!」
言い返す言葉もないのか、それとも怒りのあまり言い返せないのかリュウはその無表情を大いに崩して眉間に皺を寄せた。
「しかし・・・それでは姫と貴方が二人に」
そこで王子は今それに気付いたというように目を瞬かせ、顔を引きつらせるフィアナに顔を向けた。
「姫、私と二人では不安でしょうか?」
「不安、ではないですが」
二人きりと言うのはいかがなものかとフィアナは空笑いを零した。
「勿論、安全は保証しますよ。どうぞ」
こうも物腰柔らかい癖にどこか強引である。期待に満ちた目で見つめる屋敷の使用人たちの視線を感じて、フィアナは溜息を一つ零して王子の手を取った。
ここで評判を損ねるのはまだまずい。
***
「すみません姫。意識がいたらず」
全く思っていないだろう、そんなこと。とフィアナは内心で愚痴った。
まだ数日だが、この王子が笑顔が美しいだけの男ではないと分かってきている。
「いいえ。ですがあのように無理やりしなくとも・・・」
「アイツの運動嫌いは筋金入りでしてね。ああして女の子の前で恥でもかけば治るのではないかと思っているのです」
中々その機会に恵まれませんから困っていたのですよ、とにこやかに笑うが、フィアナは苦笑するしかない。随分強引な矯正方法である。それに巻き込まれたフィアナもたまったものではない。
「私と二人きりでは緊張してしまいますか」
「いえ、そんなことは」
「勿論粗相は致しませんよ。ですから力を緩めませんか?」
くすくすと笑われてしまえば、力を入れ過ぎて真っ白になった手を緩めるしかない。緊張もあるが、馬への不安感もあるのだ。
「馬が不安ですか」
心を読む術でも会得しているのだろうか、この王子は。
「ええ、まぁ・・・」
「ですが、思ったより怖くないのではないですか」
図星である。確かにシャアラのあの雑な乗り方に比べれば天国と地獄だ。
今のフィアナはリュウが強要されそうになって青くなっていた横乗り状態である。王子が丁寧にしてくれているのと、支えてくれている腕がシャアラに比べるとがっしりしているからか格段に不安感は薄かった。
ぱかぱかと馬の蹄の音が響く。
敢えてゆっくり歩いてくれているのが分かるのだが、ちらりと後ろを見てもまだリュウとシャアラの姿は見えなかった。
出発するときまだリュウは馬を前に悪戦苦闘していた。足を鐙に掛けたはいいが、そこで固まってしまったのである。
それを叱咤激励・・・というか叱咤し続けるシャアラを背に、さっさとフィアナ達は進んだ。
「リュウが・・・リュウ達が気になりますか?」
「? ええ」
気になるのはリュウではなくシャアラの方なのだが、乗馬に関しての不安ではない。あそこまで毛嫌いしていた人物と二人で発狂していないか不安なのである。
「あの子は、お転婆ですからリュウ殿に何かしていないかと」
「リュウもまだまだ子供ですから・・・もう少し女性の扱いを覚えたほうがいいと思うのですが」
「貴方は良く知っていらっしゃる?」
意味深に言ってみせると王子は少し目を緩ませ「どうでしょうね」とはぐらかして見せた。しかしフィアナの薄っぺらい経験上でも、この男は女慣れしていると感じている。
――そこはマイナスポイントなのよねぇ。
とフィアナは思う。シャアラはフィアナ以上に男慣れしていない。フィアナは危険が伴う場に駆りだされることが多く、男のあしらい方などは絶対に身につけなくてはならなかった。
何よりそういうことを毛嫌いする主が、自分にそういった役回りを押し付けてきたから余計に上達した。
勿論身体を伴う意味ではない。そういう点で、フィアナは自分の経験が薄っぺらいものであると自覚していた。
シャアラのことを思うと、確かに多少は上手い方がいいのかもしれない。
けれどもあの姫が相手だとフィアナの理想では同じくらい不器用な方――できればリュウくらい――が燃えるのだ。
――だって不器用な二人の方が展開的に萌えるのよ。
あくまでフィアナが横で見ていて、ということだが。
「・・・何を考えていらっしゃるのですか?」
「自分の人生を豊かにする方法ですわ」
「・・・それは、また」
苦笑する王子がどの程度フィアナの考えを読んだのかは分かる術はない。




