181.死司の魔女
一人の女性が、点々と明かりの見える町を見下ろしていた。
髪色から服装に至るまで黒一色に染まっているが、胸元や足など白い肌を露出させているところが目立ち、妖艶な雰囲気を漂わせる。
見下ろす景色はいつもと変わることなく、ここから見える町はいつもと変わらず静かである――だが、女性はよく知っている。
「ウフフ、なるほどね。『初日』の感じだと、割と簡単にやれそうだと思っていたけれど……王国の騎士もそれなりにやるみたい」
「……だから、言ったでしょ。油断はするなってサ」
女性の背後から姿を現したのは赤髪の少女――ルーサ・プロミネートであった。女性はちらりと、ルーサの方に視線を向けて、にやりと笑みを浮かべる。
「あら……その腕、もう大丈夫?」
「アタシら魔女にとっては、腕の一本や二本程度、なくなっても関係ない」
「ウフフ、腕は二本しかないと思うけれど?」
「……アタシのことはどうだっていい。それより、戦況はどうなっているのサ? 《死司の魔女》――ネリヴィス・フューノ」
ルーサに名を呼ばれ、女性――ネリヴィスは、再び町の方へと視線を向けた。
ネリヴィスもまた、彼女に呼ばれたように魔女と呼ばれる者の一人である。現在、この地で発生している『騎士殺し』は、全て彼女の主導によって行われているものであった。
しばしの沈黙の後、ネリヴィスはゆっくりと口を開く。
「今日は私の『負け』かしらね」
「……は? それはどういうことなのサ?」
「言ったでしょ? 想像以上に相手が強かった、って。三か所――いえ、正確には四か所かしら。すでに三か所では負けてしまったみたいだから。あ、でも一か所だけ、逃げただけみたいね。ま、それはともかくとして……勝敗の数で言えば、すでにこちらの敗北と言ってしまっても差し支えないでしょ? あらら、そう考えると本当に困ったちゃんね」
「君ね、その状況でどうしてそこまで余裕でいられるのサ?」
呆れたような視線を向けるルーサ。今日、ネリヴィスが戦闘を開始してからまだ、それほど時間は経過していない。
だが、すでに彼女は『負けた』と自ら口にしている――ルーサが呆れるのも無理はないだろう。
「ウフフ、答えは簡単。今日のところは、私の趣味みたいなところがあるから」
「……趣味?」
「そう、趣味。ある程度の『調べ』を付けて昨日は狙ったけれど、思ったよりたいしたことのない相手ばかりで、面白みもなかったわ。まあ、一人くらいはいい騎士はいたかしら? 私にとっては、今日の戦いはあくまで目星を付けたいだけだったの――それで結論から言うと、やっぱり、あなたの腕を落としたアルタって子はほしいわね。それと、一緒にいた子も悪くはない。あと、首を撥ね飛ばした子もよかったわね……。団長さんはもう少し、というところかしら? でも、コレクションに加えるくらいには……」
「君の趣味なんて別に聞いてない。分かっているのかい? アタシ達は――」
「分かっているわよ。遊びで来ているわけではないのよ。でも、ここはあくまで『通過点』。王国なんて、本来ならあなた一人で片が付くと思っていたのだから。けれど、あなたが失敗したから、私がここにいるわけだしね?」
「……っ」
ネリヴィスの言葉に、ルーサは険しい表情を浮かべて押し黙った。
ネリヴィスはゆっくりと、ルーサの方の下へと歩いていき、その顔に触れる。
「ウフフ、可愛い子。そんなに怒らないで? 別に責めているわけではないのよ。だから、わざわざ『本命』は――しっかりあなたのやり残した相手のところに送ってあげたのだから」
ネリヴィスの手をはらい、ルーサは距離を取る。
「別に、君に頼んだことじゃない。本来なら、どっちもアタシが始末をつけるべきことであって――」
「でも、それができないから私がここにいるんでしょう?」
「……それは、否定しない。けれど、君の『本命』は、アルタ・シュヴァイツに当てるべきだった奴じゃないのかな?」
「そうね。『流派』は同じみたいだし、不思議な子……ウフフ、是非ともほしいのよね。さてと、お喋りはここまで。ルーサ、しっかり見ておきなさい。魔女の中で『最強』と呼ばれる私の力を、ね」
口元を歪ませて、ネリヴィスはとある方角へと視線を向けた。
各地で戦闘が起こっている中、最後に『漆黒の騎士』の所在が確認されたのは、《黒狼騎士団》の本部――厳戒態勢が敷かれているはずの場所に、真っ向から勝負を仕掛けたのだ。
もしかしてなくても今回の敵視点です。
コミカライズの二巻が2/25に発売となりますので、そちらもよろしくお願い致します!






