165.闇夜の騎士
――夜、二人の男が町中を歩いていた。それぞれ身に纏うのは騎士団の鎧。男達は騎士であり、夜の町の見回りを行っていた。
基本的には決まったルートを巡回して、異常がないかを確認していく。
すでに多くの人々が寝静まった町は静かで、そして変わった様子もなかった。
「暇ですねー」
ポツリと、まだ年の若い青年騎士がそんな軽口をこぼす。それに反応したのは、隣を歩く男だ。
「暇ではないだろう。今仕事中だぞ」
咎めるように言う男の名はザイーダ・エーフェル。
《黒狼騎士団》に所属し、階級は《一等士官》――すでに十五年以上、騎士として活動を続けているベテランだ。一等士官ともなれば、危険な魔物の討伐や国の大事に関わる任務に就くことも多く、実力の認められた者ばかりとなる。
ザイーダは今、主に後輩の指導をするという立場にあった。
故に、自ら率先して巡回業務に参加するようにしていたのだ。
「わかってますよ。ちょっと愚痴っただけじゃないですか」
ザイーダの言葉を聞いて、少し不服そうに答える青年騎士。不真面目――というわけではないが、どうにもまだ騎士としての自覚が足りていない。
そういう者達を指導するのは、彼の役目だ。
「愚痴る暇があるならちゃんと仕事をしろ」
「だから、わかってますって。……そうは言っても最近は暇ですよね、本当」
「我々が暇ということはいいことだ。もっとも、本当に暇かといわれると微妙なところだがな」
「エイン団長のことですか?」
青年騎士が問いかけると、ザイーダは頷いて答える。
「そうだ。団長は今、騎士団を掛け持ちしているんだからな」
黒狼騎士団の団長――レミィル・エイン。まだ二十代でありながら、この国を守護する五つの騎士団の一つをまとめ上げている。
かつては現場で活躍していた彼女も、今ではデスクワークが中心となっている。
だが、それらの仕事がこなせるのも、レミィルが優秀である証拠だろう。騎士に入隊したばかりの彼女と、ザイーダは仕事を共にしたことがあった。
その時に、彼女ならばいずれ騎士団長として……この国を守ることができる者であると、ザイーダは思うようになったのだ。
騎士団長候補の一人――そう呼ばれたザイーダも、レミィルを支えていく騎士を育てようとしている。
「まあ、それは大変ですよね。向こうに団長代理の候補がいないんですか?」
「いないわけではないだろう。ただ、そう簡単に決めることはできないということだ。騎士団長とは……ただ騎士達の代表というわけではない」
「そうなんです?」
「ああ、覚えておくといい。エイン団長は権力なんてものに興味はないだろうが……騎士団長になる以上は付きまとうものだ。騎士の多くは、騎士団を率いる騎士団長に憧れる。『かっこいい』だとか、『出世したい』だとか――理由は様々だろう。だが、実際に騎士団長になるということは、この国の騎士達を牽引していくだけでは務まらない。その実力は認められ、かつありとあらゆる『敵』と戦わなければならないのだ。ある意味、孤独な存在とも言えるだろう。推薦される者が、その地位を狙っているとも限らない。譲り合いになるか、あるいは奪い合いになるか――どうしても付きまとうのはくだらない『権力争い』だ。《聖鎧騎士団》は、今その状況にあると言えるだろう」
もちろん、ザイーダの意見が全て、というわけではない。
あくまでそう考える騎士もいるというだけで、レミィルのように権力にこだわりを持たず、『騎士』としての職務を全うしようとする者もいるだろう。
だが、その人材を見極めることが、今は難しい。
聖鎧騎士団の団長であったヘイロン・スティレットがある程度後任に目星をつけていれば問題はなかったかもしれないが、彼は丁度後任を探している段階のようだった。
その結果――レミィルが団長代理を務めることになってしまったのだ。
ヘイロンが目覚めるか、あるいは目覚めぬままなのか……それは分からないが、いずれにせよ聖鎧騎士団の問題はしばらくは続くだろう。
「……なんか、難しい問題ですね。《聖鎧騎士団》には精鋭の騎士も揃っていると聞きますけれど。それをまとめ上げるとなると、やっぱり簡単じゃないってことですか?」
「だろうな。次期団長候補であることを考えれば、な。重責を担うことができる者は覚悟が必要だ」
「そういうもんなんですね。俺なんて、こうして夜間の見回りが出来ればそれでいいんですけどね」
「楽ができるから、か?」
「別にそういうわけじゃないですけど、分相応……って言うんですかね?」
「分相応か。弁えているとも言える。だが、お前はどうして騎士になりたいと思った?」
「え、今それを聞くんです? 改めて聞かれるとちょっと恥ずかしいというか……」
「答えたくないのであればいい。だが、『なんのために騎士になったのか』――その答えだけは、忘れるな」
ザイーダがそう言うと、青年騎士は少し面を食らったような表情を見せた。
夜の巡回で、このような話をされるとは思っていなかったのかもしれない。
ふっ、とザイーダは笑みを浮かべる。
「その答えに従って、今からの仕事をきっちりとこなし――!」
「……? ザイーダさん?」
ザイーダは青年騎士に手で合図をして、制止する。
『それ』は突然、二人の前に姿を現した。
ガシャン、ガシャン、と金属音を周囲に響かせる。
それが、鎧の擦れる音であることはすぐに分かった。
闇夜の中――目を凝らさなければ見えないほどの《漆黒》。二人の前に現れたのは、一人の『騎士』であった。
だが、それはザイーダや青年騎士とは違う。この国の、いずれの騎士団にも属さない鎧に身を包んでいる
「止まれ、何者だ」
「……」
ザイーダの言葉に、漆黒の騎士は従う様子はない。
ザッ、ザッと一歩ずつ、確実に二人へと近づいてきた。
その異様な雰囲気に――青年騎士が思わず後退りをする。
――ザイーダはすぐに、青年騎士に指示を出す。
「お前は詰所へ戻れ。『《アヴァン通り》の南に不審者あり。応援求む』、これを伝令しろ」
「え、お、応援って……ザイーダさんは!?」
「応戦する――」
言葉と共に、二人は同時に動き出した。
ザイーダと漆黒の騎士の剣が交わり、拮抗する。
突然の出来事に、青年騎士は動揺を隠せないが、ザイーダは大きく声を上げた。
「行けッ! 伝令がお前の役目だ!」
「は、はい!」
ザイーダの言葉に従い、青年騎士は駆け出していく。
漆黒の騎士は、青年騎士に目もくれない。
どうやら、ザイーダに付き合ってくれるらしい。それならば好都合だ、とザイーダは笑みを浮かべた。
「辻斬りとは、驚いたな。それも、よりにもよって騎士を選んで戦いを挑むとは。その漆黒の鎧は……死装束のつもりか?」
「……」
(こいつ……)
ザイーダの言葉にまるで反応がない。
無視している……というよりは、言葉など届いていないようだ。
さらに、こうして対峙しているからこそ分かる――殺気という殺気は感じられず、そこに確かに剣を握った騎士がいるというのに、まるでここにはいないような妙な感覚だ。
ザイーダは剣に力を込めて、漆黒の騎士の剣を弾く。
漆黒の騎士もまた、すぐにそれに反応した。
互いの剣が再び、交わう。
灯りはすでに地面に投げ捨てていたために、お互いの姿を完全には見ることはできない。
だが、そんな中でも二人は――迷うことなく剣撃を放ち、そして受けた。
剣のぶつかり合いによって生じる火花が時折、互いの姿を照らし出す。
突如として始まった闇夜の決闘は、青年騎士が応援を連れて戻ってくるまでに決着がついていた。夥しいほどの血痕だけを残して。






