164.アルタの決意
エーナが寮へと戻った後、僕は部屋で考え事をしていた。……《剣聖》のことだ。
エーナが遭遇した敵は《剣聖》を名乗ったわけではなく、正確にはルーサ・プロミネートがその男のことを剣聖と呼んだらしい。
魔女――それが王国に属する僕達の敵でもあり、帝国に属するエーナ達の敵でもある。
つまりは共有の敵ということになるが、彼女達の詳細についてはまだ聞けていない。
少なくとも、僕が戦ったルーサの実力は、そこらにいる魔導師とは比較にならないレベルで高かった。
戦いには勝利したが、大局で見れば騎士団の一つに大きな打撃を受けることになり、現状では町中に魔物が出現するという事件もあって、民衆からは不安の声も上がっている。
「この状況で、大きな問題は起こってほしくないものだけれどね」
果たして、剣聖と呼ばれた男は何者なのか。
少なくとも、その男が本物でないことは僕には分かる。何故なら――剣聖はここにいるのだから。
けれど、エーナが僕と同じレベルの剣士だと言っていた。
彼女ならば、戦った相手の実力を見誤ることはないだろう。
今回の敵は、紛れもなく僕に匹敵する相手ということになる。多くの敵と戦ってきた僕も、僕と互角の強さを持つ相手には、はっきり言って会ったことはない。
「いや……」
だが、ふと考える。
僕には確かに、『ラウル・イザルフ』という男の記憶がある。剣士としての技術も、過去の戦いも――全て、僕が覚えているものだ。
ただ、僕自身は転生という現象について深く考えたことはない。
幼い頃に、僕に記憶が蘇っただけに過ぎないのだから。
そうして今のアルタ・シュヴァイツ……すなわち、僕という存在がある。
僕が『ラウル・イザルフの生まれ変わり』であると証明できるのは、僕の技術と僕が持つ剣――《銀霊剣》だ。
あの剣だけは、誰にも回収されなかったのだ。
持ち主の魔力を一番吸い取るあの剣を、好んで使う人間もあまりいないだろうけれど。
ただ、僕がラウルの生まれ変わりだと証明できるのは、それくらいしかない。
ラウルの記憶も、人に話したところで理解されるものではないだろう。……いや、そういう意味だとアリアだけは、僕の秘密を知っていることになるか。
それも、僕の『強さ』だけが証明しているだけだ。
僕は本当に――ラウル・イザルフの生まれ変わりなのだろうか。
そんな疑問を考えたことなど、一度もなかった。
《影の使徒》は、一人の記憶を共有した人間が二人いた。
あの時、僕は『同じではない』と明確に否定したが……。
「……僕は何者なのか――ははっ、そんな考えたこともないし、これから考えるつもりもないけれどね」
僕はただ、もう一度人として人生を送れるのなら――今度は違った人生を送ろうと思っただけだ。
ただ強さだけを求めて、戦い、殺し……そして、何も得ることができなかった人生を、悔いているわけではない。
それでも、強さの果てに得られるものは『何もなかった』のだと、僕は知ってしまった。
……それは、僕がただ『強さを求めた』だけだったということも理解している。
イリスという少女に剣を教えて、僕はそれを学ばせてもらった。彼女は誰よりも強くなることを望んでいる。
それは自分のためだけではなく、見知らぬ誰かを守るために求めた力なのだ。
ラウル・イザルフが考えもしなかった、強さの在り方がそこにある。
今の僕には、少なからずイリスの考えは理解できる。
仕事で護るだけのつもりが、気付けば僕は……彼女の成長を見守るために戦っているのだから。
――エーナには、僕が選んだ協力者については、全面的に受け入れるとも言われた。
おそらくアリアは、僕とエーナが行動していれば、自然と疑って気付くだろう。
そして、結局はイリスにまで伝わることになる。……なら、今回は僕から声を掛けるべきだろうか。
「こんなことを考えるのは護衛失格だろうけれど、相手が剣聖ともなれば、イリスさんは間違いなく戦う道を選ぶだろうね」
イリスの決意に満ちた表情が目に浮び、思わず笑みを浮かべてしまう。
そして、一つの事実に気付いた。
「ああ、そうか――」
イリスに『頼っていい』と言いながら、僕はまだ彼女を頼ろうとしたことはないかもしれない。
僕には、誰かを頼るという感覚がないからだろう。
騎士の立場、講師としての立場――あらゆる面を考えれば、当たり前だが彼女を頼ることは選択肢に上がらない。
「……そもそも、頼るなんて考える必要はないか。相手が誰だろうと――僕が戦って終わらせよう」
そうして、僕は結論に辿り着く。
それほどに強大な敵であるのならば、僕が倒す他ないだろう、と。
偽物の剣聖を、本物の剣聖である僕が、必ず打ち倒す。そう、決意したのだ。






