148.マリエル・シュヴァイツ
――少女は天才であった。
幼い頃からすでに剣術において右に出る者はおらず、本物の騎士にも引けを取らない実力を有していたのだ。
少女の名はマリエル・シュヴァイツ。彼女のことを知る者であれば、誰もが思ったことだろう。
マリエルは――紛れもなく『王国最強の騎士』になる、と。
だが、マリエルはその道を選ばなかった。
マリエルにはある日、義弟ができたのだ。父が連れてきたという、孤児院で育った少年。
剣の才に優れ、受け答えもおよそ子供とは思えぬ程であった。
少年の名はアルタ。マリエルが幾度となく手合わせをし、紛れもなく自分より『上』の存在だと初めて理解した相手だ。
シュヴァイツ家にとって有益となる存在だから、引き取ったのだろう。
だが、マリエルの考えは少し違った。剣の才が自らよりも上のアルタがいるのだ。
ならば、彼こそが『騎士』となるべきだろう、と。相応しい位置に、相応しい人間がいるべきだと、マリエルは考えたのだ。
マリエルがその意志を伝える前に、アルタが言った。
「僕は騎士になろうと思っています」
――願ってもないことであった。
アルタが自ら騎士の道を選ぶのなら、マリエルは辺境地で領主としての役目を真っ当しよう。
その代わり、アルタにはシュヴァイツ家に伝わる《碧甲剣》を引き継いだ。
すでにマリエルが引き継いでいたその剣を、本来であれば領主が持つべきその剣を――マリエルはアルタに渡したのだ。
初めて彼に出会った頃から、ずっと思っていたことだ。
アルタは誰に対しても当たり障りはないが、誰に対しても深く関わろうとはしない。
マリエルや、妹のクロエともそうだ。無関心を貫いて、無関係でいようとする。
絶対的な強さを持っていても、アルタには致命的に欠けているものがあった。執着心が、アルタには一切存在しないのだ。
それでも、アルタは最年少で騎士となる快挙を遂げて、活躍を見せた。
シュヴァイツ家には仕事の報告が、定期的に手紙で送られてくる。
実に淡々としたもので、きっとアルタにとっては当たり前のようにこなせる任務しかなかったのだろう。
騎士になったとしても変化は訪れず、そう遠くないうちにアルタは騎士を辞めるだろうという予感をマリエルは感じ取っていた。
――変化があったのは、ごく最近のことだ。
アルタが、『王国最強』と名高い《剣聖姫》であるイリス・ラインフェルの護衛になった。
十歳の時点で剣術大会にて優勝し、本物の騎士を超える実力を持つという、四大貴族の一人娘。
あるいは、マリエルが王都に行っていれば、その名もマリエルが背負っていたかもしれないもの。
そんな彼女と関わってから、アルタは変わった。イリスという少女との関わりを持って、アルタに少しずつ変化があったのだ。
彼女の性格に苦労しているという話から、彼女の講師としても苦労しているという話。
それはマリエルにできなかったことであり、イリスがもたらしてくれたものでもある。
だが、辺境地にいたとしても、王都の情勢については分かる。
イリスは《王》候補では筆頭でありながら、明確にその立場を誇示しない。
ラインフェル家がその立場を主張すれば、すぐに確立されるだろう。
それをしないということは――イリスは王になるつもりはないのでないか……そんな噂話だ。
もちろん、多くの貴族達はそんな話を信じもせず、『王国最強』と名高いイリスのことを支持するだろう。……マリエルは違う。
アルタが騎士になるのに相応しいと自ら判断したように。否、それ以上にイリスの立場を考えれば、彼女がどうあるつもりなのかを理解しなければならないからだ。
ならば、イリスの目指す『道』は何なのか。
マリエルが認めたアルタが、傍にいるべき人間なのか――それを確かめるために、マリエルは王都までやってきたのだ。
邪魔者が片付いたら、すぐにでも確認しようと決めていた。
結果として、『事件』に巻き込まれることになったが、マリエルにとってはどうでもいいことだ。
今この時を以て、マリエルはイリスという少女を見定める。
《百足》と《鋼糸剣》――《黒狼騎士団》から借り受けた、二つの剣。いずれも《剣客衆》という殺し屋集団が扱っていた武器であり、彼女はこれらとは剣を交えていない。
その剣を使い、マリエルはイリスの真意を見る。
《剣聖姫》と呼ばれるはずだった者として。






