146.防御の技
「ふぅ……一先ずは何とかなったか」
小さくため息を吐いて、僕は少し脱力をした。
ルーサの気配はすでに近くにはない――少なくとも、魔導師としての実力は、今まで僕が戦った相手の中でも最高峰だろう。
僕が彼女の攻撃を防いだ時に、『油断』がなければまだ戦闘は続いていたかもしれない。
《銀霊剣》を使った、唯一の防御技――《銀閃の盾》。剣の中に封じられた魔力の解放であり、銀霊剣自体を呼び出すのではなく、魔力だけを噴出させるように使用して防いだのだ。
これも使える技ではあったが、実際に実戦で使用したのは初めてだ。
上手くいけば彼女まで攻撃が届くかと思ったが……やはり、簡単にはいかなかった。
結果的に、《リターン・エア》を使用してダメージを与えることには成功した。
《インビジブル》では確実に仕留められる射程にはなかったために、あまり使うことのない魔法を使うことになったが。
戦いが終わり――僕の後方では、カシェルを含めた騎士達がその場にへたり込む。
「た、助かった、のか……?」
「ははっ、寿命が縮んだぞ……」
さすがに、そんな状態の彼らにすぐに動けと言うのも酷だろう。
僕はへたり込んだカシェルの前に立つ。
「立てますか? カシェル様」
「あ、ああ……すまない。けれど、さっきのルーサの攻撃を防いだのは……魔法、なのか?」
「それは秘密ということで」
後ろで控えていた彼らにも、銀色の輝きは見えただろう。
だが、銀霊剣は取り出していない――場合によってはそれを解放することも考えられたが、今回はこれで何とかなった。
しかし、ルーサと同等クラスの魔導師が他に複数人いれば……銀霊剣を解放する必要もあったかもしれない。
一先ずは、ルーサを退けることには成功したので、それでよしとする。
「さてと、カシェル様。あなたにはいくつか聞かなければならないことがあります」
「……っ」
僕の言葉に、カシェルが表情を曇らせる。
《魔法教団》であるブルファウスの頭目であると、ルーサが言っていた。さらに、カシェルは『彼』ではなく『彼女』であるということも……先ほどのやり取りを見る限りでは、どちらも事実なのだろう。
詳しい話は結界を壊した後にしよう――そう考えた時、突然空を覆っていた『結界』にヒビが入る。
パリンッと崩れ去るように結界が崩壊していき、晴れ渡った空が見えた。
どうやら、ほぼ同時に四か所の攻略が完了したらしい。
まだ少し離れたところに『魔物』が飛翔している姿も見えるが、直に騎士達が討伐するだろう。
「……聞きたいことと言うのは分かっているつもりさ。今回の件について、ボクは事情を説明しなければならないだろう。もっとも、ボクに話せることなんか、そんなに多くはないけれどね」
自嘲気味に言うカシェル。――ルーサの発言にもあった、彼女が『裏切られた』という事実。
ブルファウスの頭目である彼女はお飾りであり、この事件は組織の者達が勝手に引き起こした……そういうことになるだろう。
しかし、ルーサの言葉と行動には、少し疑問が残る。
何故、わざわざ僕の前で話す必要があったのか。
説明する必要もなかったし、カシェルを見捨てるのならば、それこそドサクサに紛れて狙った方が確実ではあっただろう。
こうなってくると、《聖鎧騎士団》の団長であるヘイロンは、どこまでこの事実を把握しているか、というところも気になってくる。
この結界が壊された以上、彼も協力してくれたことには違いないだろうが。
「一先ずは、この周辺の安全を確保します。お話はそのあとで。それで構いませんか?」
「……ああ。それでいい。それより、君はイリスのところに向かわなくていいのか?」
「しばらくしたら向かいますよ。ただし、まだ警戒を解くには早いと思いまして」
「……そう、か」
先ほどまでとは違い、声に覇気が感じられない。
カシェルにとっては、信頼する部下に裏切られたという事実が大きすぎるのかもしれない。
騎士達が満足に動けるようになるまでは、僕はこの周辺の安全確保に努めることにする。
結界が壊れた以上は、一先ず町の安全は確保されたが……大規模な『テロ事件』として扱われるだろう。
カシェルがそれに加担しているということになれば、ラーンベルク家はまず《王》候補からも外されることになる――あるいは、それが狙いなのか。考えたところで答えは出ないが、どうやらレミィルの言っていた通り、この国は相当にきな臭い状態にあるらしい。
そして、その中心の一人には、イリスも含まれるだろう。
僕の援護の必要もなく、どうやらイリスは結界を操る魔導師の一人を倒したようだ。
ひょっとしたら、マリエルと協力をしたのかもしれない。
ただ、クロエの言っていたことも思い出される。
マリエルは――イリスを試そうとしている。そのために、騎士団から『剣』も借りた、と。
何の剣を借りたのか分からないが、少なくとも僕は彼女の実力についてはよく知っている。
普段の口調はおっとりとしていて掴みどころのないマリエルだが、こと剣の実力においては僕の知る人物で『上位』に位置する存在であること。
イリスは確かに成長していて、十分な実力を身に付けているが――今の彼女でようやく、良い勝負になるくらいか。
だが、『イリスを信じる』ようにクロエを諭したのも、僕だ。
だから、僕は僕のやるべきことをしよう。
今のイリスなら、きっと切り抜けられると、僕は信じているからだ。
基本的に剣で斬るか避けるしかしないアルタの唯一の防御技!






