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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第四章 《恋知らぬ少女》編
142/189

142.氷の世界

 マリエルの登場に、イリスは動揺した。

 しかし、すぐに切り替えると、ファーレンに向かって構える。


「マリエルさん、ありがとうございます」

「ふふっ、いいのよ。雑魚はわたくしに任せて……やりたいように、ね」


 マリエルが『雑魚』と呼んだ相手には、決して弱い相手が含まれているわけではない。

 彼女の登場と共に警戒して下がった者もいる――しかし、マリエルの刃はそれすらも捉えている。

 ――あれは、《剣客衆》の一人であるフィス・メーデンが使用していた《鋼糸剣》だ。

 イリスは実際に戦ったわけではないが、実物は確認している。

 使用者もさることながら……あの剣を自在に使っている時点で、マリエルの腕も常軌を逸していることが分かった。

 ……少なくとも、イリスにあの剣は使えない。

 それこそ、フィスのように『悪魔』のような感覚を持ち合わせた人間だからこそ、使えるような代物だと思っていた。

 だが、マリエルは自在にそれを振るう。


「……あえて私のことは狙わず、か。だが、まさかただの一人に我らがここまで蹂躙されようとはな」

「降伏するのなら、今すぐ結界を解除しなさい」

「結界の解除か。私一人を止めたところでこの魔法は止まらない。だが――私は降伏する気もない。お前達、イリスは私がやる。その女は任せたぞ」

「はっ」


 控えていた魔導師達も動き出す。

 狙いはマリエル――イリスはちらりと彼女に視線を送るが、優しげな微笑みを浮かべて、ただ彼女は頷くだけだった。

 任せろ――そういう意味なのだ。


(先生だけでなく、その家族にも助けられるとは思わなかったけれど……)


 今の状況なら、正直ありがたいことだ。

 イリスに求められることは、一刻も早く敵を倒すこと。

 故に、イリスはファーレン・トーベルトただ一人に集中して剣を握る。

 先に動き出したのは、イリスの方だった。

 地面を蹴ってファーレンとの距離を詰める。

 ファーレンは武器を持っているわけではない――距離を詰めての戦闘ならば、イリスの方が有利なのは違いなかった。


「簡単に近づけさせると思うなよ」

「っ!」


 パキッと、何かが割れるような音が耳に届く。

 何が割れたのか――頭の中で思考を巡らせ、それがイリスの勘違いであることに気付く。

 足元に感じるのは冷気。死角から伸びたのは、《氷の槍》であった。

 イリスは右方へと跳び、その攻撃を回避する。

 見れば、ファーレン自身が冷気を纏っている。その周囲の地面にはだんだんと霜が張り、パキパキと周囲を凍らせていくのが分かった。


「冷気を使う魔導師は初めてか?」

「……氷の魔法は扱いが難しいと聞くわ。実戦レベルにまで引き上げるには、相当な練度を必要とするって」

「私はそれを完璧に扱える」


 ファーレンがそう言い放つと、一気に周囲へと冷気が広がっていく。

 まるでそこは氷の世界――地面は凍り付き、草木もまた、芸術家が作り上げたように美しい氷の彫刻へと姿を変貌させる。

 さらに、地面の氷は変化を見せた。

 茨のような道が出来上がると、ファーレンは淡々とした口調で続ける。


「これで私には近づけなくなったな。仮に靴を履いていても、この氷の茨は簡単に貫くが」


 イリスが素足のままであることを指摘しているのだろう。

 確かに、今の状況ではイリスは近づくことができない――だが、それはあくまでイリスが『何もしなければ』の話だ。


「私にそれが破壊できないとでも思っているの?」


 イリスは地面に剣を突き刺す――魔力を込めて、放つのは雷撃。

 周囲に広がるように走る雷撃は、簡単にファーレンの作り出した氷の茨を破壊し尽くす。

 ファーレンが驚きに目を見開いた。


「っ!」

「これで――」


 イリスがファーレンとの距離を詰めようとした瞬間、寒気のようなものを感じる。

 それは、彼が放つ冷気ではなく、何か仕掛けがあると感じ取ったからだ。

 瞬間、イリスは跳躍してファーレンとの距離を取った。

 先ほどまでいたところを確認すると、イリスを捕えようとした形跡が見られる。


「……瞬時に凍らせるくらいの力はあるってことね」

「気付いたか。これが私の魔法の力だ」

「それだけの力がありながら――」

「言ったはずだ。これも『この国のため』だと。言ったところで、お前に理解できることではない」


 イリスには、確かに理解できることではない。

 ファーレンのしていることは、明らかにこの国に対する反逆行為だ。

 しかし、ファーレンはあくまでこの国のためだ、と主張する。

 その真意を確認するためには、どのみちファーレンを倒す必要があった。


(おそらく、この距離からの攻撃は届いたとしても、私では倒すことができない。シュヴァイツ先生なら、《インビジブル》を使って攻撃を当てることができるだろうけれど……)


 イリスの持つ遠距離の攻撃は、雷の刃を飛ばす《飛雷》。

 速度はあるが、攻撃力は高くない。氷の壁でも作られたら、簡単に防がれてしまうだろう。

 向き合ったまま、イリスは静かに息を吐き出す。

 白い息が視線に入り、そのままファーレンを見据えた。


「諦めろ。剣士であるお前は私に近づくことはできん」

「あなたも、必要以上に近づいてこないのは何か理由があるんでしょう? たとえば、その魔法を維持するためには……そこを動けない、とか」

「……」


 ファーレンは答えない。

 あの魔法を維持したまま動けるのなら、イリスに近づいてくればいい。

 けれど、それをしないのは――魔法を維持した状態では動くことが難しいと考えられた。

 イリスを必要以上に追ってこないのは、魔法がその場に『展開する』タイプだからだ。

 つまり、決められた場所でしか発動することができない『結界』のようなもの。……時間を掛ければ、イリスに勝機がある。

 しかし、それでは利害が一致しない。

 イリスはできるだけ早く、ファーレンを倒さなければならないのだから。


「……考えても仕方ないわね。一撃で決めるわ――」


 イリスは覚悟を決め、踏み出した。

 ファーレンの使う魔法のギリギリを見極め、そこで跳躍する。

 だが、いくらイリスでも――一歩ではファーレンの元へ辿り着くことはできない。

 仮に地面に剣を突き刺して雷撃を放ったとして、その後が続かない。

 地面に足がつけば、捕まってしまうだろう。

 ファーレンもそれが分かっていて、さらに追い打ちをかけるように、イリスの降り立つ地点に向かって《氷の槍》を向ける。

 イリスが足元に展開したのは、『魔力の壁』であった。


「なに――」


 ファーレンが驚きに目を見開く。

 着地する前に、イリスは自ら作り出した『魔力の壁』に着地している。

 それもわずかに方向をファーレンに傾け、大きく両足に力を込めている。――これは、ルイノ・トムラが使用した技だ。

 蹴り出した瞬間に『魔力の壁』は脆く崩れ去るが、イリスは瞬時にファーレンとの距離を詰める。

 ファーレンもそれに反応するが、イリスの方が速い。

 イリスの振るう《紫電》が、ファーレンを斬り捨てた。


「がっ、はっ……」

「ふっ――」


 イリスは勢いのままにファーレンとすれ違う。

 もう一度『魔力の壁』を作り出そうとするが、今度は失敗してしまい、すぐに崩れ去る。

 そのまま地面へと落下するが、ファーレンの作り出した氷の魔法も、解除されていくのが分かった。


「……ふぅ、やっぱり実戦でいきなり使うのは無理があったわね。でも、上手くいったわ」


 かつて倒した者の技を使い、イリスはファーレンを打ち倒したのだった。

5/8(金)からコミカライズの連載がコミックガルド様にて開始されました!

そちらも是非ご覧になってください!

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書籍3巻と漫画1巻が9/25に発売です! 宜しくお願い致します!
表紙
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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 心強い将来の義姉?の援軍&かつて相対した敵の技によってファーレンを鎧袖一触で打倒したイリス^^ 次回も楽しみにしています。
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