140.ゴーレムマスター
――アリアは異常な速度で進んでいた。
短刀を飛ばして、確実に魔物を打ち落とすと共に、障害物になり得る道端の木箱などを利用して、壁を駆けたかと思えば、魔物の上に飛び移り首を斬り落とす。
瞬間、《黒い穴》を作り出して、そこに短刀を投げる。
離れたところから飛翔してくる魔物を狙い、打ち落とした。落下する魔物から跳躍すると、アリアはさらに前に進む。
元々、他人と組んで戦うことをアリアは得意とはしていない。
イリスのレベルで初めて彼女と連携できるのだ――故に、アリアは騎士団のメンバーとは行動していない。
アルタもそれを見越して、指示系統は黒狼騎士団の隊長クラスに任せてある。
アリアは、ただ目的の場所を目指せばいい状況だ。
(……ここを終わらせて、すぐにイリスのところに行く)
アリアの気持ちは決まっていた。
イリスは援護を必要としないと言うだろうが、この結界がイリスを狙うための物だとしたら、一人にはしておけない。
イリスのことは信じているが、彼女を援護しないのとでは話が違うのだ。
「邪魔をする奴は――許さない」
早い段階で、アリアは目的地へと辿り着きつつあった。
気配を殺したまま、アリアは魔導師達に気付かれることなく駆けていく。
途中、どうしても見つかる可能性のある場所だけ、監視に立つ魔導師を斬り伏せる。
「かはっ――」
何が起こったのか、魔導師には理解できなかっただろう。
不意に背中から痛みを感じ、気付けば地面に倒れ伏している。――暗殺こそが、アリアの真骨頂だ。
アリアは建物の陰に潜みながら、前方の様子を窺う。
ローブに身を纏う数名の人影――その一人が、前に出た。
「ふっ、隠れたところで無駄だよ。どこにいるのか……この僕には理解できているからねっ」
「!」
男の声と共に、アリアは周囲に浮かぶ『何か』に気付く。
それは『眼球』であった。
生物ではなく、『眼球』のようなモノというのが正しいだろうか。
『眼球』の瞳が輝くと、そこに魔力が集約していくのが分かる――アリアはすぐにその場から駆け出した。
放たれたのは光線。アリアのいた場所は、まるで強力な酸でもかけられたかのように溶けていく。
「ふふっ、ようやく対面できたようだね。そして君に賛辞を贈ろう――よくぞ、この僕の元まで辿り着いたとね」
ローブを脱ぎ捨て、男が様相を現す。
ブロンドの髪に、白いスーツ。一言で言うのならば、キザな男であった。
無論、アリアは反応を示すこともなく短剣を構える。
「……ふっ、中々なクールガールのようだ。この僕の美を目の前にしてもそこまで冷静でいられるとは」
「おじさんが、結界を作り出した魔導師?」
「おじ……!? ふっ、クールガール――ここまで来た実力は認めるが、言葉遣いがなってないようだ。この僕を『おじさん』呼ばわりとは……」
「レドルー様、お下がりを。ここは我々が――」
「黙っていろ。この僕が話しているんだ」
後方に控えていた者達が前に出ようとするが、レドルーの一言で動きを止める。
この部隊を統率している――どうやら、この一帯にいる魔導師を統率している人物で間違いようだ。
「ふっ、そう言えば自己紹介が遅れたね。僕の名は《ゴーレムマスター》の――ぐへっ!?」
「変な話に付き合ってる暇はないから」
アリアはレドルーが後方に気を取られた一瞬の隙を突き、短剣を自ら作り出した《黒い穴》へと投げ込む。
《黒い穴》はレドルーの後方に出現し、背中に突き刺さった。周囲の者達に動揺が走る。
「レ、レドルー様……!?」
「ぐっ、ぬ……ふっ――やってくれたな……クールガール!」
冷静な表情を見せ、レドルーがアリアを見据える。
確実に倒したつもりだったが、急所を外れたようだ。いや、レドルーがかわしたというべきか。
「おじさん、ただのふざけた人じゃないみたいだね」
「おじさんではないと言っている……! ふっ、しかしいいだろうっ! これくらいの怪我――丁度いいハンデじゃないか!」
レドルーが両腕を広げる。
それに呼応するように大地が揺れ、アリアの足元が割れていく。
後方へと跳躍して、アリアは距離を取る。
姿を現したのは、二階建ての建物を軽く凌ぐほどの――巨大な『ゴーレム』であった。
さらに、アリアの周囲に先ほどの『眼球』も姿を現す。
これらもレドルーの扱うゴーレムなのだろう。
視界を共有しているのか――隙を見せたようで、アリアの行動を常に監視していたようだ。
「ははははっ、どうだ! これがゴーレムマスターである僕の切り札だっ」
「……ふっ」
それを見て、アリアはくすりと笑って見せる。
レドルーの表情から、余裕の笑みが消えた。
「……何を笑っている」
「別に。ただ――すぐに終わらせられそうだなって思っただけ」
レドルーはゴーレムを使ってアリアのことを見ていた。
だから先ほどの攻撃でも倒れることはなかったのだ。だが、『見ていた』のに、レドルーはアリアの仕掛けた攻撃を完全に回避できていない。
その時点で、彼はアリアの敵ではなくなったのだ。
(……イリス、すぐに行くから)
懐から短剣を取り出して、アリアが構え直す。
そして、獲物を狙う狩人のように、アリアは表情を一変させた。






