121.姉と妹
「どういうことか説明してくれる?」
睨みを利かせる妹――クロエに、僕は苦笑いを浮かべる。
さすがに鍛冶屋の迷惑になるため、あの場での口論は避けるように言った。
クロエは言葉遣いのきつい子ではあるが、僕の意見にも納得してくれ、今は近くのカフェにやってきている。
「それよりも、だ。クロエがどうしてここに?」
「質問してるのはわたしでしょ! なんで《碧甲剣》が折れてるのよ! あれはシュヴァイツ家の当主が代々継いできたものなのよ? それを折るなんて……前代未聞よっ!」
そう――碧甲剣は、シュヴァイツ家の当主が引き継いできたもの。
現当主は義父であり、現状の次期当主は僕ではない。故に本来であれば、僕は碧甲剣を持つような立場にない。
これは、最年少で王国騎士となった僕への……シュヴァイツ家から贈り物であった。
ただし、妹のクロエはその事実に納得していないようであったが。
「仕事で戦うからね。折れることだってあるさ」
「折れることだってある? あんたの使い方が下手だったんじゃないの?」
「あはは、それを言われると少し困るね」
――確かに、僕がうまく立ち回っていれば折られずに済んだのも事実だ。
だが、剣士の戦いについて、クロエに説いたところで仕方ない。
僕にできることはただ一つ。
「悪いね。とにかく折れたのは仕方なかったんだ」
「……はあ。だから、あんたにはあの剣は相応しくなかったのよ。あの剣はね、姉様が持って然るべき物よ!」
クロエがぶつぶつと言いながら、カップを手に取り、コーヒーをすする。眉を顰め、明らかに不味そうな表情を浮かべた。
「砂糖とミルクならあるよ」
「い、いらないわよっ。わたしももう子供じゃないの。シュヴァイツ家の娘として、恥じない姿を見せなければならないわ」
別にコーヒーを甘くしないことが、『恥じない姿』というわけではない。
むしろそう考えている方が子供っぽいところはあるが……それを言うとクロエが怒るので黙っておく。
僕とクロエは……はっきりと言ってしまえば折り合いが悪い。
僕は彼女のことを嫌っているわけではないが、クロエは僕のことを露骨に嫌悪している。
出会った頃はそんなことはなく、クロエは内気な少女であった。
今ではこんなに明るく、そしてアグレッシヴな少女になってしまっているが。
「義姉さんの話をするってことは、一緒に来ているのか?」
「……それは、そうよ。わたし一人でもいいって言ったんだけど、姉様は聞かないから」
まあ、あの姉ならばクロエを一人でここまでやって来させはしないだろう。……というより、クロエではなく姉の方が王都にやってくる予定があったのではいかと考えている。
「……で、その義姉さんは? まさかとは思うけど――」
「そのまさかよ。一緒に行くって言ったのに、すぐに迷子になるんだから……」
言い方は悪いかもしれないけれど、この姉妹の面白いところの一つだ。
クロエの姉であり、僕の義姉――マリエル・シュヴァイツ。
次期当主である彼女は、クロエのことを心配して、いつも一緒に行動する。
その割に、目を離すとすぐにどこかへと言ってしまう放浪癖があるのだ。
昔は、いなくなったマリエルを探して泣き始めたクロエの下に、優しげな表情を浮かべて戻ってくるマリエルの姿をよく見かけた。
もはやマッチポンプではないか、と疑ってしまうくらいだ。
けれど、今のクロエは一人でも決して泣くようなことはなく……マリエルも姿を消したまま早々に戻ってくることはない。
つまり、今はクロエがマリエルを探しているという状態なのだ。
クロエが鍛冶屋にやってきたのも、マリエルを探してのことだろう。
マリエルなら、どこにいてもおかしくはないが、鍛冶屋や武器屋は少し可能性が高くなる。
僕も、それくらいは理解していた。
「義姉さんは後で探すとして……クロエはどうしてここにやってきたのか、知らないのか?」
「し、知ってるわよ。でも、話すのは姉様と合流してから。あんたも探すの手伝いなさいよ!」
「探すって言ってるだろう」
やはり、クロエは王都にやってきた目的を知らないらしい。
そうなると、マリエルの方に予定があったことになるが……彼女が王都にやってくることなど滅多なことにはない。
(何か、変なことではなければいいけれど)
せっかく平和な日々が続いているというのに、こうしてシュヴァイツ家の面々がやってくることになると、どうにも不穏な気配を感じてしまう。
今までのような『危機』とはまた違ったベクトルの方にだけれど。
コーヒーを口に運んでは、しかめっ面を浮かべるクロエを見ながら、僕は小さく嘆息した。
何事もなければいいのだが。
***
「はあ……困ったわぁ」
大きくため息を吐きながら、一人の女性が周囲をキョロキョロと見渡している。
ウェーブのかかった金色の髪。真っ黒なワンピース型のドレスに身を包み、口元に手を当てて困り顔を浮かべている。
遠目に見ても、その女性が美しいということは分かる。困っている姿は男性が放っておかないだろうと思うが、それ以上に声をかけがたい雰囲気も漂わせていた。
だが、そんな女性を見かけては――イリス・ラインフェルという少女が無視することはできない。
休日に一人で外出するなど滅多なことではないイリスであったが、今日は一人で外を歩いていた。
その理由は、イリスにしか話せない内容であると、知らされていたからである。
そんな話を極秘の話を終えた帰り道のこと、イリスはその女性に出くわしたのだ。
「あの……何かお困りですか?」
「そうなのよぉ――あら、とっても可愛らしいお嬢さんねぇ。貴女……お名前は?」
「えっ? わ、私は、イリス・ラインフェルです」
助けるつもりで話しかけたところ、不意に褒められた上に名前を聞かれ、イリスは素直に答える。
女性はイリスの名前を聞くと優しげな笑みを浮かべて、
「まあまあ。貴女がイリス・ラインフェル様! 大貴族のご令嬢ではないですか。わたくしも、ご挨拶をしなければいけませんわねぇ」
女性は貴族らしい立ち居振る舞いで、スカートの裾をつまむと会釈をする。
貴族であるイリスも、たとえばパーティであればこのような振る舞いをすることもあった。
だが、通常の場ではこのような挨拶をすることはなく、その動きにまた少し驚きの表情を浮かべる。
そんなイリスを余所に、女性は言葉を続ける。
「わたくしの名はマリエル。どこにでもいる普通の貴族ですわ」
「ど、どこにでもいる……?」
「ふふっ、貴族なんて、どこにでもいるものでしょう? イリス様だって、ここにいらっしゃるのですから」
「そういう意味だとそうかもしれないですけど……えっと、マリエルさんは何か困り事が?」
「まあ……まあまあ。もしかして、わたくしのことを気にかけてくださったのですか?」
話し始めると、随分とおっとりとした口調をするマリエル。
最初に困っているかどうかイリスは聞いていたのだが、どうやらそれは流されてしまったらしい。
改めて、マリエルの言葉に頷く。
「はい。それで、マリエルさんはどうなさったんです?」
「うふふっ、見ず知らずの人にそんな風に声を掛けられるなんて……さすが四大貴族のイリス様。こんな可愛らしいお嬢様なら……妹にほしいくらいねぇ」
「え、い、妹……? えっと……」
「うふふっ、冗談ですわ。ごめんなさいね。貴女と少しお話をしたくて」
「いえ……それは別に構わないんですが、それよりもどうして困っていたのかが気になって、ですね」
「わたくしの困り事は実にシンプルなことなのよぉ。実は……妹と一緒に王都までやってきたのだけれど、妹が迷子なのねぇ? それで頑張って探していたのだけれど、どうにも見つからないの。どうしたらいいのか困ってしまって……」
「! 妹さんが……それは大変じゃないですかっ。すぐに近くの騎士にも声をかけて――」
「そんなに慌てないで? 大事にしたいわけじゃないのよぉ。ただ……一緒に妹を探してくださる方がいると助かるのだけれど……」
イリスの言葉を遮って、マリエルが言う。
そう言いながら、ちらちらとイリスの方に視線を送ってくるマリエル。
別に、この後に予定があるわけではない。ましてや、頼まれなくてもイリスは探すつもりであった。
仮に予定があったとしても、イリスはマリエルの妹探しを手伝っていただろう。
すぐに頷いて、イリスは答える。
「そういうことなら、私に任せてください。妹さんの特徴を教えてもらってもいいですか?」
「うふふっ、妹はとっても可愛い子よぉ? 貴女みたいに凛とした顔をしていてねぇ? 最近ちょっと言葉に棘があるのだけれど……本当は優しくていい子なの。本当よ?」
「えっと、そういう感じの特徴ではなく……いえ、髪の特徴とか表情の特徴は分かるんですが」
「まあまあ、落ち着いて? 一先ず一緒に歩きながら探しましょう?」
「え、ええ……?」
マリエルがイリスの手を取ると、腕を組んで歩き始める。
イリスは動揺しながらも、気付けばマリエルのペースに乗せられていた。
――イリスはこうして、人探しを手伝うことになるのだった。
もう一人の新キャラはアルタの義姉のマリエルです。






