112.勝敗の行方
「あらら、ゼナス君は死んじゃったか……。なかなか頑張っていたけどねぇ」
酒をあおりながら、リグルスは苦笑いを浮かべた。
三つ巴の戦いは終わり、残るはイリスとルイノの二人だけだ。
リグルスが大きくため息を吐いたあと、ゆっくりと立ち上がる。
「結局、私がやるしかないわけか。いやぁ、ゼナス君には期待していたんだけれどねぇ。剣客衆もこれでほとんど全滅ときた。いつの時代でも、栄華というものは長く続かないものだよね。……それじゃ、私達もそろそろ始めようかねぇ?」
「いや、まだ戦いは終わっていないよ」
リグルスの言葉を、僕は否定する。
少し驚いた表情を、リグルスは浮かべていた。
「おやおや、これは意外だね。生徒が危険な目に合っても動かなかったと思えば……今度は戦いを見届ける、と?」
「僕は生徒達のことを、彼女達に任せた。実際に彼女達だけで何とかした――それだけだよ」
「いやぁ、驚いたね。随分と放任主義のようだ。それでも騎士なんだねぇ」
「ああ、これでも騎士だよ。それよりもまず、僕は剣士だ。イリスさんが覚悟を以てルイノと戦うことを決めたのだから、僕にはそれを見届ける義務がある」
イリスは昨日、僕に悩みを打ち明けている。ルイノのように、『殺し合い』しか望まない相手と、どう接すればいいのか分からないということだった。
騎士であるのならば、当然相手を捕らえる必要だってある。イリスが悩んだのは、きっとルイノは《剣客衆》という明確な敵から僕やイリスを守っているわけであり――同時に僕の命を狙っている存在でもあるからだ。
僕はイリスに、『できないのなら頼れ』と言った。けれど、彼女は自らの意志であそこに立っている――それが、『できる』という答えだろう。
殺さずにルイノを止められる、と。
「なるほどねぇ。ま、君が戦いを見届けたいと言うのなら、私も文句はないけどねぇ。最初に言ったのは私の方だから」
「いや――あなたも本当はこの戦いを見届けたいはずだ」
「……おや、どうしてそう思う?」
「あなたは僕に『関係のある』と言っただろう」
「それはそうさ。君を狙うのはゼナスもあの子も一緒だからね。生き残ったのがゼナス君なら、二人で君を狙うことができるから」
リグルスが惚けた表情で言う。それが分かるのはきっと、『僕だから』ということもあるだろう。
リグルスがずっと見ていたのは、『ゼナスの戦い』ではない――『ルイノの戦い』だ。
誰かを見守る表情には、既視感があった。かつて……ラウルのことを友人と呼んだ男、ソウキ・トムラ――彼の面影がある。
リグルスが見届けたかった戦いは、ゼナスではなくルイノなのだ。
「二人で狙うのなら、初めからそうしただろう。けれど、あなた達はそうしなかった」
「んー、そうだねぇ。剣客衆は、組織でありながら一緒に戦うことを好まないからねぇ」
「ああ、僕をここに留めておく……それも、あなたの狙いの一つではあるんだろうね」
「そういうことさ。そこに疑問があるかい?」
「……いや、あなたが認めるつもりがないのなら構わない。けれど、一つだけはっきりしたことはある」
「なんだい?」
「リグルス……思い出したよ。それは本名のはずだ。あなたの名前は、リグルス・トムラだ。そして――娘は、ルイノ・トムラ」
僕ははっきりと言い放った。リグルスがまた少し驚いた表情をしたが、やがてため息を吐くと、再びその場に座り込む。そして、
「あの子はね……私と違ってとても優秀な子だよ。幼い頃から何でもよくできたし、刀を振るのも好きな子だった」
リグルスは呟くように言う。
もはや隠すつもりはないようで、ルイノを見据える視線は、子を見守る親そのものであった。
「あなたが剣客衆にいることを、ルイノは知っているのかな?」
「知らないさ。ルイノはもう、家族は一人も生き残っていないと思っている。そう仕向けたのは私だからね」
「……何だって?」
「そんな話はあとでもいいじゃないか。ほら、もう戦いが始まるよ。ところで君は、ルイノとイリス――どっちが勝つと思う?」
リグルスがそう、問い掛けてくる。
リグルスもまた、この戦いを見届けると決めたようだ。
僕も、二人を見下ろすようにして立つ。
イリスとルイノ――いずれも実力はある。僕から見ても、二人の実力は近しいものだということは理解できた。
どちらが勝つなど、実力が拮抗している者同士の戦いでは分かるはずもない。
力尽きるのが先か、一瞬の失敗か、あるいはわずかな力の差か――勝敗を決する要因はいくらでもある。
僕は戦いという場を、贔屓目に見るようなしたことはなかった。
《剣聖》という立場であれば、僕の答えは『分からない』だ。
けれど、彼女の師匠として見るのであれば――答えは違う。
「イリスさんは負けないだろうね。彼女はそういう子だ。誰よりも努力して、誰よりも悩んで、それでもこの場に立っている。この戦いは――イリスさんが勝つよ」
「そうかい、そこまで言い切るとはねぇ」
「あなたはどちらが勝つと思う?」
「そうだねぇ……『分からない』が答えなんだろうけれど、そこまで言われたら、私もこう答えるしかない。ルイノが勝つ――絶対に」
にやりと笑みを浮かべて、リグルスが答えた。
ルイノの勝利に対して、本当の意味で『信じている』と感じられる物言いだ。
僕は再び、イリスとルイノの戦いに視線を向ける。
彼女達の結末を、見届けるために。
主人公はイリスだっけ? とか思い始めてますが、ヒロインと主人公も兼ねている感じがするので間違っていないのかもしれません。
戦うヒロイン、好きなんです!
ということで、次回はイリスとルイノの戦いです。
久々にアルタの会話を挟みましたが……。
次の一回で戦闘が終わるか分けるかはちょっと考えています!






