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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第三章 《剣客少女》編
111/189

111.完膚なきまでに

 ゼナス・ラーデイが《剣客衆》という組織に入ったのは、もう何年も前の話だ。

 元々は軍医であったゼナスは、同じ部隊に所属していたロウエルに誘われて、剣客衆に入ることになる。

 ……入った理由は至極単純であった。

 軍医として人を治すよりも、殺し屋として人間を殺した方が――楽だったからだ。

 治療をするよりも、治療をする手間を作る人間を殺した方が、より多くの人間を救うことができる。

 剣客衆は自ら戦いを呼ぶ組織ではあったが、無双の強さを誇る十人の剣士達がいる限り、無駄な犠牲が出ることはない。

 少なくとも、ゼナスはそう考えていた。

 ロウエルと共に、何人も殺してきた。人を救った数だけ、人を殺してきた。

 それが『おかしい』ことだと、ゼナスが気付くことはない。

 気付かないからこそ、ゼナスは人道を踏み外したのだ。

 けれど、ゼナスにも『友情』というものは感じられる。

 長年、ロウエルと共に戦場を駆けてきたからこそ、彼との絆はかけがえのないものであった。


「いつか、剣客衆の奴らも俺達で殺そう。そして、残った俺達で――どちらが強いか決める」

「ああ、それも、面白そうだな」


 ――それが、ロウエルと交わした約束だ。

 けれど、ロウエルは死んだ。

 あの男は約束を守ることなく、呆気なく殺されたのだ。

 ならばどうする――ゼナスの取る行動は簡単だ。

 ロウエルを殺した奴を殺す――それが、ゼナスにできる唯一のことであったからだ。


   ***


「グ、ギギ、グ」


 声なのか、ただの音なのか――イリスには分からない。

 首が再び繋がったゼナスは、両目からも血液を垂れ流しながら、復讐の念をルイノに向けている。自身に向けられたものでないと分かっていても、背筋が凍るほどのものであった。

 そんな念を向けられても、ルイノは表情を崩すことはなく、面倒そうにため息を吐く。


「はあ、こういうのはあまり乗り気にはならないよねぇ」


 少し意外な言葉を口にした、とイリスは感じた。

 イリスから見て、ルイノは戦闘狂でしかない。

 そのルイノが、ゼナスのような相手を戦い甲斐があると感じるのではなく、『乗り気にはならない』と言ったのだ。

 ルイノという少女にとって、殺し合いは楽しむもの――だが、すでにゼナスはルイノから見て、『死んでいる』のと同義なのかもしれない。

 死んだ人間を斬ることは、ルイノにとってはつまらないことなのだ。


「ゴ、ッグハ」


 声にならない声を漏らし、ゼナスが剣を構える。

 流れ出した血液が、ゼナスの持つ剣へと集まっていく、作り出されたのは、『真紅の鎌』。

 ゼナスの身体をゆうに超える大きさの鎌を振りかぶり、ゼナスがルイノを睨む。


「お、前、だけは……!」


 ゼナスが倒れそうになりながらも、一歩を踏み出した。

 ブンッと風を切る音と共に、真紅の鎌が地上に並行するように振られる。

 ルイノは身体を屈めるように駆け出し、イリスは跳躍して――それぞれ回避する。

 身に纏った雷撃を《紫電》に集中させると、イリスはその場で魔法を放つ。

 紫色の雷撃がゼナスの下へと駆け、直撃した。


「……グ、ク」


 イリスの放った一撃が効いているのか分からないが、ゼナスが呻き声を上げる。

 だが、ゼナスの動きは止まらない。

 ぐらりとバランスを崩しながらも、ゼナスが再び鎌を振ろうとする。


「にひっ、大振りすぎて隙だらけだねっ」


 ルイノがゼナスとの距離を詰める。

 地面と鎌の距離はかなり狭かっただろう――それ以上に、ルイノは身を屈めて、ゼナスとの距離を詰めたのだ。

 ルイノの刀による連撃。ゼナスの腕を斬り飛ばし、左胸に刀を突き立てる。

 勢いよく、鎌を持ったゼナスの腕が吹き飛んでいく。

 どろりと、ゼナスの身体から血が溢れ出した。


「今度こそ終わり、かな?」

「あ、ああ、お前を殺して、終わり、だ」

「――っ!」


 ゼナスが失った右腕の方を振り上げると、ゴボゴボと音を鳴らしながら、血液で『大きな爪』を作り出す。

……致命傷のはずだった。すでに、ゼナスは何度死んでもおかしくない攻撃を受け続けている。それでもなお、ゼナスがルイノの命を奪おうと、動くのを止めない。

 


「お前、だけ、は――」

「……もう、終わりよ。ゼナス・ラーデイ」


 イリスはすでに、ゼナスとの距離を詰めていた。ゼナスが作り出した爪を、剣の一振りで破壊する。

 さらに、背中から一撃――ゼナスの身体が、大きく震えた。


「……ごっ、ぶ」


 ルイノがゼナスの身体から刀を抜き去り、距離を取る。

 ゆらりと、一歩、二歩と歩き出したゼナスは――やがて力を失ったように、その場に倒れ伏す。

 魔法によって繋がれた身体も、絶命したことによってバラバラと崩れ去っていく。

 その光景は思わず目を背けたくなるものであったが、それでもイリスは、死にゆくゼナスを真っすぐ見据えた。

 ゼナスはもう、死んでいると言ってもいい状態ではあった。

 それでも――最後の一撃を与えたのは、イリスだ。その手で初めて……人を殺した。

 いつもとは違う、剣を握る感触がある。だが、イリスの心に迷いはない。

 イリスは視線を移す。ゼナスの血で大地が赤色に染まっていき――ルイノがその場に立った。


「にひっ、これでようやく……一対一、だね」

「ええ、そうね」

「それでさ。さっきの言葉の続き、聞かせてよ。それを聞かないと、何だかもやもやしちゃうからさぁ」

「話の続き?」

「言ったじゃん! 『あたしを止める』んだよね? それも、殺す以外の方法で! どんな風にするのかな、って」


 ルイノが期待するような表情で、問いかけてくる。

 先ほどから、ずっとイリスの言葉を気にしていたようだ。

 きっと、ルイノ自身にも分からないのだろう――殺し合いでしか、戦いを終わらせられない彼女には、戦いを止めるという選択が存在しない。

 イリスは小さく息を吐くと、紫電を強く握りしめて構えた。


「簡単なことよ」


 それは誰にでもできることではない――けれど、アルタならば。


(シュヴァイツ先生なら、できること。私も、それくらい強くありたいから……)


 決意を以て、その言葉を口にする。


「私は《剣聖姫》。今から私が、あなたを完膚なきまでに叩き潰す。指一本すら動かせないくらいにね。それが私にできる――あなたを止める唯一の方法よ」


 同じ剣士であるのならば、辿り着く答えはそこにある。

 イリスの言葉を聞いて、ルイノは驚いたように目を丸くして、すぐに大きな声で笑いだした。


「にひっ、にひひっ! 面白いこと言うねぇ。完膚なきまでに? このあたしを? にひっ、にひひひひっ! それなら、やってもらおうかなぁ……あたしも《剣客少女》を名乗ってるからさ。言わせてもらうけど――あなたはあたしが斬り殺す。絶対に、だ」


 ルイノもまた、絶対の意志を示して、刀を構える。

 二人は同時に動き出し、戦いは始まった。

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表紙
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― 新着の感想 ―
[一言] う~ん。読んでてイリスが乱入する意味が分からないかも。二人が戦い終わってルイノを止めるために戦うなら分かるのですけど。。 (乱入については理解できなかったのですけど、ここまで楽しく読ませて頂…
[良い点] 治療をする手間を作る人間を殺す。戦争を止めるために戦うみたいなやつですけど、迷いなく歪んでて好きですね…。
[気になる点] 訳ありとは言え…主人公置いてきぼり。そろそろ…
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