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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第三章 《剣客少女》編
106/189

106.待っていた者

 海岸沿いを歩いて進むと、高い崖の上に立てられた灯台がある。

 そこは町を見通すにはピッタリの場所だ。

 もっとも、細かく見るのならば降りて確認する他ないのだろうけれど。

 だが、町の方から灯台を見上げるのならば――ある程度距離があっても、誰か人がいることくらい分かる。

 灯台についても、魔法技術が組み込まれているのだ。修理や修復のため、灯台の頂上に上がることができる。

 ――そこで、僕が姿を晒して待つつもりだったのだけれど。


「まさか、先客がいるとはね」

「いやぁ、私も驚いたよ」


 灯台の頂上に座り込み、海の方を見ていた初老の男が振り向く。笑顔を浮かべて、僕に向かって手を上げる。

 どこか懐かしい雰囲気を感じさせる男だった。

 けれど、僕は表情に出すことなく、その男を見据える。

 薄汚れたローブに身を包み、雰囲気からは『強さ』など微塵も感じられない。

 だが、目の前にいる男は――紛れもなく敵だ。


「やぁ。こんなところに子供が来るなんてねぇ。いや、子供だから遊びに来てしまうのかな? はははっ」

「そういう話がしたくて、『僕を待っていた』のかな?」

「……そういうわけじゃないさ。でもね、少しくらい世間話に付き合ってくれてもいいんじゃない? アルタ・シュヴァイツ君」


 笑みを浮かべたままだが、男の視線が鋭いものになる。得物は鞘に納まった刀――ごそり、と物音を立てて男は懐に手を伸ばした。

 僕は、腰に下げた《碧甲剣》に手を伸ばす。だが、


「まあ慌てなさんなよ。酒、飲むだけだからよ」


 ひらひらと手を振るようにして、男は刀からは手を離れたところに置く。懐から取り出したのは、一本の瓢箪だ。

 きゅぽん、と蓋を取る音が耳に届き、男はそのまま中身を飲み始める。


「ふぅ……海を見ながらの酒も、中々いいもんだねぇ。君もどうだい?」

「僕は子供なものでね。酒はまだダメなんだ」

「ふっ、子供ねぇ。君みたいな子供が騎士やって……そんで《剣客衆》を四人も倒した……なんてのは嘘だと思いたいねぇ」

「あなたも剣客衆、だね」

「その通り。名前は……もう分かってるかな?」

「リグルス・ハーヴェイ。剣客衆でも珍しく、あなたは表立って人と接する……いわゆる組織の管理役らしいね」

「管理といっても、私には力がないからねぇ。それこそ、アディル君くらいの力がないと、ね」


 酒をあおりながら、初老の男――リグルスが言う。

 剣客衆の中でも、一番情報が得られやすい男であった。アディルの他、実際に剣客衆達へ仕事の依頼を斡旋していた男……それが、このリグルスだ。

 飄々としているようにも見えるが、先ほどから隙は見せていない。

 ただの管理役であるのならば、まだ良かったのだけれど。

 ……アディルのいなくなった剣客衆が、それでも統率の取れた組織のように行動している。

 そう考えれば、一つの答えに行き着くのは実に容易なことだ。


「あなたは僕と戦う気がない……そういうことかな?」

「そうなら良かったんだけどねぇ。戦うことにはなるんじゃないかい? 私は剣客衆で、君は騎士だ。どうやっても相容れない者が二人いるのなら、それは必然ということになるよ」

「それなら、構えなよ。あまり時間をかけるつもりはないんだ。それとも、『時間稼ぎ』のつもりかな?」


 リグルスが何かを狙って時間を待っている。そういう可能性もあった。

 リグルスがゆっくりと立ち上がると、僕の方ではなく、灯台から見下ろすように視線を落とす。


「時間稼ぎという意味では、待っていたのは正解だよ。ある戦いを見届けたくてね」

「……ある戦い?」

「ああ、君にも関係のあることだよ。どのみち私と君が戦う運命にあるのなら……少しくらい、時間がずれ込んでもいいだろう?」


 リグルスがそんな提案を口にする。僕からすれば、彼の提案に乗る必要など、どこにもない。

 けれど、『彼』に出会った瞬間から、僕の中にある一つの可能性が生まれていた。

 だから、僕はリグルスの横に並ぶようにして、灯台から下を見下ろす。

 ……これから始まる、『戦い』を見届けるために。

書籍版の第一巻発売中となります。

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