106.待っていた者
海岸沿いを歩いて進むと、高い崖の上に立てられた灯台がある。
そこは町を見通すにはピッタリの場所だ。
もっとも、細かく見るのならば降りて確認する他ないのだろうけれど。
だが、町の方から灯台を見上げるのならば――ある程度距離があっても、誰か人がいることくらい分かる。
灯台についても、魔法技術が組み込まれているのだ。修理や修復のため、灯台の頂上に上がることができる。
――そこで、僕が姿を晒して待つつもりだったのだけれど。
「まさか、先客がいるとはね」
「いやぁ、私も驚いたよ」
灯台の頂上に座り込み、海の方を見ていた初老の男が振り向く。笑顔を浮かべて、僕に向かって手を上げる。
どこか懐かしい雰囲気を感じさせる男だった。
けれど、僕は表情に出すことなく、その男を見据える。
薄汚れたローブに身を包み、雰囲気からは『強さ』など微塵も感じられない。
だが、目の前にいる男は――紛れもなく敵だ。
「やぁ。こんなところに子供が来るなんてねぇ。いや、子供だから遊びに来てしまうのかな? はははっ」
「そういう話がしたくて、『僕を待っていた』のかな?」
「……そういうわけじゃないさ。でもね、少しくらい世間話に付き合ってくれてもいいんじゃない? アルタ・シュヴァイツ君」
笑みを浮かべたままだが、男の視線が鋭いものになる。得物は鞘に納まった刀――ごそり、と物音を立てて男は懐に手を伸ばした。
僕は、腰に下げた《碧甲剣》に手を伸ばす。だが、
「まあ慌てなさんなよ。酒、飲むだけだからよ」
ひらひらと手を振るようにして、男は刀からは手を離れたところに置く。懐から取り出したのは、一本の瓢箪だ。
きゅぽん、と蓋を取る音が耳に届き、男はそのまま中身を飲み始める。
「ふぅ……海を見ながらの酒も、中々いいもんだねぇ。君もどうだい?」
「僕は子供なものでね。酒はまだダメなんだ」
「ふっ、子供ねぇ。君みたいな子供が騎士やって……そんで《剣客衆》を四人も倒した……なんてのは嘘だと思いたいねぇ」
「あなたも剣客衆、だね」
「その通り。名前は……もう分かってるかな?」
「リグルス・ハーヴェイ。剣客衆でも珍しく、あなたは表立って人と接する……いわゆる組織の管理役らしいね」
「管理といっても、私には力がないからねぇ。それこそ、アディル君くらいの力がないと、ね」
酒をあおりながら、初老の男――リグルスが言う。
剣客衆の中でも、一番情報が得られやすい男であった。アディルの他、実際に剣客衆達へ仕事の依頼を斡旋していた男……それが、このリグルスだ。
飄々としているようにも見えるが、先ほどから隙は見せていない。
ただの管理役であるのならば、まだ良かったのだけれど。
……アディルのいなくなった剣客衆が、それでも統率の取れた組織のように行動している。
そう考えれば、一つの答えに行き着くのは実に容易なことだ。
「あなたは僕と戦う気がない……そういうことかな?」
「そうなら良かったんだけどねぇ。戦うことにはなるんじゃないかい? 私は剣客衆で、君は騎士だ。どうやっても相容れない者が二人いるのなら、それは必然ということになるよ」
「それなら、構えなよ。あまり時間をかけるつもりはないんだ。それとも、『時間稼ぎ』のつもりかな?」
リグルスが何かを狙って時間を待っている。そういう可能性もあった。
リグルスがゆっくりと立ち上がると、僕の方ではなく、灯台から見下ろすように視線を落とす。
「時間稼ぎという意味では、待っていたのは正解だよ。ある戦いを見届けたくてね」
「……ある戦い?」
「ああ、君にも関係のあることだよ。どのみち私と君が戦う運命にあるのなら……少しくらい、時間がずれ込んでもいいだろう?」
リグルスがそんな提案を口にする。僕からすれば、彼の提案に乗る必要など、どこにもない。
けれど、『彼』に出会った瞬間から、僕の中にある一つの可能性が生まれていた。
だから、僕はリグルスの横に並ぶようにして、灯台から下を見下ろす。
……これから始まる、『戦い』を見届けるために。
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