105.アルタの予定
「皆さん、今日は自由行動となります。ですが、昨日は海で遊んだわけですから、今日は課外授業としてきちんと学ぶことを中心にしましょう。それぞれ課題を決めて、取り組むようにしてください。くれぐれも、町から外には出ないように」
「「「はーい」」」
僕の言葉に答えるように、生徒達の声が響く。
周囲から見れば、自分より年下の子供に従う生徒……のように見えるかもしれないが、今は周囲に人通りは少ない時間だ。
生徒達も、僕に教えられるということにもう違和感は持っていないようだ。
その点については安心する。
何人かの女子生徒から、「先生は今日どうするの?」とか、「一緒に町を回ろうよ」とか、そんなデートのような誘いを受けて、やんわりと断る。
断った僕に、殺意にも近い視線を送ってくる男子生徒達にため息を吐きながら、僕は周囲の状況を確認した。
――近くにある石造りの家。その家の内部にも、騎士が配備されている。
この町の建物の中にはいくつか空き家があり、そこに騎士が待機している形となっていた。
普段から多くの騎士が町中を歩いているわけではない……それこそ、そんな町で鎧に身を包んだ騎士が闊歩すれば、嫌でも意識してしまうことになるだろう。
それに、《剣客衆》の警戒を強めてしまうことにも繋がる。
生徒達の安全を確保しつつ、僕はここにやってきているだろう剣客衆の相手を務めなければならない。
もっとも楽に済む方法は……残りの剣客衆を、ルイノが始末してくれること。
そうすれば、僕の相手はルイノ一人で済む。もちろん、こんな考えを口に出すようなことはしない。
それこそ、『騎士失格』と言われても仕方のないことだろう。
(一応、剣の師匠とはいえ……僕は騎士としても先輩になるわけだしね)
イリスのことを考えると、下手な発言も控えるようになっていた。
僕とレミィルのような関係であれば、冗談めかして『ルイノに全て任せる』くらい言ってしまうかもしれないが。……ルイノはすでに、剣客衆を二人打ち倒し、実力を示している。
王都でも一人と一戦交えているというし、実力だけで言えば――イリスを超えている可能性すらある。
僕の周りには、どうしてそういう女の子ばかり集まってくるのだろう……そんな疑問に、答えてくれる人はいない。
「シュヴァイツ先生」
不意に声をかけてきたのは、イリスだ。
白色のワンピースに身を包んだ彼女は、整った顔立ちも相まって気品のある雰囲気を感じさせる。……もちろん、《四大貴族》に数えられるラインフェル家の令嬢なのだから、気品があるというのは当然なのだけれど。
「はい、何でしょう?」
「今日は……この後どうなさるんですか?」
他の生徒達と同じような質問を、僕に投げかけてくる。だが、その質問の意図が全く違うとところにあるのは分かっている。
イリスにとっては、やはり僕の行動は気掛かりなのだろう。
「君達が町中を回るのと同じように、僕も講師としての役割を果たしますよ。何か質問があれば、町中の目立つ場所にいるのでいつでもどうぞ」
「目立つ場所、ですか?」
「たとえば、あの灯台とか」
僕が視線を向けると、イリスも追いかけるようにそちらを向く。
視線の先にあるのは、白く大きな灯台。
ここからは中々、距離のあるところにあるが……『大きい』というのはよく分かる。
元々、水産業が盛んなこの町だからこそ、灯台は重要な役割を果たすことになるのだろう。
「せっかくですから、あそこの灯台について調べてみるのもいいかもしれませんね。もしくは市場で水産業について調査する、とか」
「私は、アリアと一緒に水辺の魔物について調査するつもりです」
「魔物、ですか。一応注意しておきますが、危険だと判断したら近づいてはいけませんよ。まあ、海岸沿いにそういった魔物が出た、という報告はありませんが」
「子供じゃないんですから、それくらいは平気ですっ」
「僕からしたら生徒なんですから、心配も注意もしますよ」
「そんな魔物がいたら、わたしが倒すから平気」
僕とイリスの会話に割って入ってきたのは、アリアだ。
相変わらずサイズが大きめな服を着ているのは……色々と仕込んでいるからだろうか。水着姿はかなり過激な印象であったが、普段着は逆に肌の露出は控えめにしているようだ。
……まあ、武器を仕込んでいるのなら隠すのも当然だけれど。
一応、こっちも注意くらいはしておこう。
「戦うではなく逃げる、ですよ。それと、必要以上に物を持っていたりしませんよね?」
「もちろん。『必要最低限』だよ」
少しだけ口角を上げて、ちらりとアリアが上着をまくる。
太腿のベルトとショートパンツが視界に入り、そこから先には数本の『刃物』が目に入る。
だが、すぐにイリスがアリアを隠すように前に立った。
「……アリア、はしたないからやめなさい」
「……? 見られても平気だよ。昨日なんて水着で一緒だったんだし」
「そ、それはそうだけれど……。とにかくはしたないから」
「なんで?」
「なんでも! 先生も、アリアが服をまくりそうになったら止めてください」
「無茶を言いますねー」
「先生なら止められますよねっ」
食い気味にイリスが言う。まあ、否定はできない。
僕ならアリアが動く前に、その動きを制止するくらいはできるだろう。
それにアリアが抵抗してきたら、どうなるか分からないが。
「避けて見せびらかすから」
「どうしてよ!?」
僕の心を見透かしたような答えと、イリスのキレのいい突っ込みが入る。
やはり息の合った二人……とても言うべきか。
くすりと少しだけ笑い、僕は二人に向かって言う。
「僕のことはご心配なく。昨日も言った通り、万が一の時は――君達は生徒達の安全確保を優先してください。その生徒に、君達も含まれていますから」
「……はい。分かっています」
「任せて」
二人がそう答えてくれる。
イリスとアリアのことは、十分に信頼している。二人も僕を信頼してくれているのだろうけれど、やはり心配する気持ちは消えないようだ。
(もう一回くらい、二人には『本気』を見せた方がいいのかもしれないね)
あくまで訓練における本気ではなく、剣を握った上での本気。
それは当然、普段の僕とは違ってくるわけで……その姿を見せれば、二人も多少は安心してくれるようになるだろうか。すでに何度か見せているから、効果はないのかもしれないけれど。
少なくとも――剣客衆とルイノを相手にするのならば、まだ僕が本気を見せる機会は、十分に残っていると言えた。
僕が目指すのは、イリスに伝えた通り、この町でもっとも目立つ灯台。
全てを見渡すことができる場所であり――一番、目立つ場所だからだ。






