02
「まあいい! 吠え面をかかせてやる!!」
「リヒト殿下とクラウス様は、ティンダーリア様とお知り合いだったんですね」
「まあ、立場的にね?」
「よく王女殿下に当たって砕けてんの、遭遇するんだぜ」
のほほんと、クラウス様が裏事情を語る。
へ、へえー……。
「和むなよ! 駄弁るなよ! お前決闘する気あんのかよ!?」
「あ、あります! 本気でいかせてもらいます!」
「よしっ! その心意気だ!!」
「ギルのテンションって、どうやって維持されてるの?」
呆れ顔のリヒト殿下を置いて、ふんっ、とギルベルト様が息巻く。
木剣が納められている棚へと近付いた。
お嬢さまたち、お戻りでない……。
主人の帰りを待つ犬の気持ちで、廊下の向こうへ目を向けた。
背の高い騎士団員が過ぎ行く以外、人影がない。しょんぼりと肩を落とす。
殿下とクラウス様に一言告げ、急ぎギルベルト様の後ろに続いた。
木剣を選ぶ彼を見守る。
彼の使用人は、気弱な性質らしい。
不遜な仕草で渡される木剣を抱え、おろおろとしている。
何となく、僕も坊っちゃんに対してこんな感じなんだろうなあと感じた。
「おい、お前は何使うんだよ?」
「小型のナイフでしょうか」
「ナイフー? そんなんで勝とうってのかよ」
「それしか使えませんので」
訝しむギルベルト様に、苦笑を返す。
これまでヒルトンさんから、アーリアさん共々、速度と身軽さを駆使して戦う術を教えられてきた。
そのため、クラウス様やリヒト殿下、リズリット様のような、片手剣や両手剣は使ったことがない。
どちらかといえば、主人よりも目立たず、従者として潜伏しなければならない。
武器は見せない装いの方が望ましい。
主だった仕事が護衛の際は、あからさまにナイフを下げるけど。
木剣を振って重さを確かめたギルベルト様が、棚の前から離れる。
先行くぜ、気さくにお声をかけられた。
……ギルベルト様、もうお怒りでないのかな?
だったらいいのだけど。
小さく軽めのナイフ型の木剣を二本選び、殿下たちが待つ場所へ戻った。
「ミュゼットたちは?」
「リズリット様と、館内見学ツアーに行ってます」
「そっか。ベルも後で行く? ガイドはクラウスだけど」
「俺かよ」
相変わらずなやり取りに小さく笑う。
コード領の紋章を繋ぐチェーンのピンバッチを外し、壊さないようジャケットに留め直す。
脱いだそれを畳み、念のためベストも脱いだ。
季節も季節で寒々しいけれど、制服を汚すわけにもいかない。
石段に置こうとしたそれを、にっこりと笑ったリヒト殿下が受け取った。
いやでも、王子殿下に持たせるものではないのだけど……。
「殿下、その辺に置いてください」
「盗られたら困るでしょう?」
「……困ります」
その銀細工……溶かして売ったらいくらになるんだろう……?
僕のお給金で返済出来る?
顔色の悪くなる想像に、大人しくリヒト殿下に上着を預ける。
反比例するかのように、殿下の笑顔が眩しい。
クラウス様が複雑そうな顔で苦笑した。
「おいお前! 準備は出来たっ、待て待て待て。その肩に巻いているベルトとナイフは何だ?」
「ショルダーホルスターですけど……?」
「待って何でそんな当然ですみたいな顔してるんだよ? おいユージーン! あれ使用人の必須装備なのか!?」
「えっと……、他のお家のことは存じませんが、コード邸ではこのような方針を取っています」
「殺意高いな!?」
ギルベルト様に尋ねられ、ユージーンと呼ばれた使用人が激しく首を横に振っている。
だ、大丈夫かな? 気弱な方だね……?
コード家で護衛の枠内にいる人間は、ショルダーホルスターを必携している。
サスペンダー型のそれは安定感があって、使いやすい。
勿論携帯しているのは、銃ではなくナイフだけど。
アーリアさんも、メイド服でつけにくそうなのに、上手いことエプロンの下になるよう装着している。
むしろ、夏場の男性制服のカマーベストの方が、誤魔化しが利かない。
こういうとき、アーリアさんのスカートの下の武器庫が羨ましく思える。
もしも武器が飛ばされたら、真っ先に先輩を頼ろう。
「主人をお守りしてこその護衛ですので」
「や、やめろよ! 主人思いな面を見せるなよ!!」
「ベルのそれ、サスペンダーみたいで可愛いね!」
「ヒルトンさんはかっこよかったはずなのに!」
「ははは、大丈夫だ。かっこいいかっこいい」
「和むなよッ!!」
リヒト殿下の心ない一言に傷つき、クラウス様のお兄ちゃんな励ましに切なくなり、ギルベルト様の叫びにはたと前へ向き直る。
やる気満々の彼の様子に、見回した視界が時計を捉えた。
確認した時刻は定刻まであと15分程というところで、出遅れたと仰られたギルベルト様は、大分お早く到着されたらしい。
お嬢さま方がお戻りになられる前に開始しそうな現状に、眉尻を下げた。
「いいか! 男らしく一本勝負で決めるぞ!!」
「……畏まりました」
「ミュゼット嬢たちがまだ戻ってきてねーみたいだし、もう少し待ったらどうだ?」
「どうした! 怖気づいたのか!?」
「ギルはもーーー少し人の話を聞く努力が必要だなあ」
提案を浮かべたクラウス様が苦笑する。
対面に立ったギルベルト様は俄然やる気で、壁際まで下がらされたお供が小刻みに震えていた。
……お嬢さま、坊っちゃん、どちらまでお行きですか……?
ベルナルドは、ふとした瞬間に寂しく思います。
哀愁に駆られ、静かに肩を落とす。
……ご奉仕したい。
要約すると、その一言に尽きる。
現状で、ユージーンさんの立場がとても羨ましい。
開始の旨に異論がないことを伝え、審判はクラウス様が務められることになった。
両手に収めた木製のナイフを握り直し、深く息を吐く。
クラウス様が均等な位置に立ち、片手を上げた。
「配置ついたなー? じゃあ、始め!」
踏み込み、駆け出し、相手の頚動脈を狙って右手を振る。
軽く皮膚に触れる位置で脚を止め、慣性に振れる身体を押し留めた。
屈めた膝の下が、摩擦の音を立てる。
剣を構えたままの体勢だったギルベルト様が、ぎこちない動きでこちらへ顔を向ける。
窺えた表情は、青褪めて見えた。
慌てて添えたナイフを下げる。
「し、失礼いたしました! 今の、フライングだったのでしょうか!?」
「あ……いや……、……かも、な……」
「大変失礼いたしました!!」
う、うわあっ、恥ずかしい!
本気で走っちゃったから、途中で止まれなかったし!
クラウス様とリヒト殿下が苦笑いを浮かべているため、余計頬が火照る。
慌てて配置へ戻ろうとした僕のシャツを、後ろから掴まれた。
「な、なあお前、足速くないか?」
「まだアーリアさんに、勝てないんです……」
「上がいるのか!?」
「アーリアさんも、ヒルトンさんも、お強い方です。ハイネさんなんかは、アーリアさんと組まないと勝負になりませんし」
ハイネさんは、ヒルトンさんが笑顔になるくらい頼もしい。
時々訓練に付き合ってくれるけれど、単独で挑むと、簡単に吹き飛ばされて終わってしまう。
アーリアさんと組んで、ようやく打ち合いが成立するくらいだ。
それでもやっぱり運動量は僕たちの方が多いので、未だに一本も取れた試しがない。
アーリアさんの方が僕より素早く、攻撃の切れも鋭い。
彼女の容赦のなさが滲み出ている。
しかし体力は少なく、その点僕は持久力で勝っている。
けれどもどちらにせよ、僕たちは短期決戦型なので、長期戦には向いていない。
即座に急所を突く。これに限る。
ますます顔色を悪くさせたギルベルト様が、静かに口を開く。
だ、大丈夫かな……? お加減がよろしくないのかな……?
「見た目詐欺って、言われないか?」
「いえ、初めて言われました。あの、大丈夫ですか?」
「それで敵に塩を送ったつもりか!?」
「ごめんなさい!!」
脊髄反射のごめんなさいを叫んで、即座に配置へ戻る。
油断した。大きなお声にびっくりした!
元の場所へ戻ったところで、爽やかに苦笑するクラウス様が、再び片手を上げた。
「あー、じゃあ、仕切り直し? なのか。いくぞー、ギル頑張れよー」
「うるさいぞクラウス!!」
「ベルの本気の速度と、普通の速度の違いって、何だろうね?」
「体力温存じゃねぇんすか?」
始め! 放たれた合図に駆け出した。




