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03

 義姉が露店の花屋を覗き、真剣な表情で選ぶ。

 ひょこりと現れた殿下が「これ、ミュゼットに似合うと思う」と購入し、彼女の髪に白い花を添えた。

 真っ赤になって震える義姉を置き、けらけら笑った殿下が、他の花を買う。

 躊躇いもなく選ぶ様子に、こいつ即断するタイプだなとしみじみ思った。


 とりあえず、義姉が悪い男にたぶらかされている図にしか見えない。

 誰かこいつを取り締まってくれ。先行きが不安だ。


「……殿下、突然のたらし行為はやめてください」

「たらしてないよ? 似合うと思ったから、贈っただけで」

「素か」


 げんなり、ため息をついたクラウスが米神を押さえる。


 硬直している義姉は、アーリアに介抱されていた。

 身に覚えがないとばかりにきょとんとしている殿下は、小ぶりのひまわりを手にしている。

 可愛らしくリボンの巻かれたそれを持つ姿は、やはり王子殿下なのだと頷くほど整っていた。


 生花を買ったことで予定は早回し、そもそも、そういった手合いに免疫のない義姉の回復が追いつかない。


 図書館と美術館と植物園が残ってたんだけどなあ。

 呟いたクラウスが天を仰ぐ。

 時計塔の短針と長針は、出発から三時間の経過を物語っていた。

 ……行軍はやめよう。学園だけ見て帰ろう。

 彼へその旨を伝える。


「……ねえクラウス、郵便局だけ寄ってもいい?」

「手紙ならメッセンジャーが……」

「切手が見たいんだ」


 ね? 可愛さを盛り込んだ強請る顔に、ため息をついたクラウスが、渋々了承の意を吐く。

 嬉しそうに弾んだ笑顔を見せた殿下が、「ミュゼット、アーリア、行くよー」何の苦もなく呼んだ。

 義姉の1オクターブ高い返事を顧みてやってほしい……。





 郵便局はタレイア第三通りに面しており、多くの馬や馬車が止まっていた。


 先ほどいた広場から徒歩で来られるそこへ、帽子を深く被らされたリヒト殿下と、クラウスが先頭を歩く。

 何とか持ち直したらしい義姉はアーリアとともに後方を歩き、最後尾にハイネが続いた。


 赤レンガ造りの建物へ、踏み込んだ殿下をクラウスが押さえる。

 彼に代わりに、切手を求めて受付と話した。

 示されたケースを指差すクラウスへ、殿下が楽器の絵の描かれたものを指した。

 愛想の良い顔で、クラウスが切手を購入する。


「今の帽子の子、リヒト様に似てなかった?」

「まさか~」


 耳に届いた、係員の小声の応酬。

 つばを引き下げた殿下が、足早に戸口を目指す。

 ……目敏いな。やはりリヒト殿下の見目は目立つ。


 小走りで追いかけたところで、俯く殿下に誰かがぶつかるのが見えた。


「何処見て歩いてやがる!?」

「っ、すみません」


 捲くし立てられる怒声に、心中がひやりと温度を下げる。

 ――ここで問題を起こすわけにはいかない。

 しかし対向の強面の男は、昼間から酔っ払っているらしい。

 勢いのまま、殿下に掴みかからんとしている。

 クラウスが仲介しようと間に入るが、迂闊に殿下の名を呼べない。

 ハイネが男の腕を捻り上げた。


「いてててッ! てめぇ、何しやがる!?」

「前方不注意だ」

「ああ!? このガキが先に! ……んだ? こいつ、どっかで見たことあるぞ……?」


 郵便局の出入り口という人の多い場所で、ねめつけられた殿下が、必死に帽子を引き下げる。


 不味い。ただでさえ印象を持たれているのに、これ以上確定要素を落としてはいけない。

 周囲から注目を集め出した事実に、クラウスの表情があからさまに引きつった。


 …………くそッ、貸しだからな!!


「兄さん、何してるんだ。早く帰ろう?」

「へっ!? アル……」


 リヒト殿下の袖を引き、周囲に構わず口を開く。

 唖然としている殿下とクラウスへ、内心話を合わせろと眼光を強めた。


「母さんが待ってる。星祭りにパイが食べたいって言ったの、兄さんだろ?」

「あっ、うん、そうだったね」

「急ごう? 母さんの手伝いしなきゃ」

「待てやガキ!! いででででッ」


 殿下の手を引っ張り、足早に局を離れる。


 大衆の興味は、組み伏せられている男へ向かっているらしい。

 誰に追われることもなく、自己主張の激しい心臓を押さえて、おろおろと待機していた義姉等と合流した。


 後方で騒ぎを聞きつけた局員が駆け寄り、ハイネが酔っ払いを引き渡す。

 遅れてやってきた彼とその場を離れ、深々と詰めた息を吐き出した。


「助かった、アルバート!」

「貸しだ。高くつくぞ」


 鼻を鳴らして殿下から手を離すも、握り返されたそれが離れない。

 じと目で犯人を見遣る。

 輝かんばかりの碧い瞳とぶつかった。


「ありがとうっ、アルバート! ぼく、きみのお兄さんになれるように頑張るね!」

「ならんでいい! あれは演技だ!!」


 懸命に手を振り解こうとあがくも、中々離れない。

 更には「もう一回兄さんって呼んで!」と強請られる始末で、無理矢理馬車へ押し込むことで遮った。




 因みに義姉が購入したクッキーと生花は、一輪と一袋ずつ全員に手渡された。

 今日のお礼です、と差し出されたそれに、護衛のハイネが戸惑っていたことが個人的に面白かった。


 リヒト殿下の購入した花と切手は、予想通りベルナルドへ渡った。

 万年筆は、希望のものがなかったらしい。


 申し訳なさそうにするベルナルドへ、「お土産だよ~」と笑う殿下が、話題に僕のことを上げた。

 貸しを更に嵩増しにすると脅して、ようやくお喋りな口を封じることに成功した。


 本来の目的であったはずの学校見学だが、馬車内からの案内という、雑なものへ変更された。

 それでも義姉は「広いですね」「大きいですね」とはしゃいでいたので、まあ良かったのだろう。


 義姉と殿下から代わる代わる話を聞くベルナルドは、優しい顔をしている。

 音のない喉で笑う姿が、何故だか印象に焼きついた。

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