番外編:手ぐすね引いて待ってる
ぼくはベルナルドを気に入っている。
ちまっこい身体で懸命に給仕しようとする姿や、褒められて真っ赤になる様。
呼びかけたら、嬉しそうな笑顔で傍に来る仕草は微笑ましくて、ついつい小さな冗談を言って驚かせたくなる。
はじめはミュゼットよりも小さかったんだ。
そんな小さな子が木枯らしの吹く中、大人用の竹箒で庭を掃除しているものだから、手伝ってしまうのは真理だと思う。
最初こそ、にこにこ手伝わせてくれたけど、ぼくにそういう仕事を手伝わせてはいけないと教えられたらしい。
それからはダメの一点張りで、得意の顔で攻めてみても、ぶんぶん首を横に振って断られた。ちぇー。
本来ベルナルドは、使用人として雇用する年齢に大きく達していない。
ミュゼットの温情でコード家に在籍する彼は、勤勉だったため、こうして覚束なくとも仕事を与えられているらしい。
微笑ましいのは、皆同じなのだろう。
たまたま聞こえた使用人同士の雑談で、ベルナルドのことが話題に上がっていた。
彼はそこにいなくても、彼女等の空気を柔らかいものにしていた。
うちとは大違いだ。
ぼくは基本的に、人は他人の不幸の話を好むと思っている。
城で耳に入る噂話は、やれ不倫だ愛人だ。
誰が気に入らない、生意気だ。
他者の経営不振を嬉々として話すものばかり。
かと思えば、ぼくには耳障りの良い言葉しか吐かず、お決まりの文句しか口にしない。
上辺すら濁って見える。
こんな茶番で騙せると思われていることが、この上なく不快に感じた。
あーあ、ぼくもベルみたいな子欲しいな。
この淀んだ空気を清浄してくれるような子。
でもここの毒にやられて、その子まで淀みになっちゃうのは可哀想だから、やめてあげよう。
背丈がミュゼットと同じくらいになったベルは、かわし方を大人から学んだのか、切り替えしが上手になってきた。
手伝おうとしたぼくやミュゼットに、「三日分口利かない刑」を初めて宣言したときは、とても得意気だった。
実際に執行したときは、ぼくやミュゼットよりも堪えたらしい。
呼びかけると物凄く寂しそうな顔で振り向かれ、しょんぼりと落ち込んだ顔で給仕する。
カレンダーを見ては指折り数えてため息をつく姿なんて、込み上げてくる笑いを噛み殺すのに必死だった。
ミュゼットもミュゼットで甘いから、小さなメモ書きでベルナルドと文通していたらしい。
そのときの彼は、とても目を輝かせていたそうだ。
いいな、今度執行されたら、ぼくもやってみよう。
解禁日には、はなまるな笑顔で出迎えてくれたのだから、ぼくの中で自然と嫌な話題や不快な思いが消えた。
代わりにベルの好みそうな話を引き出しから引き摺り出して、彼に話して聞かせた。
ぼく、この子のお父さんになりたい。
抱っこして頬擦りしたい。
成長するに従って、ぼくやクラウスに対してちょっと雑な態度を取ることを覚えた。
そういうお年頃だろうか?
やたらと同い年を主張してくる。
けれども根本的に変わらない彼は、ぼくたちに親切だ。
多分もっとゴリ押せば、本当に彼のベッドで寝かせてくれたに違いない。
あと抱き着いたときに、洗剤ではない良いにおいがした。
後でアルバートとお揃いなんだと気づいた。
いいな、ぼくも欲しい。
きっとベルのベッドシーツも、このにおいなんだろう。彼は主人思いだ。
だからこそ、ミュゼットだいすきのベルナルドが、ミュゼット以外の傍仕えになるとは思わなかった。
うーん、誤算。
折角ミュゼットで、ベルを釣る作戦だったのに。
克服具合にもよるけれど、アルバートから彼を引き剥がすのは難しそうだ。
そうなると、領主になったアルバートの執事が、ベルってこと?
うわ、それ最悪領地から出てこないやつだ。それはやだなー……。
ぼくはベルを気に入っている。
彼といるだけで楽しい。
話すともっと楽しい。
きっと、ぼくを見ないミュゼットより好きだと思う。
ベルはミュゼット一筋だけど。主従の意味で。
勿論、ミュゼットのことは可愛いと思っている。
けれどもミュゼットはぼくを見ていない。
彼女の視線の先にいるのは、いつもクラウスだ。
クラウスはクラウスで、それに気づいていながら気づかないふりをしている。
彼は誰にでも優しい。全部誤魔化しているんだ。
仕方ない。この婚約は政略的なものだ。
それでも、やっぱりお互い良好な関係でいたいでしょう?
それに、きちんとした思惑もある。
ぼくの護衛はクラウスだ。
これは幼少の頃より決まっている。
ぼくの奥さんはミュゼットになり、彼女の傍仕えとして、アーリア、ベルナルドが来ると予想していた。
こうすれば、せめて周囲だけは薄汚い嘘がなくなる。
しかしここで誤算が。
ぼくが最も引き抜きたかったベルが、次期公爵家当主の傍仕えになってしまった。
どうやったら彼をこちら側へ引き摺り込めるだろうか?
アルバートのことを思うと、迂闊に勧誘も出来ない。
うーん、困ったなあ。
……時間はまだまだあるし、もう少し考えよう。




