表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/224

05

「やあランドルフ! 久しぶりだな」


 騎士団本部にある、団長室を開け放ったサマビオン・コードが、飛び切りの笑顔で入室する。


 対する執務机に座るランドルフ・アリヤは、その険しい眉間に更に皺を寄せ、重々しいため息をついた。

 机に肘を突いた彼が指を組み、じっとりとした目を客人へ向ける。


「……コード卿、本日は突然の呼び出しにお応えいただき、誠に感謝する」

「相変わらず君は堅苦しいな。その眼鏡似合ってるよ」


 自身の目許を指差したサマビオンが、勝手知ったる調子で来客用のソファに腰を降ろす。

 疲れたようにため息をついたランドルフが、重厚な椅子から立ち上がった。


「勝手な行いは慎んでもらいたい」

「様式の簡略化だよ。君と私の仲だ。流石に相手は選んでいる」

「公爵殿は御多忙なようで」

「ははは、君もだろう」


 対面のソファへ腰を下ろしたランドルフに、サマビオンが皮肉を返す。

 彼等の元に、制服をきっちりと着込んだ女性が茶器を置き、静かに頭を下げて退室する。

 短く礼を告げた客人が、カップを手に取った。


「それで、用件は?」

「悪いが相談だ。まずはこれに目を通してもらいたい」

「……部外者が内部情報に触れても良いのかい?」

「情報を規制している弁明だ。君の目から見て、意見を聞きたい」

「……わかった」


 自身の膝で肘をつき、組んだ手に顎を乗せるランドルフの表情は重い。

 サマビオンが慣れた調子で資料を捲った。


 無言の室内は紙が擦れる音以外、秒針の刻む音しかしない。

 部屋の外から聞こえる団員の喧騒が、微かに届いた。


 末尾の書類を見終わり、サマビオンが深く息をつく。

 手放した紙の束を卓上に、目頭を揉んだ彼は苦渋の顔をしていた。


「興味深い創作だったよ」

「事実だ」

「全く酷い話だな。夢に見そうだ」


 再度ため息をついたサマビオンが、一口紅茶を口に含む。

 それでも気分悪そうに眉間に皺を寄せていた。


「ランドルフ、君はこれをどう見ている?」

「『対立の子どもたち』の仕業だと考えている」

「まあ、もう『子ども』という年齢でもないがね。私もそう思う」

「では」

「調べる価値はあるだろう。しかし相手はここまで生き残った賢い子だ。心理テストなんて当てにならない」


 眼鏡の奥を光らせたランドルフの言葉を遮り、脚を組んだサマビオンが首を横に振る。


「それよりも、模倣者を出さないことだが……随分と自警団と揉めているそうだな」

「唯一の生き残りを危険な目に合わせたくないからな。……それが民衆の不興を買っているが」


 情報が流出すればするほど、敵対者にこちらの手の内が透けてしまう。

 特に今回救助した人命は、10やそこらの幼い子どもだ。


 またこの時勢、その手の病院というものは、一度入ると異常者の烙印を押されてしまう。

 未来ある子どもに、その成績表は重過ぎる。


 しかし情報を開示しなければ、憶測は加速するもの。

 騎士団のみが情報を掌握している現状も、自警団にとっては面白くない。

 民衆の意識も、騎士団は国を王家を守るもの、自警団は街を守るものと見られている。

 管轄違いだと不満は受けているが、街も国も住んでいるものは同じ国民だ。

 それもまた、ランドルフの頭痛の種だった。


「その生き残りの子だが、今どうしている?」

「我が家で様子を見ている」

「君はここで缶詰だから、実質面倒を見ているのはクラウスくんと使用人たちか」

「………」


 眼鏡越しの目付きの悪い顔が、図星とばかりにサマビオンへ向けられる。

 考えるように顎へ手を当てた公爵が、外見だけは整った笑みを浮かべた。


「私の妻と、使用人のベルナルド、それから息子のアルバートを向かわせよう」

「正気か?」

「それで持ち直さないようなら、残念だがその子には病院へ入ってもらおう。元々素人の仕事ではない」

「…………」

「ランドルフ。君の気持ちはわかる。だからこそ、使えるものは使うべきだ」


 深い声に諭され、ランドルフが重たいため息とともに瞼を下ろす。

「わかった」微かな答えだった。サマビオンが続ける。


「自警団への話だが、そういった情勢に詳しい人はいないのかい?」

「当たってみよう。……お前のおかげで視野が開けた。礼を言おう」

「報酬期待しているよ」

「……わかった」


 ため息と共に立ち上がったランドルフが肩を伸ばし、機密文書を抱える。

 お茶を飲み干したサマビオンが「ごちそうさま」席を立った。

 扉を上げる騎士団長へ、「見送りご苦労」口角を持ち上げる。


「クラウスくんの誕生会がなくて、娘が寂しがっていたよ」

「そうか。……すまないな」

「来年期待している」


 片手を上げたサマビオンが扉の向こうへ消える。

 一人きりになった部屋で改めて息をつき、ランドルフが自警団の名簿を手に取った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ