表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
163/224

04

 フロラスタ公爵家の令嬢ローゼリア様は、従者を四人連れている。

 ノアさん、アイザックさん、エドさん、マシューさんだ。


 このうち僕が接点を持っているのは、リーダーのノアさんと、ノアさんの同室者であるアイザックさん。

 ふたりの説明いわく、彼等従者は穏健派らしい。

 フロラスタ家はコード家を目の敵にしている節があり、お嬢さまも旦那様もお困りになられている。


 正直に述べるならば、ノアさんたちと協力関係を結んではいるが、僕は彼等を信用してはいない。

 ……悪い人たちじゃないことは、わかるんだけど……。


 彼等の共通項を挙げるとすれば、みんな金髪だ。

 濃淡と色合いの差はあるけど、全員金髪だ。

 そしてフロラスタ様はリヒト殿下を狙っている。金髪だ。

 フロラスタ様ご自身も金髪だ。


 黒髪である僕に付き纏う理由がわからない。

 もっとご自身のポリシーを貫き通してほしい!



 ノアさんのお部屋の扉を数度叩く。

 ひょこり、顔を覗かせたのはアイザックさんだった。

 ぱっと人好きの笑みが浮かべられる。


「ベルナルド! 無事で何よりだ!」


 両手を握られ、ぶんぶん上下に振られる。

 ……お仕事中のアイザックさんは能面のような顔をしているけれど、本来はとても感受性が豊かな人らしい。


「アイザック。中に入れてやれ」

「ああ、悪いわるい!」


 奥からノアさんの声がし、アイザックさんが部屋へ招き入れてくれる。

 使用人用のふたり部屋は、貴族用の部屋に比べて質素だ。


 ベッドに座っていたノアさんが本を置き、立ち上がる。

 柔和に目許が緩められた。


「おかえり。怪我はないか?」

「……ありがとうございます。問題ありません」

「上が無礼を働いた。すまなかった」


 ぴしりと綺麗な礼をされ、慌ててしまう。

 謝罪するべきはノアさんではない。


 おろおろしてしまう心境で、顔を上げてほしいとお願いする。

 憂いある整った顔がやんわりと微笑むのだから、この世界は美人しか住めない設計が施されているのだと、改めて実感した。


「茶を淹れてくる。適当にくつろいでいてくれ」

「いえ! お構いなく」

「茶なら、俺が淹れてくるぜ。ノアには敵わねーけど!」


 扉を抜けようとしたノアさんを遮り、アイザックさんが片目を閉じる。

「待ってろ~!」部屋を出て行ってしまったムードメーカーへ、空しく伸ばした手が余計に物悲しさを感じさせた。


 振り返ったノアさんと距離感が測れず、身体がぶつかる。

 かしゃん、何かが落ちる音がした。


「あ」

「!?」


 質素な木目の床に落ちた、赤い石のペンダント。

 さっと血の気が引いた。

 ノアさんが屈む前に慌てて拾い上げ、ポケットに仕舞う。


 ど、どうしよう! リヒト殿下にお返しするの、すっかり忘れてた!!


「……それ」

「い、いけない! 今日こそちゃんとお返ししなきゃ! 国の処刑方法一覧って、どこで調べられるのかな!? どれで処されるのかな!?」

「……落ち着け。大丈夫だ」


 腰を屈めたノアさんに、緩く頭を撫でられる。

 見上げた顔は、少しばかり呆れたものに見えた。


「ひとまず、床ではない場所に座れ」

「はい……」


 誘導されるまま、ベッドに腰を下ろす。

 ああああ、お嬢さまの花嫁姿を見るまでは死ねない……!


「アイザックが戻ってくる前に、契約の話をしたい。可能か?」

「あっ、はい! 大丈夫です。すみません、取り乱しました」


 そうだった。その話をしに来たんだ。

 ノアさんの切り口に、こくこくと頷く。

 彼が言葉を続けた。


「条件は達成された。このまま協力関係を終了してもいいが、きみはどうしたい?」

「……次の条件があるんですね」

「協力関係を継続するなら、俺たちはこれまで通り、きみを守り抜こう」

「条件次第です」


 潜められた声音は、扉や壁越しの音を微かに聞こえさせた。

 誰かの話し声や談笑とは程遠い交渉内容に、膝に置いた手を固く握る。

 隣に座ったノアさんが、こちらを覗き込んだ。

 紫苑色の目が、瞬きの度に長い睫毛を被る。


「一日に一度、長くて三日に一度。上と遭遇してほしい」

「……何故。僕があの方と遭遇すれば、あなた方は体罰を加えられます」

「きみは俺の指示に従ってくれればいい」


 ノアさんは全体的に温和で憂いのある雰囲気だけれど、結構威圧感がある。

 彼は僕にフロラスタ様と会えと言っているけれど、それが一体何の得になるのだろう?

 ……被虐趣味? え、まさかまさか。


「僕からもお願い、よろしいでしょうか?」

「何だ?」

「フロラスタ家の内部情報について、教えてください」


 交渉は不得手だ。

 真正面から切り込んだ要望に、ノアさんがはたりと瞬きする。

 彼が笑い出した。

 おかしそうに、上品な仕草で口許に手が当てられる。


「きみに、それに見合う対価が出せるのか?」

「……僕に出来ることならば」

「交渉に自身を安売りしてはいけない。きみに与えられたカードをよく見るんだ」


 立ち上がったノアさんが腰を屈める。

 耳の傍に口が寄せられた。


「きみが思っているほど、俺は『いい人』ではない。きみが俺を信用していないように、俺もきみを信用していない」

「では何故、僕を選んだんですか」

「きみが一番『都合のいい人』だからだ」


 そんなの言葉遊びだ。

 頭脳戦と心理戦を強いられても困る。

 僕はどちらかといえば、実技的な戦闘の方が得意だ。

 ……脳筋っていわないで。


 体勢を戻したノアさんが、にこりと微笑む。

 憂いを感じる儚げな笑みだ。


「忘れものがあるのだろう? 届けに行ってはどうだ?」

「ッ!! そ、そうでした! 失礼します!!」

「返事は後ほど、改めて聞く」


 慌ててお辞儀をして、部屋を飛び出す。

 ぶつかりそうになった人物が、「おっと」身軽に避けた。


「ご、ごめんなさい!」

「あれ!? ベルナルド、もう戻るのか!?」

「すみませんっ、お茶、また今度で……!」

「ノア、お前なんかしたのか!?」

「していない」


 お盆を携えたアイザックさんが、狼狽したようにノアさんへ詰め寄っている。

 ご、ごめんなさい! 今思い出したうちに、リヒト殿下へペンダントを返さないといけないんです!

 紛失が一番こわいんです!!


 後ろを振り返らずに、最上階を目指して急いだ。




 *


「ごめんなさい、リヒト殿下!!」

「なにが!?」


 2階から9階までの階段を駆け上り、息が切れたまま殿下の執務室を開ける。

 びくりと肩を跳ねさせた雇用主が、困惑のお顔でこちらを振り返った。


 本棚の前で資料を漁っていたらしい、彼の元まで向かう。

 ううっ、肩で息してる。しんどい……。

 やっぱりちょっと体力落ちてる……。


「ペンダント! 殿下のペンダント、すっかり返すの忘れていました!」

「……ああ、別にいいのに」

「よくありませんよ!? 僕には分不相応です!」


 苦笑を浮かべたリヒト殿下の前で、ポケットから赤い石のペンダントを取り出す。


 ひとつ。坊っちゃんが包んでくださった、白いハンカチの塊。

 もうひとつ。先程拾い上げた、ペンダントチェーンのついている赤い石。


 ……え?


 さっと青褪め、くるりと殿下から身体を背ける。

 ハンカチを解いてみた。

 ……中から、ペンダントトップだけの赤い石が出てきた。

 裏返してみる。台座には天使のレリーフが彫られていた。

 

僕は対立戦で、このペンダントのチェーンを壊した。


 ……恐る恐る、拾った方をひっくり返してみる。

 ……天使のレリーフがあるんですけどぉ?


「ベル、どうしたの?」

「い、いえ! 何でもありません!!」


 慌ててハンカチとチェーンのついたペンダントをポケットに仕舞い、リヒト殿下へリヒト殿下のペンダントをお返しする。

 指先で受け取られた彼が、確認するかのように表へ裏へ赤い石を返した。

 ……うう、心音が激しい……。


「ねえ、ベル。もうひとつのはどうしたの?」

「え!? えぇっ、……な、なんのお話でしょう……?」

「あれ、惚けるんだ。ふぅん?」


 にこにこ、いっそ嘘くさいほどの明るい笑顔を見せられ、冷や汗と動悸に苦しめられる。

 一歩後ろへ下がり、懸命に目を逸らせた。


「僕にはさっぱり、何のお話なのか……」

「チェーンのついている方」

「……ああ! リヒト殿下、僕が破損してしまったペンダントチェーン、弁償いたしますので今度細工師の方に」

「ベル、見せて」

「ハンカチしかございません……!!」

「見せて」


 真顔で詰め寄られ、泣きたい心地が加速する。


 恐る恐るハンカチを取り出し、差し出した。

 殿下の目が一層冷ややかになる。


「……誰を庇っているの?」

「誰も」

「脅されてる?」

「いいえ」

「誰のもの?」

「存じ上げません」

「持っていることは認めるんだね」

「……あの、この問答、やめませんか?」


 胸の前で手を広げ、心理的にも物理的にも距離を置く。

 にこり、リヒト殿下が微笑んだ。


「教えてくれたらいいのに」

「殿下の元へ先にペンダントをお届けに上がったので、これより坊っちゃんのお部屋に戻ります! 殿下、また後ほど!」

「うん。またあとでね」


 ひらひらと手を振るリヒト殿下へ礼をし、急ぎ足でお部屋を出る。


 最上階の廊下には、見張りのおじさんしかいない。

 そっと死角に隠れ、ポケットから件のペンダントを引っ張り出した。


 傷ひとつない赤い石に、天使のレリーフの彫られた台座。

 金古美のチェーンのかかったそれは、全体的にアンティーク調だ。


 ……これ、落としたの、ノアさんだよね……?


 ペンダントを落としたときにぶつかった人物を思い返しながら、途方に暮れる。

 言われてみれば、ノアさんは何処となくリヒト殿下に似ている気がする。


 ……あ。あれだ、ゲーム本来の、儚いタイプのリヒト殿下に似ているんだ。

 いや、でも、ええ……? これってどういうことなんだろう?

 何で王家のペンダントを持ってる人が、貴族の従者なんかしてるんだろう!?


 丁重にハンカチにペンダントを包み、ポケットへ戻す。

 ……知恵熱出そう。

 僕もう、脳筋キャラでいいや……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ