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02

 突然のパレードもどきに巻き込まれ、坊っちゃんが人酔いされた。

 報告も終えて、今日は寮へ帰るだけなので、談話室を借りて休憩することになった。


 リズリット様が坊っちゃんのお背中を擦り、アーリアさんが濡れたタオルを差し出す。

 顔色のよろしくない坊っちゃんへお茶をお渡しし、いつもの面々の前へもお茶を配置した。


 何やらずっと考え込んでいる様子だったエンドウさんが、ぱんっと手を叩く。

 みんなの視線がそちらを向いた。


「思い出した! 領主さんだ!」

「如何されましたか?」


 ひとりこくこく頷くエンドウさんに、首を傾げる。

 お嬢さまもリヒト殿下も不思議そうで、クラウス様もきょとんとされていた。

 エンドウさんの若葉色の目が瞬き、人差し指が立てられる。


「ほら、あれだ! フロランタン? っつー公爵さんと、領主さんが仲良かったんだよ」

「フロラスタ様、でしょうか?」

「それだそれだ!」


 肯定されたお名前に、クラウス様が窓の外へ視線を滑らせる。

 僕も索敵を行い、周囲に人がいないことを確認した。

 授業中である現在は、静かなこともあってか音が遠い。


「エンドウのところの領主?」

「コールダーっていう、男爵さんだ」

「コールダー卿ね。ミュゼット、アルバート、なにか知ってる?」


 リヒト殿下が首を傾げ、お嬢さまと坊っちゃんへお話を振る。

 お嬢さまは目を伏せられた。


「いえ、あまりお名前はお聞きしませんわ」

「男爵家の割りに、妙に羽振りがいいそうだ」

「アルくん、どうしてそんなに詳しいの? おじさんコレクションしてるの? あでっ」

「蹴るぞ」

「もう蹴ってる!!」


 坊っちゃんの傍らで、リズリット様が蹲って脚を擦っている。

 ……僕、リズリット様のそういう素直なところ、ガッツがあっていいと思いますよ!


 苦笑を浮かべたリヒト殿下が、エンドウさんへ視線を戻す。


「コールダー家とフロラスタ家? あんまり接点なさそうだけど、どうしてエンドウが知っているのか聞いてもいい?」

「あー……。構わねぇが、ちっと長くなるし、俺語りになるぜ?」

「うん、どうぞ」


 促されたエンドウさんが、お茶を片手に壁へ凭れ直す。

 いつも快活な笑みを浮かべているお顔が、微苦笑に歪められた。


「まず、な。俺にも幼女時代があったってところからだな」



 ――今でこそ『サヤ・エンドウ』なんてふざけた名前のおっさんしてるけどよ、俺にも『リリス』って名前の幼女時代があったんだ。

 まあ、俺はその辺全く関知してねぇんだがな。

 ややこしいから、俺ことエンドウをおっさん。幼女を嬢ちゃんっていうぜ。


 手っ取り早く説明すると、嬢ちゃんはロリコンに襲われた。

 んでもって、お袋さんはそのときに殺されかけた。

 ああ、お袋さんは今でも元気にしてるぜ。

 その辺は平気だ。


 こんときからな、おっさん、ミラクルパワーで嬢ちゃんの身体にいるんだわ。

 よくわかんねーだろ? 俺にもよくわからん。

 なんだ、あれ。多重人格っつーのか?

 嬢ちゃんが奥底で泣いてんのはわかんだが、おっさんどうすることもできなくてなあ。

 おっさんにもおっさんで、おっさんの記憶があるんだわ。

 よくわかんねーだろ? 俺もびっくりしてんだわ。


 まあこんな感じで、おっさんがロリコンを物理的にぶっ飛ばして、お袋さんは守られましたと。


 問題はここからでな。

 この事件のあと、何でかコールダーの領主さんがうちに来たんだ。

 俺もお袋さんも平民の生まれだぜ?

 お貴族さんと関わることなんざ、これまで一度もなかったんだがな。


 用件は、『リリス』が天涯孤独になったと聞いたから、憐れんだ領主さんが引き取りに来たって内容だったわ。

 ひでぇだろ? お袋さん、まだ生きてんのによ。

 死んだってことになってんだわ。


 そのときには俺も長かった髪を切って、今のおっさん状態になっててな。

 まあ、一見すると『リリス』ってわかんねえ。


 領主さんに『リリス』の所在を聞かれたんだが、きな臭ぇんで、死んだってことにしたんだ。

 そしたらやっこさん、真っ青になって慌て出してなあ。

 フロナントカの公爵さんがどうとか、契約違反がなんだとか、あとなんだ。

 ああ! 殿下の婚約者がどーのこーのってのも言っていたな!


 当時は俺も混乱してたからな。

 曖昧な部分も多いが、こんときにゃ俺の魔術も攻撃型でな。

 俺を替え玉にもできずに、すごすごとお帰りなさった。



「つーようなことをな、この間の対立戦で思い出したんだわ」


 さっぱりとした清々しい笑顔で締め括ったエンドウさんに、各々が呆気に取られる。

 常々不思議だったけど、まさかエンドウさんにそんな重たい話があったなんて想定していなかったよ!?

 あと、自分で自分の名前をふざけてるって言ってしまうんだ!?


 お嬢さまが青褪めたお顔で、口許にお手を当てていらっしゃる。

 狼狽しているクラウス様が、静かに挙手した。


「質問。え? お前、女?」

「っしゃ!! やっぱおっさんの男装技術は、そこそこのもんだった!」


 勇ましく拳を作ったエンドウさんが、男らしい声でガッツポーズを取る。

 僕の目には、どう頑張っても『ちょっと小柄な男の子』にしか映らない。

 クラウス様に同意します。


「クラウス、見る目なーい。エンドウさん、何処からどう見ても女の子なのにー」

「リズリットだけじゃないかな、そう感じるの……」

「えー?」


 椅子に座らずテーブルへ伏せたリズリット様が、不本意そうなお声を出す。

 にこにこと機嫌良さそうなエンドウさんが、手許の紅茶を飲み干した。

 テーブルに茶器が戻される。


「ははっ! 触ってみるかい? 潰さんでもいいくらいにはねぇぞ」

「罰せられるの、加害者なんだぜ?」

「わりぃわりぃ」


 けらけら笑うエンドウさんが、腰に片手を当てる。

 適度に着崩された男子制服と、にんまりとした笑顔。

 緩められたネクタイとシャツから覗く首筋は確かに細めだけど、いや、だけど。だけど……!!


「ええと、つまり、エンドウはコールダー家の差し金によって、お母さんを殺されかけて誘拐されかけた……と」

「多分な。違約金がどうのってぇガタガタ言ってたからなあ」


 リヒト殿下の確認に、こくりと桃色の髪が揺れる。

 殿下が顎に手を添えた。


「年齢を考えると、『殿下』ってぼくのことだよね。婚約者がミュゼットに決まったのが6歳のときだから、そのくらいのときかな?」

「幼女も幼女じゃねぇか……」


 クラウス様がげんなりとしたお顔をされる。

 お嬢さまが神妙なご様子で俯かれてしまったのが、気掛かりだ。

 そっとお傍へ寄って、お顔色をお伺いする。

 小さく首を横へ振られ、微かに微笑まれた。


「……その、ごめんね、エンドウ」

「謝りなさんな。お前さんにどうこう出来た問題じゃねぇよ」


 恐らく胸中で自己否定を繰り返しているのだろう、申し訳なさそうなリヒト殿下に、エンドウさんがひらひらと手を振る。

 あっけらかんとした態度は、とてもさっぱりしていた。


「でも、フロラスタ家にはローゼリアもいるのに、なんでわざわざエンドウを浚ってこようとしたんだろう……」


 訝しいと考え込むリヒト殿下に、はたとエンドウさんの属性を思い返す。

 思いつきを口に乗せた。


「エンドウさんは、元々光の安息型でしたよね?」

「おう。……そういやお袋さんから、無闇に術のことを喋るなって言われてたな」

「賢明だね。安息型は希少だから、トラブルに巻き込まれやすいんだ」

「ベル……」

「やめてください……こっち見ないでください……!」


 クラウス様からの憐れみの目が痛い。

 リズリット様の隣に屈んで、テーブルの影に隠れた。


 ううっ、そんな特性があるなら、もっとしっかり教わりたかったです……。

 リズリット様からよしよし頭を撫でられる。

 いじけながら続きを口にした。


「……リヒト殿下は光の攻撃型です。お嬢さまは風の安息型。そしてエンドウさんが光の安息型でしたら、周囲は殿下のご婚約者様に、エンドウさんを勧めるのではないでしょうか?」

「あー、そうだねー」

「おおうっ、おっさんそんな危ねぇ橋にいたのか?」


 遠い目をしたリヒト殿下と、口許を引きつらせたエンドウさんが「危なかったなあ、兄ちゃん!」「捕まっていたら、お妃様だったよ?」「やめろやめろ。おっさんをどうするつもりだ!?」軽口を叩き合う。

 ふと、これまで沈黙していた坊っちゃんが、思案気にお口を開かれた。

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