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04

 フェリクス教官に相談すると言った。

 彼はやはり教官と呼ばれるだけあり、武器や戦闘について、豊富な知識を有していた。


 武器屋さんの場所も教えてもらえた。

 坊っちゃんとお伺いしますと、笑顔でお礼を告げた。


 けれども、何だろうか。その……。

 フェリクス教官が同行するとは、思いもしなかったんです……。



 茜差す日除けのテントの下を、顔に大きな傷のある男と、白髪の優男が潜る。

「ベルくーん、アルくーん! はやくおいでよー!」白髪の彼が、笑顔で両手を振っている。


 ……どうしてこうなったんだろうなあ?


「……坊っちゃん。僕たち、フェリクス教官と放課後デートしてますね……」

「帰りにパフェでも食らって来い」

「遠慮します……」

「はははっ! 大所帯なデートだねぇ」


 明るく笑うエンドウさんが、僕の背を押す。


 ……そう、教官と相談している最中にエンドウさんが通りかかり、「楽しそうじゃねぇか。おっさんも寄っていいかい?」と話しかけられ、「ベルくんとアルくんが行くなら、俺も行くー!」とリズリット様が元気に手を上げられ、学園一の問題児が武器庫へ行くなどと聞いてしまったがばかりに、同行を余儀なくされたリズリット様のクラス担任がお使いメンバーに加わった。

 という流れだ。


 興味津々とばかりに、あちこち見て回るリズリット様を、フェリクス教官が監視している。

 はへー、隣でエンドウさんがため息をついた。


「男のロマンだねぇ……」

「エンドウさんは、こういうのお好きですか?」

「おう。血潮が滾る」

「た、滾りますか、そうですか……っ」


 好戦的な顔で頷かれ、ますますエンドウさんの性別がわからなくなる。

 きょろきょろと辺りを見回す坊っちゃんの後ろに続いた。


 壁一面に貼り付けられた、長剣とか斧とか弓とか、あからさまな武器群に尻込みしてしまう。

 物々しい……。


 僕が扱うようなナイフは、棚に並べられていた。

 廉価のものは、無造作に箱に収められているらしい。


 坊っちゃんがお求めのロッドやメイスについては、店頭に並べられていなかったらしい。

 フェリクス教官が、お店の厳しいおじさんに話しかける。

 おじさんの野太い声が店の奥へと放たれた。


「今用意出来るのは、これだ」


 がらがら、テーブルに並べられた棒状の武器たちを見下ろし、坊っちゃんのご様子を窺う。

 困惑しているらしいお姿に、ひとつのロッドを手に取った。


「坊っちゃん、見てください。鳥さんですよ~」

「……鳥か? それは鳥なのか?」


 棒の先に引っ付いた、くちばしのような、ひよこ饅頭のような物体を指差し、にこにこと微笑む。

 怪訝そうな坊っちゃんはまじまじと鳥を見詰め、眉間に皺を寄せていた。


「この鳥さんの部分が頭蓋にめり込むのかと思うと、惨いですよね……」

「お前の突然の猟奇的な発言に、僕は惨さを感じている」

「そういうお話をするための武器屋さんでしょう?」

「先ほどまでの、大柄な武器に怯えていたお前は、何処へ消えたんだ?」

「お、怯えていたわけではありません! ああいう物々しいものの対処法を考えていたんです!」

「……そうか」


 ため息をついた坊っちゃんが、ひとつのロッドに手を伸ばす。

 一掴みほどの太さのそれを、手の中で軽く弾ませていた。


「アルくん、これは?」

「……重い」

「アルくん非力……ごめんなさいっ」


 坊っちゃんの黄橙色の目に睨まれ、リズリット様が即座に謝罪を叫ぶ。

 けらけら笑うエンドウさんが、人を殺せそうなメイスを手にした。……こわい。


「モーニングスターだったか?」

「棒の先がお星さま? 魔法少女に謝ってください」

「お、おう?」


 ぱしぱしと、エンドウさんが瞬きを繰り返す。


 埒の明かない僕たちに、フェリクス教官がため息をついた。

 てきぱきと武器を仕分ける。


 選び抜かれた軽くて素早く振れそうな武器たちに、坊っちゃんがなるほど、といったお顔をされた。


「かっる! うっかり手滑らせて、何処かに飛ばしちゃいそう……」

「ある種の投擲とうてき武器ですよね。頭蓋陥没を目指すか、内臓破裂を目指すか、長さがあった方が遠心力かかりますよね~」

「ベルナルド。次に猟奇的なことを口走ってみろ。買ったものをお前の口に詰め込むからな」

「こわい……」


 得意分野の話題ににこにこしていたのに、坊っちゃんからの圧に肩を落とす。


「だめだよ、ベルくん。見た目のイメージって大切なんだから」

「そうだぜ。お前さん、もっとこう……プリンのブランコとか言ってる方が似合ってるぜ」

「僕のイメージ!?」


 大体、プリンのブランコって何ですか!?

 安定感なさそうですね!?


 みんなからのあんまりな謂れに、両手で顔を覆う。

 フェリクス教官が頭痛に耐える顔でため息をついた。


 結局坊っちゃんは最初に僕が指した、ひよこ饅頭のようなくちばしのようなロッドを手にされた。

 長さ60センチほどの華奢な柄が、坊っちゃんの繊細な見た目と印象が合致している。

 見た目のイメージって大切だ。


 お店の人に、コード邸への支払い手続きを済ませ、控えを受け取る。


 隣で店員さんと二言三言話したフェリクス教官が、奥から運ばれてきた刀を手に取った。

 きょとんと瞬いたエンドウさんが、興味深そうに覗き込む。


「先生さん、刀ぁ使うんだな」

「ああ」

「この国では多いのかい?」

「いや。滅多にいない」

「俺もフェリクス教官が使ってるのしか、見たことないよー」

「ほーん」


 鞘から刀身を覗かせ、鋭く目を滑らせた教官が鍔を鳴らす。

 ロッドとメイスの片付けられた卓上に刀を置き、隣に並べられた小刀を手に取った。


「……。オレンジバレー」

「はい?」

「やる」

「はい!?」


 同じように刀身を見詰めた教官がそれを閉じ、徐にこちらへそれを差し出した。

 慌てて受け取るも、急な展開についていけない。

 おろおろする僕へ、いつでも仏頂面なフェリクス教官が、珍しい笑みを向けた。


「懐刀だ。無銘だが、悪くない。手入れの仕方は追って伝える」

「いえっ、ですが! いただくのは、申し訳ないので……」

「俺の趣味だ」

「どのようなご趣味ですか!?」

「刀の布教」


 エンドウさんの方を向いたフェリクス教官が、「いるか?」端的に尋ねる。

「俺にドスははえぇっすわ」笑み混じりにエンドウさんが答えた。


「フェリクス教官、だめー! ベルくんはだめー!!」

「はあ?」

「教官と放課後デートでプレゼントもらって、今絶対ベルくんときめいたから! 教え子に手出しちゃだめー!! ベルくんはだめー!!」

「お前は何を喚いているんだ?」

「ときめくアイテムが物騒ですね……?」

「これでベルくんがフェリクス教官のお嫁さんになったら、俺、教官の家に火放つからね!!」

「やめろ」


 購入手続きを終えたフェリクス教官が、僕に抱き着き、だめだめ訴えるリズリット様に拳骨を降らす。

 暴力反対ぃっ!! 叫んだ彼にお腹を締められた。

 ううっ、今日は一段と情緒不安定ですね、リズリット様……。


「教官、ありがとうございます」

「いや、悪い。寝た子を起こした」

「大きな男の子ですね……」

「ベルくん、何処にも行かないで! ずっといて!!」

「行きません。お婿にもお嫁にも行かないので、あ、苦しい。それ以上はさすがに苦しいですリズリット様。新しい拷問ですか? 苦しいです苦しいで、ぎぶぎぶぎぶぎぐえっ」

「兄ちゃんしっかりしろぉ!!」


 お腹を圧迫する腕力に負けて、吐き気とともに、ふっと意識が遠ざかる。

 薄れた視界に桃色の髪が映り、肩を揺すられた。

 あ、だめかも。


「……リズリット。記念すべき一打撃目を食らいたいか?」

「ご、ごめんね……もう正気に戻ったから……!」


 坊っちゃんが構えたおにゅーのロッドに、びくりと身体を震わせたリズリット様が僕のお腹を解放する。


 激しく咳き込んだ僕をフェリクス教官が背負い、お店の人に何度も謝罪をしてから学園へ戻った。


 そして僕はしばらく保健室のベッドに寝かされた。

 うええっ、リズリット様、見た目は細身なのになあ……。

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