要塞攻略に向けて
【Web版完結】フェアリー・バレット
新作も投稿しましたので、そちらも楽しんでいただけたら幸いです。
要塞攻略に向けて準備が進められる遊撃艦隊は、総司令部から届けられた補給物資を受け取っていた。
補給部隊が遊撃艦隊の航路上に先回りしていたおかげで、スムーズに合流が果たせていた。
格納庫ではモリーが届いた補給物資に驚いている。
「これから目的地に向かおうって時に、補給物資が届くなんて変な感じだね」
モリーからすれば、都合が良すぎるらしい。
「味方があちこちに展開しているからね。補給物資も本当ならそっちに回す予定だった物を、強引にこっちに流した感じだと思うよ」
対外戦で恒星系内に味方が大規模に展開しているため、総司令部が調整し、補給物資をかき集めて派遣してくれた結果だった。
「総司令部も無茶をするよね。それ、取り上げられた人たちが怒るよね?」
補給物資が届けられなかった艦隊は憤慨ものだろう。
「かもね。でも、あたしたちに無茶をさせているって思ったんじゃないのかな?」
要塞攻略に巻き込まれた遊撃艦隊のために、せめて補給物資くらいは用意してやろうという総司令部の計らいだと、エマは思っておくことにした。
総司令部の本音など知らないし、想像でしかないのだが。
エマは格納庫内に視線を巡らせる。
並んだラクーンたちには、各部に武器がこれでもかと積み込まれていた。
明らかに積載過多。
ダグやラリーのラクーンにはオマケに大盾が装備され、本来の性能を発揮できるか怪しい。
重武装のラクーンを見たラリーとダグは、喧嘩一歩手前の言い合いを行っている。
「こんな重すぎる機体で要塞に突撃とか絶対に無茶だって! もっと機動力を上げられる装備に換装した方がいいって!」
「多少機動力を上げたところで撃ち落とされるに決まっているだろうが! こうなったらやるしかないんだから腹をくくるんだよ!」
「ヤだよ。絶対死ぬって!」
ギャーギャーと騒いでいる二人に対して呆れたエマが、床を蹴って飛び上がると二人のもとに向かった。
「大丈夫ですよ、ラリー准尉」
「隊長?」
「あたしが必ず突破口を開きますから、アタランテの背中を追ってくれれば要塞まで送り届けますから」
エマの言葉を聞いて、ラリーは一瞬声を詰まらせ――そして気付く。
「いや、要塞に着いた後はどうするのさ!?」
「そこからは――」
エマが答えようとすると、補給物資と一緒に届けられた部隊の隊員がこちらに近付いて代弁してくれる。
「――そこからは我々の仕事になりますね。お久しぶりです、大尉殿。新米の頃と比べて、随分と頼り甲斐が出ましたね」
陸戦隊が使用するパワードスーツを着用した女性軍人が、ヘルメットを脱いで敬礼を行う。
ラリーは彼女のパワードスーツの色が、黒である事から所属に気が付いた。
彼女のパワードスーツの形には、同じマークが幾つも描かれている。それらは古代の騎士の兜を想像させるマークで、同時に×印もつけられている。
「騎士殺し……トレジャーかよ」
ラリーが驚いて逃げ腰になると、女性軍人は怖がられることに慣れているのか苦笑していた。
「どこに行ってもトレジャーと呼ばれますね。正式名称は特務陸戦隊なんですけど……まぁ、それはそれとして、今回の任務には我々も同行します。要塞まで送り届けていただければ、後はこちらで何とかしますよ」
補給物資と一緒に特殊部隊までもが送り込まれ、エマは内心で喜んでいた。
何しろ、相手は要塞攻略の専門家たちだ。
以前に一度任務を一緒に行ったが、彼女たちの力量には驚かされた。
「助かります。――というか、あなた方が派遣されるとなると、攻略する要塞はそれだけ重要拠点ということですか?」
重要度の高い要塞攻略を任されているのか? その予想は外れてしまう。
「いいえ。どちらかと言えば、派閥争いに近いと聞いていますね。帝国軍が守っていた要塞を簡単に奪われたので、何とか取り替えそうと必死になっているそうです。総司令部としては、このまま放置したかったみたいですが」
命懸けで戦わされるのに、理由が酷すぎて腕を組んだダグが明らかに不機嫌になった。
「お貴族様の見栄の張り合いかよ」
「そういうことです。まぁ、珍しくありません。我々も今回の戦いでは何度も尻拭いをさせられていますからね。おっと、喋りすぎてしまいました。それでは、メレアの皆さんには期待させてもらいますよ」
女性軍人が離れていく姿を見送ると、エマはラリーとダグに体を向けた。
「要塞に辿り着いた後の心配はなくなりましたね」
ラリーは複雑そうな顔で頭をかいた。
「辿り着ければいいけどね」
そんなダグとは対照的に、昔の自分を取り戻したダグは大きく口を開けて笑う。
「ここまで来れば、後は覚悟を決めるだけだ」
ラリーは納得していない顔をしていたが、ダグと言い争うのも嫌だったのか諦めた顔をしていた。
◇
ヴァローナチームは、要塞攻略に向けて独自のカスタマイズを行っていた。
「本当ならば大型ブースターを取り付けたいところだが、今あるオプションパーツではこれが限界だな」
アインの選択はエマとは正反対で、高機動戦闘を重視していた。
アインが乗る隊長機は元から高機動型だったが、部下二名のヴァローナにも追加のブースターが取り付けられている。
チームスタッフの整備兵が近付いてきた。
「中尉、高機動戦闘を想定した調整を行いましたが、本当にこのままでいいんですか? 機体を軽くするために、武装は最低限ですよ」
「要塞に取り付けば、そこから先は陸戦隊の仕事になる。それに、我々の目的は要塞表面の迎撃システムの破壊だ。武装は少なくてもいいから、機体は少しでも軽くしておきたい」
アインがこの方法を選択したのは、自分も含めて部下二名も優秀だからだ。
騎士ではないアインだが、機動騎士の操縦に関しては自身があった。
そもそもテストパイロットに選ばれるのだから、実力は高く評価されている。
部下二名も同じだ。
アインは眼鏡を外してヴァローナを見上げる。
「こんな場所で貴重なテストパイロットたちを投入するとは……バンフィールド家も規模の拡大で随分と大雑把になったものだな」
本来であれば戦場に投入してはいけないはずなのだが、組織が巨大になりすぎて運営が大雑把になっていた。
ただ、アインはもう一つの可能性を考えている。
「もしくは、ネヴァンを採用させたい連中の圧力か……」
現行世代機への乗り換えに消極的な人間も多い。
第三兵器工場内でも、ヴァローナよりもネヴァンを採用して欲しい派閥がいた。
ネヴァンはバンフィールド家を支えてきたと機動騎士であるため、思い入れを持つ騎士たちも多い。
ヴァローナの採用には敵が多いのが現状だ。
整備兵が苦笑している。
「その辺の事情は生き残った後にでも考えましょう」
「そうだな。考えるにしてもタイミングは今じゃない。今は、生き残ることが先決だ」
アインの視線は重武装に換装しているラクーンに向かっていた。
エマが何を考えて選択したのか、アインは予想するも判断材料が少ない。
「稲妻と呼ばれた騎士のお手並み拝見といこうか」
◇
アーマードネヴァンの開発チームは、やる気のないリックに手間取っていた。
開発責任者がリックに説明を行っている。
「アーマードネヴァンの本領を発揮できる機会が来ましたね、マーティン少尉。要塞攻略においては、本来の性能を発揮するだけで十分に勝算があります」
元から追加装甲に加えて重武装な機体構成だ。
追加のブースターで速度の低下も解決している。
アーマードネヴァンにとって、今回のような戦場は向いていると言えた。
そのため、特別な換装は必要なかった。
「あ~、了解っす。普段通りやればいいっすね」
投げやりな返事をするリックに、開発責任者は呆れていた。
「戦場に投入されるのは想定外でしたし、我々だって不本意ですよ。けれど、ここで活躍できれば採用に一歩近付けるのも事実です。マーティン少尉、生き残って貴重なデータを我々に届けてくださいね」
「やる気を出させたいなら、もっと実利の話を控えめにして欲しいっすね。……まぁ、死にたくないからやるだけやってみるっすよ」
リックも死にたくないから覚悟を決めるが、それでも文句を言わずにはいられなかった。
「はぁ、せっかく技術試験隊に配属されたのに、いきなり戦争とか本気で勘弁して欲しいっすね」
戦争を嫌がるリックに、開発責任者は何とも言えない顔をする。
「今のバンフィールド家の当主様は好戦的で有名な方ですよ。バンフィールド家の騎士をしていれば、嫌でも戦争に巻き込まれると思いますけどね」
「俺ッチは戦争が嫌でテストパイロットになったのに、世の中は世知辛いっすよね」
リックは最後まで愚痴をこぼし続けた。
◇
メレアのブリッジでは、要塞攻略戦を前にアリスンが落ち着かない様子だった。
平静を装って腕を組んでいるが、指が腕をずっと叩いている。
その様子を見かねたティムが、アリスンに話しかける。
「次の要塞攻略戦は俺たちが先方みたいですね、監督官殿」
アリスンはティムに背を向けたまま、作戦について話をする。
「この遊撃艦隊の中で一番恵まれているのはメレアですから、合理的な判断ですね」
合理的と言いながら、アリスンは納得していなかった。
要塞攻略戦において遊撃艦隊は先方に配置された。
だが、メレアは遊撃艦隊の中でも先方に配置された。
全軍の切り込み隊長を押し付けられたのだが、その理由は配備されている機動騎士部隊が最新鋭ばかりだからだ。
メレア自体も改修を受けたばかりで、先方に耐えうると判断されてしまった。
先方を任されるのは仕方がないが、一番負担が大きい配置である。
アリスンとしては、安全に今回の戦いを切り抜けたかったのだろう。
自身の目論見が失敗し、悔しい思いをしているようだ。
ティムはそんなアリスンの背中を見て小さく笑う。
「何事も程々が一番ですよ、監督官殿。下手に上を目指せば、こうして大事な場面で負担を強いられるわけですからね。生き残ったらいい人生の勉強になりますよ」
最新鋭の機動騎士が配備されたから、今回のような危機に直面した。
ティムの言葉も正しくはあったが、振り返ったアリスンの顔は怒りが滲み出ていた。
眉間に皺を作り、ティムに対して暴言を吐く。
「何も成さず、軍に寄生していた大佐らしいお言葉ですね」
「……」
「そもそも、リスクを負わなければリターンもありませんよ。死ぬのが怖くて安全な場所にいたいのなら、さっさと軍を去ればよかったのに……意地汚く軍にしがみついて給与だけは受け取るようなあなたに、人生について語られるのは不愉快です」
ティムが何も言い返せずにいると、アリスンは興味をなくしたのか前を向く。
「幸いにしてこの艦にはエース級の騎士と、伯爵様直轄の陸戦隊まで揃っているんです。こんなチャンスは滅多にありません。……私はここで勝利を掴み、もっと上を目指します」
ティムの慰めなど、アリスンには必要なかった。
ブリッジクルーたちが、言い負かされたようなティムに何とも言えない視線を向け来る。
ティムは帽子を深くかぶった。
「お好きにどうぞ」
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