遊撃艦隊
【新作】フェアリー・バレット もよろしくお願いいたします。
メカと少女が活躍するハーレム物? だよ。……本当だよ。
バンフィールド家の総旗艦ヴァールは、三千メートル級の超弩級戦艦だ。
艦隊旗艦として相応しい性能を保有しており、今回の戦いでも総旗艦に選ばれた。
第三兵器工場が威信をかけて建造した巨大な戦艦のブリッジでは、総大将に指名された【クレオ・ノーア・アルバレイト】が豪奢なシートに座っている。
緊急時はカプセルとなり、クレオの命を守る脱出艇にもなる優れものだ。
クレオは赤髪で華奢な体格をしており、威厳というものは欠けていた。
しかし、周囲にはバンフィールド家から派遣された優秀な騎士たちや、軍人である参謀たちがいるため誰の目から見ても重要人物であるとわかるだろう。
クレオが連れて来た騎士はたった一人……【リシテア・ノーア・アルバレイト】である。
彼女も皇族だが、弟のクレオを守るため騎士となった人物だ。
しかし、騎士としての実力は高くない。
この場にいても戦場の状況を把握できず、緊張した様子で立っているだけだった。
今も焦った様子で説明を求めている。
「総大将代理からは説明を受けられないのか? そもそも、クレオを放置して指揮を執るのも無礼だろうに」
クレオの扱いに対して不満を述べるのだが、当の本人は気にしていなかった。
「お飾りである俺の世話を焼くよりも、自分の仕事に専念してもらいましょう。それに、説明を聞いたところで、俺たちには理解できませんよ、姉上」
「だが、お前にも立場があるだろ? 軽んじられていると噂されるだけでも、敵対派閥の攻撃材料になるんだ」
リシテアが過剰に反応しているようにも見えるが、クレオの投げやりな態度も問題だ。
しかし、この場に限っては口を出さないのが正解だった。
クレオたちのやり取りを前方で聞いていたのは、クラウスの補佐を命じられたクリスティアナだ。
自分の副官たちを側に置き、二人のやり取りを聞いて肩をすくめている。
クリスティアナの反応を見て、副官の一人である【クローディア・ベルトラン】が小さくため息を吐いていた。
「リシテア殿下はこの戦いで爪痕を残したいのでしょうが、下手に口出しされては我々が思うように戦えません。いっそ、下がってもらいましょうか?」
リシテアは騎士だが皇女でもあるのに、クローディアを含めた副官たちの反応は冷たい。
それは、下手な干渉で戦争の勝敗を左右されたくなかったからだ。
しかし、クリスティアナはクスクスと笑っている。
「あの程度ならば可愛いものよ。せっかくの機会ですから、リシテア殿下にも戦争を経験してもらいましょう。それよりも、大変なのは私たちの方よ」
クリスティアナの視線は、実質的な総司令官であるクラウスの方に向いていた。
自分たちの後方――クリスティアナたちが見上げる位置に、クラウスは席に座っていた。
無表情ながら落ち着いた素振りは、この規模の戦いを前に焦っているようには見えない。
クローディアは苦々しい視線をクラウスに向けていた。
リアムが直々に抜擢した騎士であり、今のバンフィールド家にとって有力な騎士の一人だろう。
クリスティアナは視線を前へと向け、クラウスから視線を逸らしていた。
「今回の戦いは宮廷内の派閥争いも絡んだ複雑なものになっているわ」
オクシス連合王国との戦争なのだが、帝国内では継承権争いという問題を抱えていた。
この戦いでも派閥争いの要素が絡んでおり、帝国が一丸となっているとは言い難い。
クリスティアナたちは、非常に厳しい戦いを強いられていた。
「……あなたたちにも手伝ってもらうわよ」
クリスティアナがそう言うと、彼女を包み込むように床から円柱状の光が出現した。
円柱状の柱には様々な情報が流れており、それらを一瞬で読み取ったクリスティアナが採決を行い、または指示を出していく。
常人の目には光の柱に包まれ、まるでクリスティアナが祝福を受けて輝いているように見えているだろう。
しかし、本人は膨大な情報を処理していた。
副官たちもクリスティアナの周囲に立つと、同じように――クリスティアナよりも少ない情報を処理していく。
クローディアたちの仕事は、あくまでもクリスティアナの補佐だった。
(相変わらず桁違いの処理速度だな。人工知能などよりも、よっぽど優れている)
クローディアたちでは補佐が精一杯だった。
騎士として超人となった者たちの中には、希に規格外の存在が生まれる。
クリスティアナも規格外の存在だった。
何百万隻という艦隊の情報をまとめ、的確に処理していく――人工知能でしか成し得ないような芸当を、強化された騎士たちが行っていた。
彼女は光の柱の中で微笑む。
「――さぁ、始めましょうか」
◇
その頃、メレアは遊撃艦隊に合流を果たしていた。
エマは機動騎士部隊の隊長たちと、リモート会議を行っていた。
「この艦隊に所属する騎士はあたしたちだけ? それでは少なすぎます」
臨時編成の艦隊であるため、機動騎士部隊のまとめ役に選ばれたのは階級が一番上である中佐だった。
しかし、中佐は騎士ではなく、一般パイロットである。
『理解しているが、寄せ集めの艦隊にAランク騎士がいるだけでも幸運だよ。こちらも上層部に掛け合ったんだが、君がいるからと断られてしまった』
苦笑する中佐は、エマにそれだけの価値があるのか疑問らしい。
『せめて騎士が乗る機動騎士の一個中隊がいてくれれば、こちらも安心できたんだけどね。勲章持ちの騎士がいるのに贅沢だと一蹴されてしまった』
統一政府に任務で赴いた際、エマはその活躍から叙勲していた。
一度の出撃で騎士が乗る機動騎士を二十機以上も撃墜したためだ。
たった一人で一個中隊分の働きをする騎士がいるのだから我慢しろ――中佐はそのように言われたらしい。
「恐縮です」
『期待させてもらうよ』
挨拶が終わって回線が切れると、エマは小さくため息を吐いた。
「騎士不足とは聞いていたけど、ここまでとは思わなかったな」
期待されているのか、それとも期待されていないのか……エマは自分の配置に頭を抱えたくなった。
「せめて一個中隊……いや、小隊でもいいからいてくれると助かるのに」
贅沢を言っていると自覚はしているが、それでも口に出さずにはいられなかった。
何しろ、自分だけでなく部下たちの命もかかっている。
騎士が乗る機動騎士小隊がいるだけで、取れる作戦だって増えるだろう。
「臨時編成の三百隻の艦隊に、騎士はあたしとリック少尉のみ……でも、これって実質あたし一人だよね? やっぱりあたし一人だと荷が重いよぉ」
誰もいない通信ルームで、エマは泣き言を一通り言うと深呼吸をして部屋を出た。
すると、同じタイミングで別の通信ルームからアリスンが出てきた。
彼女は総司令部から派遣されてきた監督官であるため、直属の上官と話をしていたのだろう。
エマに気付くと挑発的な笑みを浮かべていた。
「その表情、会議の結果はあまりよろしくなかったみたいね」
見透かしたような態度だが、実際に当たっているためエマは反論せず小さく頷く。
「この艦隊に騎士はあたしとリック少尉のみでした。臨時編成が理由だとしても少なすぎます。機動騎士部隊を率いる中佐も懸念していましたが、追加は期待できないそうです」
騎士が少ないという不安材料を聞いても、アリスンは驚きもしなかった。
むしろ、肩をすくめてエマを小馬鹿にしてくる。
「勲章持ちの騎士なのに交渉は下手なのね」
「……機動騎士部隊をまとめているのは中佐ですよ。あたしは上層部と交渉する立場にはありませんから」
会話を打ち切って歩き出すエマだったが、アリスンはわざと横を歩く。
この話を終わらせるつもりがないらしい。
「だからあなたは駄目なのよ。チャンスがあるのに手を伸ばさず、受け身で待っていれば望む物が手に入るとでも?」
「何が言いたいんですか?」
エマが立ち止まると、アリスンも立ち止まった。
不機嫌そうにエマに言う。
「私があなたの立場であれば、今頃はこんな中途半端な部隊を出て、正規艦隊で少佐になっていたでしょうね」
「中途半端? あたしたちを侮辱しているんですか?」
エマがキッと睨み付けるも、アリスンは引き下がらない。
「元左遷先なのに士気は高そうだけど、しょせんは非主流派なのよ。上昇志向の欠如――そもそも、あなたは自分の立場を理解していない」
「っ! あたしは自分のやれることを!」
言い返そうとするエマに、アリスンは話を戻す。
「私から陳情しておきました。三小隊……機動騎士小隊を回してもらえることになったわ」
「え?」
「もちろん、パイロットは全員騎士よ」
「で、でも、中佐は陳情を断られたと言っていましたよ」
「その中佐に能力がなかっただけでしょ。でも、私は違う。機動騎士小隊を三小隊、遊撃艦隊に引っ張ったわ。それなのに、あなたは何をしているの?」
「あ、あたしは……」
アリスンは片手を腰に当てて、眉根を寄せていた。
「ここはもう戦場よ。正しさだけを優先して自分にできる手を打たない奴は、宇宙ゴミになる場所なのよ。私から見て、あなたは何の努力もしていないわ。その気になれば、機動騎士の一個中隊くらい引っ張れそうなものなのにね」
アリスンは言うだけ言って背を向け歩き出す。
エマはアリスンの言葉が信じられなかった。
「あ、あたしにそんな権限はありませんからね!」
アリスンは何も答えず、歩き去るのだった。
◇
メレアのブリッジにて、ティムは臨時編成の艦隊司令と話をしていた。
「うちの艦を前方に配置? こっちは技術試験艦ですよ」
司令官の配置に文句を言うが、相手は聞く耳を持たない。
『メレアは近年改修されて現在主流の艦艇よりも高い性能を保有している。それに、君たちはAランク騎士を抱えているじゃないか』
エマを理由に前方に配置されると気付き、心の中で毒づく。
(またあのお嬢ちゃんのせいで危険な場所に配置されるのかよ。本当に疫病神みたいな奴だぜ)
不満そうなティムに対して、艦隊司令官は冷たい目をしていた。
『不服そうだな。命令を拒否するなら相応の――』
「遅れて申し訳ありません。状況は把握しております。司令官殿、メレアには命令を遂行させますので、問題ありません」
ブリッジに戻ってきたアリスンが、ティムの代わりに司令官と話をする。
アリスンは来る途中で二人の会話を把握していたらしい。
司令官はアリスンを訝かしんでいたが、自身の副官にアリスンの情報を耳打ちされて納得したようだ。
会話に割り込んできたというのに、ティムに対してよりも有効的に接する。
『監督官だったか。艦隊総司令部も粋な計らいをしてくれるようだ。君のおかげで、騎士の乗る機動騎士小隊がこちらに向かっているらしいな?』
アリスンはエマたちに対する態度と違って、人好きのするような微笑みを浮かべていた。
「司令官の助力になれれば光栄ですわ。三個小隊の配置はそちらにお任せいたします」
司令官の険しい表情が僅かに緩む。
『君のおかげで少しは希望が持てそうだな。感謝する』
司令官が敬礼をして通信回線を閉じると、アリスンの表情は再び険しいものに戻った。
振り返ってティムを睨み付ける。
「艦隊司令に対して取る態度ではありませんでしたね」
ひ孫に睨まれたティムだったが、メレアを守るという一点だけは死守したかった。
「騎士一人がいるために、重荷を背負わされるわけにはいかないだろ。何でもかんでも安請け合いしている奴は、宇宙ゴミになる運命なのさ」
お嬢ちゃんには理解できないだろうがね、という態度を取った。
アリスンも察しているのか、表情が更に険しくなる。
「……ひいお婆さまや祖父を捨てた男が、自分の艦を必死に守ろうとする姿は実に滑稽ですね」
その言葉にティムは何も言い返せなかった。
アリスンはティムに対して恨みを持っていたようだ。
「あなたにとって私たち家族が無価値だったように、私にとってこの艦は腰掛け程度の場所に過ぎません。……以降は黙って私の指示に従ってください」
それだけ言うと、アリスンは腕を組んで黙り込んでしまった。
アリスンの言葉が、ティムの胸に棘のように突き刺さって痛みを訴えてくる。
(戦争よりもこっちの方が厄介だな)
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