三章エピローグ
統一政府との交渉を終えた護衛艦隊は、本星へと帰還することになった。
その最中。
エマがメレアのトレーニングルームに顔を出すと、そこにはラッセル小隊の他に何名もの顔見知りの姿があった。
エマは驚く。
「ダグさんに、ラリーさん?」
トレーニングを行っている二人に驚いて入り口の前に立ち尽くしていると、先に来ていたモリーがエマに駆け寄って来る。
「聞いてよ、エマちゃん! 二人ともトレーニングをちゃんとするんだってさ! エマちゃんに怒られたのが、よっぽど堪えたみたいよ」
「え? そうなの?」
エマが二人の顔を見ると、汗だくの二人は顔をしかめていた。
ラリーはトレーニングをサボりすぎていたのか、通常メニューもこなせない状態になっている。
「ち、が、う! これは僕たちが決めたことだ。前の戦いで自分なりに反省する点があったから、トレーニングをしているだけだ」
息も絶え絶えなラリーの隣では、こちらも汗だくになったダグがいた。
肉体の衰え――トレーニングをサボっており、動かなくなった体に少しショックを受けたような顔をしている。
「子供みたいに怒られたから頑張ります、なんて理由で俺たちが動くと思うのか?」
そう言いつつ、トレーニングを再開する。
そして――。
「だが、中尉殿の言い分も正しいからな。俺たちなりに省みたって事です」
エマに対して中尉殿、と自然に口から出ていた。
それを聞いて、モリーがエマを肘で何度か突く。
「どう? どう! 二人ともやる気になってくれたって!」
「――」
最初は驚いたエマだが、表情は幾分か柔らかくなった。
「だったら、機動騎士のパイロットとしてもっと鍛えないといけませんね。今日からはあたしが二人のメニューを用意します!」
やる気を見せるエマに対して、汗だくのラリーとダグは引きつった顔をしていた。
「勘弁してくれよ。こっちはブランクが長いんだぞ」
「俺はそれなりの歳なんだが?」
言い訳をして回避しようとする二人に向かって、エマは断固とした気持ちで言う。
「駄目です。とりあえず、今日は二人の体力を測定しましょうか」
モリーが二人を笑っていた。
「二人とも頑張ってね~」
だが、モリーも笑っていられる立場ではなかったようだ。
「え? モリーもだよ。整備兵だからって、トレーニングから逃げられないからね」
「うちも!?」
◇
トレーニングルームで、第三小隊の様子を見ていたラッセルは微笑を浮かべていた。
「まとまったようで何よりだ」
そんなラッセルを不思議そうに見ているのは、部下のヨームである。
「随分と嬉しそうですね。彼女のこと、ラッセル隊長は嫌っていませんでしたか?」
「ライバルが強くなれば、それはすなわちバンフィールド家の力になる。良いことじゃないか?」
ラッセルが当然のように言うので、ヨームは何も言えずに肩をすくめる。
そして、自分たちの問題児に視線を向けた。
「それよりも、シャルを何とかしてくださいよ」
「シャルメル中尉か――」
ラッセルがシャルの方を見ると、そこではトレーニングに励む姿があった。
汗だくになっているシャルだが、その視線はエマに向かっている。
どうやら、対抗心を抱いたらしい。
「対抗心を抱いて頑張っているようだな。自分よりも強い騎士を見て、いい刺激を受けたのだろう。悪いとは思わないが?」
そんなラッセルの認識に、ヨームは呆れていた。
「刺激されたのは金銭欲の方ですよ。彼女が今回の戦いで撃墜数が二十機を超えて、艦艇も複数撃破でしょう? 勲章と一緒に特別報酬が用意されるって聞いて、やる気になっているんですよ」
ラッセルはヨームの話を聞いて、何とも言えない顔をする。
「いや――うん。何はともあれ、やる気を出してくれたようで何よりだ。――と思う」
◇
任務を終えた護衛艦隊が帰港したのは、本星近くにある宇宙要塞だった。
資源衛星を利用した軍事基地であり、内部には艦艇を収用するドッグがある。
ドッグ内に固定されたメレアからは、クルーたちが降りてくる。
エマたち第三小隊や、ラッセルの小隊メンバーも一緒だ。
だが、その中には荷物をまとめたクルーたちもいた。
その中の一人が、ダグに話しかけてくる。
「お前は残るのか?」
「あぁ――そっちは降りるのか?」
降りるクルーは、何とも言えない表情をした際にエマをチラリと見た。
複雑な表情をしながらも、丁寧な敬礼をする。
エマが返礼すると、降りるクルーは苦笑していた。
「中尉殿に言われて目が覚めた。というよりも、気付いていたんだよ。もうとっくに心が折れてしまっていたんだな、ってよ。だから――俺は軍を辞める」
長い付き合いなのか、ダグは寂しそうに――けれど、友人の旅立ちを祝福する。
「辞めてどうするつもりだ?」
「民間に戻る前に、軍が職業訓練をしてくれるんだとさ。今はあっちこっち大忙しで、仕事には困らないらしいからな。今度は真面目に頑張るさ」
「そうか」
「お前たちも頑張れよ」
そう言って荷物を持って降りていくクルーたちは、全体の四割以上にも及んでいた。
その光景をエマは苦々しい気持ちで見ていた。
「あたしがもっと頑張れば――」
すると、メレアの隣で固定されていた旗艦からマリーたちが降りてくる。
騒がしい騎士の集団を前に、エマたちが敬礼する。
最初に気付いたのはヘイディだった。
「お、活躍した若手たちがいるじゃないか」
すると、エマとラッセルの二人に、マリーが歩み寄ってきた。
そのまま二人に肩をかけ、抱き寄せて話をする。
「言い働きでしてよ、二人とも」
「は、はい! ありがとうございます!」
「エリート街道を進んできたあなたには、良い経験になったでしょう? 今の内に見識を広めておきなさい。今後、バンフィールド家を支える騎士になるのなら、必要な経験でしてよ」
「っ! 今後も経験を積みます!」
「よろしい」
感動しているラッセルの隣では、エマが複雑な表情をしていた。
「――結局大勢のクルーが艦を降りちゃいました」
メレアの様子を見たマリーは、エマに対して言う。
「半数も残れば上出来ですわ。今後は新人を受け入れて部隊を立て直す必要があるのだから、もっと気合いを入れなさいな」
「え?」
エマが驚いていると、マリーは悪戯が成功した子供のような笑顔を見せる。
「希望通り部隊は維持よ。今後も励みなさい――エマ・ロッドマン」
今までは「アタランテのパイロット」と呼んでいたマリーが、ここに来てエマを名前で呼んだ。
そのまま去って行く背中を見て、エマは少し遅れて返事をする。
「は、はい!」
◇
バンフィールド家の本星であるハイドラの政庁では、マリーとヘイディが執務室で話をしていた。
机に座るマリーに、ソファーに座ったヘイディが顔を見ずに問い掛ける。
「アタランテのパイロットを推薦した話は本当か、マリー?」
マリーは机に座りつつ、報告書をまとめていた。
今回の統一政府との交渉や、裏で蠢く存在について資料をまとめている。
「エマ・ロッドマンだ、ヘイディ」
仕事モードで無表情で答えるマリーに、ヘイディは肩をすくめていた。
だが、嬉しそうにしている。
「本当に気に入ったみたいだな。それで、エマちゃんの昇進と昇格を推薦したのか?」
今回の任務の活躍で、エマは大尉に昇進して騎士ランクはAに昇格することがほとんど決定していた。
同期たちの中では、一番の出世頭となっている。
マリーは書類仕事を一段落させて、背伸びをしつつ意図を話す。
「実力もあって経験を積んだなら問題ないわ。あの女は、もっと経験を積ませて大事に育てようとしていたらしいけれどね」
エマの状況を考え、しばらく中尉のまま小隊を任せてゆっくり育つのを待つつもりだったようだ。
だが、マリーはそれを許さない。
「――でも、あたくしたちには時間がないわ。優秀な騎士には、活躍できる地位と場所を用意するのも大事なことでしてよ」
「違いない。それなら、エマちゃんはうちで抱き込むか?」
うちの派閥に入れるのか? という質問に、マリーは悩ましい顔を見せた。
「リアム様が目をかけた騎士ですからね。下手に派閥に入れてしまうと、怒りを買う可能性がありますわ」
ヘイディがゲンナリした顔をする。
「そいつは勘弁して欲しいな。大将を怒らせるのは俺たちも本意じゃない。わかった、うちの連中にはあの子に下手に手を出すなと釘を刺しておくさ」
「頼みますわよ。それにしても――」
マリーはメレアの状況確認のため、資料を目の前に表示させる。
一瞬で何ページも内容を確認し、微笑を浮かべていた。
「――今後、あの子がどうやって部隊をまとめるか楽しみだわ」
元々、人員に関しては補充が十分でなかったメレアだ。
今回は多くのクルーが艦を降りてしまったため、人員の補充をする必要が出てくる。
だが、かつては左遷先とまで言われた部隊ともなれば、補充される人員というのも曲者揃いになってくるだろう。
癖のある部下たちに苦戦するエマを想像し、マリーは微笑みながら思う。
(今後は中隊長として頑張りなさいな)
◇
長期休暇に入ったメレアのクルーたちは、それぞれが家に戻っていた。
エマも実家に戻っている。
自室にこもっているエマは、作業台と呼べる机の上に広げた模型を組み立てていた。
それは購入してから崩せずにいたプラモデルの数々だ。
「はぁ~、いつかアタランテのプラモデルも欲しいな~」
一つ組み立て終わって、ひとしきり眺めた後に呟くのは自慢の愛機についてだ。
部屋を見れば、壁の一面が飾り棚に改造されている。
そこには組み立てられたプラモデルが飾られていた。
収納スペースには制作するための道具があり、箱に入ったプラモデルもある。
完成したプラモデルを棚に飾り、エマはコレクションが増えたと喜ぶ。
ベッドに横になりコレクションを眺めていると、ノックオンが聞こえてくる。
「姉ちゃん入るよ~」
「いいよ~」
エマの弟が部屋に入ってくると、少し引いた顔をしていた。
「姉ちゃんの部屋、相変わらず趣味に全振りだね」
「あたしのオアシスだからね~」
「もっとファッションとか、他にも使い道はあると思うんだけど?」
「う~ん、とりあえず今は困っていないからいいや」
実家に戻ってきて気を抜いているエマに、弟の【ルカ】は呆れていた。
「これが勲章をもらった騎士の姿とは思えないよ」
勲章と聞いて、エマはルカに背中を向ける。
気落ちした顔を見せたくなかったからだ。
その理由は、単純に喜べなかったから。
敵を多く倒した――言い換えれば、それだけ殺した証でもある。
「――別にいいでしょ。実家くらい気を抜いていたいの」
ルカは大きくため息を吐く。
「それはいいけど、今日は母さんたちが戻らないからね。お昼は自分たちに勝手に食べて、ってさ。僕は友達と一緒に外で食べてくるけど、姉ちゃんはどうするの?」
エマは上半身を起こす。
そういえば、母親がそんなことを言っていたな、と思い出しながら。
「あたしも外で食べる」
◇
エマがやって来たのは、公園のような広場だった。
そこには多くの屋台が並んでおり、お菓子や食事に困らない。
食事が出来るようにテーブルや椅子も用意され、買ったらそのまま食べられるのもいい。
お昼は家族で賑わい、夜は大人たちが酒を飲んで騒ぐ場所だ。
「前に来た時よりも屋台が増えたかな?」
ウキウキした足取りのエマは、幾つもの屋台を巡った後だ。
両手にはビニール袋に入った沢山の食べ物。
口には焼き鳥を咥え、食べながら歩いていた。
周囲を見れば家族連れの他に、恋人たちの姿もある。
――実に平和な姿だ。
戦場とは違う景色。
自分たちが守るべきもの。
「こんな光景がいつまでも続くといいな」
色々と考えていると、エマは一人の幼子とすれ違う。
赤毛が特徴的な活発な女の子は、年齢からすると一桁だろうか?
「お母さん!」
「もう、エレンったら走ったら駄目じゃないの」
「あのね、あのね。アイスが食べたい!」
エマとすれ違った幼子は、そのまま母親と思われる女性に抱きついていた。
母親が幼子――エレンを抱きかかえると、優しい微笑みを向けている。
「またなの? エレンは本当にアイスクリームが好きね。でも、一つだけにしなさいよ」
「うん!」
微笑ましい母子の姿に視線を奪われていると、抱きかかえられたエレンが気付いたらしい。
顔だけをエマに向け、不思議そうに首をかしげていた。
エマはハッとして慌てて手を振る。
そんなエマに、幼子も手を振って応える。
母子が離れていくと、エマは少し考え込む。
「あたしもいつか子供を持つのかな? その前に旦那さんかな? ――う~ん、今は想像できないな」
恋愛や結婚を想像するも、どうにも現実感がわいてこないエマだった。
あたしの悪徳領主様!! 三章 はいかがだったでしょうか?
楽しんで頂けたのなら幸いです。
本日で三章が終わりましたので、毎日更新はこれで終わりとなります。
次回は四章になりますが、本編を先に進めると思うので更新再開は今のところ未定となっております。
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