37.弁えるということ
前回は子供達の自然な姿が見たかった為、連絡を入れずに訪問してしまったけど、今回はきちんと手紙を送ろう。突然の訪問の謝罪もしたいし。
「仕方がないさ。事前に連絡を入れると、良く見せようと色々と取り繕われるからね」
「そうなのよね。見目の良い子だけを前に出して、怪我をしていたり病気の子は隠したりすることもあると聞いたわ」
でも、こういう考えも偏見なのだろうか。
「弁えるって大切な言葉だと思っていたのだけど、相手を傷付けることもあるのね」
「そうだな。人に向けて発するなら褒める場合、とかかな。強要になりがちだから」
そうか。褒める時。
「ありがとう。あの子達には褒める時に使える様にしておくわ」
あんなふうに自分を貶める為に使うべき言葉ではないもの。人との付き合いにおいて、弁えることは大切なことよ。
「うん、正しい使い方を学べるといいね。いっそ、覚え間違えていると教えてあげてもいいかもしれないよ?」
「大人も間違える事はあるものね。それを知るのも大事かも」
人は誰でも間違える、か。
「……ねえ、私は彼を許すべきかしら」
だってあの子は子供だった。私も大人とは言えなくて。私は確かに傷付いたけれど、彼の人生も大きく傷付き、それでも必死に変わろうと努力しているのを感じた。
「どうかな。彼は許しを望んでいたかい?」
「分からないわ。ただ……私が楽になりたいだけかも」
自分のせいで彼の人生が狂ったのだと考えたら怖くなった。
言葉としては理解していた。後継ぎから外され、騎士団に入れられ。でも、あまり考えない様にしていたのだ。自分の方が被害者だと、そう言い聞かせていた。
でも、孤児院での彼の姿に現実を知ってしまった。平民のような服を着て、汚れるのも構わずに子供達と遊ぶ。
彼はそんな人ではなかった。良くも悪くも高位貴族としての姿を大切にしていたのに。
あまりの変化に喜べばいいのか、いっそ許してしまった方がいいのか分からなくなった。
「私は今とても幸せだから。だから彼が不幸かもしれない事が怖いのだと思う」
「シェリー。その幸せは君が努力して掴み取ったものだ。彼も変わろうと努力しているのだろう?それなら、今必要なことは許しでは無いはずだよ。
君は頑張っている時に何が嬉しかった?」
「……努力が認められること」
でもそれは私がしていい事なの?彼を苦境に立たせた私が?貴方という大切な人がいるのに?
「もしかして私のことを気にしてる?」
「……もしも。リンジー・ウィザーズが人生をやり直したいからって貴方に縋ったら蹴り落とすかも」
「え」
ああ、さすがのブライアンも呆れるわよね?
でも、嫌なものは嫌なの。元婚約者の彼女と何をどこまで致したのか。想像するだけで叫びたくなる。
それに……ベンジャミンにされたことをブライアンに知られたらと思うと怖くて仕方がない。
あの頃の私はどうしてあんなにも愚かだったのか。体に触れられる意味をちゃんと分かっていなかった。毅然とした態度で断らなかったから、嫌われたくないからと曖昧に差し出してしまったから。そんな愚かさのせいで、余計に彼と向き合う事が難しいのだ。被害者でいたいと、狡い私が隠れている。
今の彼を知りたくなかった。昔の、腹の立つ彼のままなら、こうして思い悩むことも無かったのに。
「シェリー。私だって嫉妬はするよ」
「……うそ。貴方はいつでも冷静だわ」
「ただ、それ以上に君を大切にしたいだけだ。さっきの言葉も彼の為じゃない。君がそれで楽になれるならというだけだよ。
私は善人でも聖人でもない。ただ、君に幸せでいて欲しいだけの利己的な人間だ。その癖君が嫉妬してくれて喜んでるし。
だから、そんな自分勝手な私が許す。君が前を向けるなら、その為なら彼を応援してもいいと、私が許すよ」
「……もう、何それ」
どうしてそんなにも私を大切にしてくれるの?
「駄目ね。揺らがないって言っていたのに」
「愛情で揺らぐなら困るけれど、君のそれは罪悪感だろう?人として真っ当な感情だから揺らぎではないよ」
この男はどこまで私を惚れさせるのだろう。
懐の広さに完敗だわ。
「分かった。サクッと応援してきてもいい?」
「うん、いいよ。本当はすっごく嫌だけどね?」
「ふふっ、すっごく嫌なのね」
「嫌だねえ。でも、ここは心の広い婚約者の見せ所だろう?」
ありがとう、ブライアン。そうやって笑って私を送り出してくれるのね。
「カルヴァンと一緒に行くわ。今後、孤児院とのやり取りは彼に任せたい」
「いいのか?」
「仕事は大事だけど、それ以上に貴方の方が大切なの。ちゃんとあなたの婚約者として弁えて行動するわ」
「ハハッ、正しい使い方だね?ありがとう、嬉しいよ。カルヴァンには伝えておこう」
彼に心は残したくない。私も被害者から卒業しなきゃ。
「まあ、パメラ嬢に恋をして更に失恋しているのだろう?案外君の事はとっくに思い出になっているかもよ?」
「……そういえばそうかもね。何の話?って言われたらちょっと悔しいから、もう一度呪いをかけようかしら?」
「小指だけじゃなく?」
「そうね、週に一回鳥の糞が落ちてくるとか?」
「……君の呪いは地味に嫌だな」
「だって呪いですから」




