34.感謝と祝福を君に(ベンジャミン) 4
孤児院からの帰り道をパメラと共にゆっくりと歩く。
パメラの髪が夕日に染まり、柔らかに輝く。
子供たちのこと、最近の出来事、ふとした景色。そんな取り留めのない話を楽しそうに話すパメラの笑顔も夕日に染まり、まるで頬を染めているみたいに見えて。
こんな日がずっと続けばいいのに。
二人で同じものを見て、感じて、感想を言い合って。でも、同じものを見ていても感じ方は少しだけ違っていて、それについて語り合ってまた新たな一面を知る。
そんな、穏やかで温かな日々が愛しい。
でも、そろそろもう一歩踏み出さないと。
「パメラ、大切な話があるんだ」
まずは弟か妹が出来たことを伝えた。思った通り心から喜んでくれてた。そして、後継ぎ保留のことも伝えた。
俺がそれとは関係無く騎士団の事務官を目指すことも。
パメラはすべて落ち着いた眼差しのまま聞いてくれた。
「良かったね、ベンジャミン」
「全部未定のことばかりだけどな」
「なぜ?それは未来があるってことでしょ?いろんな未来を選び放題よ」
「君の、そういう前向きな言葉がいつも俺を救ってくれる。ありがとう」
「そう?ふふっ、なんだか照れるわね」
そう言って照れ臭そうに笑う顔が本当に可愛くて。
「好きだよ、パメラ。これからもこうやって君と一緒に人生を歩んでいきたい」
飾ることのない正直な気持ちが言葉になった。
本当はもっと格好良くプロポーズしたかったのに。
「……え?」
でも、俺の気持ちは届いたみたいだ。パメラの頬が夕日だけでは無く本当に赤く染まったのが分かる。
「だってシェリーさんは?」
「……好きだった。初恋だった。……でも、いつも俺は素直になれなくて、綺麗で大人な彼女にイライラして傷付けてばかりいた。好きだけど信じられなくて、どうやったら自分の物に出来るのかって……本当に馬鹿なことばかりしていたよ」
「……うん。でも、気持ちは分かるわ。私もね、初めて彼女にあった時に絶対に勝てないって焦っちゃった。綺麗でスタイルも良くて、私の下らない嫌味なんてするりと躱してしまえる機転の良さと社交性、更に頭まで良くて。悔しくて、凄く悔しくて……傷付けたくなった。
だってあんなに素敵なのに、貴方の心まで掴んでいたもの」
「……パメラ?」
それはどういう意味?そんなはずないのに、期待してはいけないのに、それでもと思ってしまう。
「……すき。私の方がずっとずっと前から好きよ。顔だけじゃないもの!学園で、生徒会で、どれだけ貴方と一緒にいたと思ってるの!?」
「え、でも俺の顔より子供達の笑顔の方が好きって」
「貴方が私を馬鹿にしたみたいに笑う顔よりって言ったわ!」
そうだっけ?
「……だからせめて、仲直りしたかったの。友達でいいから貴方の心に残りたかった。だから勇気を出して会いに来たの。だから少しでも力になりたくて孤児院に誘ったの!月に2回だけでも、こうして二人で会えるのが幸せだったの」
「パメラ……俺は」
「これで心残り無く嫁ぐ事が出来るわ」
………え?
「ごめんなさい。私、貴方に嘘を吐いてた。
……嫁ぎ先はもう決まっているの」
「どうして!」
「貴族ですもの。親の決めたことには従うわ」
そう言って真っ直ぐに俺を見つめるパメラの表情は凪いでいて。何処にも後悔や悲しみなどは存在しなかった。
「お父様に1年だけ猶予をもらったのは本当よ。お相手の方が卒業までは待って下さるって。一年はこのままで。残りの一年は花嫁修行に。
……とてもね、お優しい方なの。ちゃんと尊敬できる人なのよ」
「……それで……パメラは幸せなのか」
「ええ。私は1年もの間やりたい事をやらせてもらえるのよ?貴方ともこうして和解できた。
まさか、告白までしてもらえるとは思わなかったけどね。
もうこれで何も思い残すことは無いわ。
これからはあの方の妻となる為にちゃんと頑張るつもりよ」
「俺達は同じ想いだろう!?」
振られるのは覚悟していた。でも、お前の本心を知ってどうやって諦めたらいいんだっ!!
「貴方のことは好きよ。でも、私は家族を愛してるの。2度も問題を起こすつもりは無いわ」
「でも!」
「でも、だっては封印したのではないの?」
分かってる。もう、パメラの結婚は完全に形になっていて、今から覆すのは難しいのだろう。
「貴方の、少し子供っぽいところも、でも本当は優しいところも。無駄にプライドだけ高くて人と上手く付き合えない不器用さも、全部好きだった。
私を好きになってくれて本当にありがとう。
でも……これでお別れ。愛や夢だけでは生きていけないわ。
家族を不幸にしてまで自分の想いを貫くことは私には出来ないもの。そんなことをする私を、貴方も愛さないでしょう?」
……そうだな。お前の、そうやって現実をしっかりと見つめて、それでも挫けることなく、その中でも幸せを見つけようとする強い姿に惹かれたんだ。
「お前と……飾ることなく、話し合えるのが楽しかった」
「うん」
「同じものを見て、分かり合えるまで語り合えるのが」
「……うん」
「ずっと隣にいて欲しいと……」
「ごめんね」
それから。泣いてしまった俺を慰めるでもなく、抱きしめるでもなく。
ただ、側でずっと待っていてくれた。
◇◇◇
それから暫くして、パメラは結婚を理由に孤児院の訪問をやめた。
俺は今日も一人で孤児院を訪れる。
「……またお前かよ」
相変わらず生意気な、過去の俺の様なデリックは何故か文句を言いつつも俺に付き纏う。ようするに、俺達はパメラに振られた仲間だ。
「なあ。お前、字は書けるんだよな?」
「馬鹿にするな!」
「パメラにお祝いのカードを書いてくれよ」
「……自分で書けよ」
「俺は花を用意するから」
あれから色々考えた。あと少し強引にいけばパメラを手に入れることが出来たのでは?とか。
でも、パメラは物じゃない。彼女自身が悩み、決定したことを俺が台無しにすることは許されない。そんな事をしたら誰も幸せになんかなれないと、今の俺は知っているから。
「パメラにありがとうとおめでとうの気持ちを届けたいんだ。手を貸してくれないか?」
俺からではきっと受け取ってもらえないから。
「仕方ねーなっ!ベンはへなちょこだから手伝ってやるっ!」
「サンキュー、デリック」
結局、孤児院の皆でメッセージカードを書くことになった。
俺は花言葉を調べながら花束用の花を選んだ。
ピンクのバラは『幸福』
ブライダルベールは『貴方の幸せを願う』
ブルースターは『幸福な愛』
かすみ草は『感謝』
そうやって伝えられない言葉を花々に託す。
「……女々しいか?でも、これが俺だから諦めて貰おう」
いつも気が付くのが遅くて幸せを捕まえることは出来なかったけれど。
せめて、感謝の言葉を伝えたいんだ。
こんな俺を好きになってくれてありがとう。
たくさんのことを教えてくれてありがとう。
君を好きになれてよかった。
君に好きになってもらえてよかった。
君の幸せを心から願うよ。
───感謝と祝福を君に。




