31.感謝と祝福を君に(ベンジャミン) 1
「彼は騎士見習いのベンジャミンよ。ベンって呼んであげて」
なんだ、その適当な紹介は。
パメラに孤児院に連れて行かれた。はっきり言ってこ汚い。この薄汚れた子供達の相手をするのか?
「ちょっと着替えてくるから待っててね!」
そう元気良く話すパメラは着替え済みでは?そう思っていると、グイグイと腕を引かれて裏手に連れて行かれる。
「その顔はやめて。あの子達はとても敏感よ。貴方の蔑む空気をすぐに読み取る」
「……別に俺は」
「分かるよ。汚いって思ってること」
そんなにも顔に出ていたか?でも仕方がないだろう?少し饐えた臭いが鼻を突く。そんな不潔な人間と関わりたくは無い。
「あの子達は怠けてお風呂に入らないのではないのよ」
「え?」
「それだけの余裕がないの。金銭面でね。
あれだけの人数分のお湯を沸かすには、薪がたくさんいる。だからどうしても体を拭うだけで終わってしまう日が増えるわ。それに石鹸だって質の悪いものしか買うことができない。
私達の生活が普通ではないの。とっても恵まれている事を自覚して!」
パメラの叱責に驚く。当たり前が当たり前じゃないこと。だがそれよりも、贅沢が大好きだったはずの彼女に叱られたことに一番驚いたのだ。
「みんな良い子よ。とっても一生懸命だし。慣れないかもしれないけれど、悪いところじゃなくて、いい面を見てあげてよ」
「ごめん……気を付ける」
呆然と謝罪の言葉を口にしていた。無意識だった。
それからは出来るだけ優しい対応を心掛けた。確かに、子供達は元気で可愛いのかもしれない。だけど、中にはやはり問題児がいる。さっきからパメラに意地悪したり酷い態度を取り続けているクソガキだ。
さすがに腹が立って叱ろうとするが、パメラに視線で止められる。どうして?なんでも甘やかして許すべきでは無いだろうに!
「今日はありがとうございます。こちらで休憩なさって?」
シスターに勧められて一緒にお茶を飲む。
「初めてだと大変でしょう?」
「あ、はい。子供と触れ合うのは初めての経験で」
「そうですか。……ここの子供は少し他とは違いますしね」
「それはどういう」
子供は子供じゃないのか?
「ほら、例えばあの子」
指をさしているのは、パメラに意地悪をしていた子供だ。
「あの子は親に虐待された挙句に捨てられた子です。
だから素直に甘えられない。大人を信じるのが怖いんですよ」
「あ、そう、なんですね」
そうか。死別だけでなく、捨てられるなんて事があるのか。
「だからああして試しているんです。本当に自分を大切に思ってくれているのか。いつか手のひらを返すんじゃないか」
意地悪をしても好きでいてくれるのか。
……なんだろう。酷く居た堪れない気持ちになる。
「パメラさんには本当に感謝しているんです。通常、貴族のご婦人が慰問に来てくださっても、私達と少しだけお話をして、食べ物やお金をくださるだけです。もちろん、そのことはとても感謝しています。
でも彼女はああして子供達が触れるのを嫌がらず、試し行動にすら笑顔で対応してくれる。なかなか出来ることではありません」
シスターの話を聞きながらパメラを見た。さっきの子供がいつの間にかパメラの服を掴んで側にくっついている。そんな子供を嬉しそうに頭を撫でていた。
「お疲れ様。今日はありがとう。途中で帰るって言うかと思っていたわ」
「……なあ、どうしてお前はここに来ようと思ったんだ?」
ずっと不思議に思っていた。変わりたいからって孤児院に来るものなのか?
「捨てられちゃうかなって思ったの」
「……何を」
「お父様にあんなに強く叱られたのは初めてだった。もしかして、修道院に入れられるかもって……怖かった」
「あ……」
そうか。女性はその起こした問題によっては修道院に送られることもある。そうなれば結婚はできず、家に帰ることも許されない。
「だから、何か人の為になることをしたら許されるかもって狡い考えでここに来たのよ。偉そうにしてたのにガッカリでしょう?」
「……そんなことはないよ」
「だからかな。あの子の気持ちがなんとなく理解できたの。いらないって捨てられちゃうのって本当に悲しいもの。だからね、大丈夫だよって、ここで守ってあげるよって言ってあげたかった。
……ずっと一緒にいられるわけじゃないのに無責任よね」
何故だろう。パメラがとっても綺麗に見える。化粧っ気もなくて、質素なワンピースを着て、無造作に髪をひとくくりにしているだけなのに。
「ちゃんと……伝わってる。お前の優しさはちゃんと届いてるよ。絶対だ」
「フフッ、なんで貴方が絶対とか言ってるの?変なの!……でも、ありがとうね」
こいつはこんな笑い方をしてたっけ。
綺麗なドレスを着て自慢げだった頃が夢のようだ。
「貴方って上ばかり見て苦しんでいたじゃない?でも、ここに来たら感じ方が変わるんじゃないかって思ったんだ。
あの子達は何も悪くないのに、ああやって大変な環境で生活してるわ。それでも、頑張ってるでしょう?
たまに泣いちゃう子もいるし、喧嘩もある。それでも、ああやって笑ってる姿を見て……ああ、素敵だなって。あの笑顔を守りたいって……
貴方にも、そう感じてもらえたらいいなって勝手に思ったの」
「……また一緒に来てもいいか?」
「もちろん!みんなも喜ぶわ」
──みんなも。ということは、お前も少しは嬉しいのか?
何でだろう。こう、お腹の中があったかいみたいな不思議な気分だ。
「そうだ。騎士の給金のこと、ちゃんと調べた。覚悟が足りないってよく分かったよ」
「そう」
「今日はこのまま家に帰って色々話をするつもりだ。
あの、こないだはありがとな。やれる事から一つずつ頑張ろうって思えるようになった。感謝してる」
「うん、頑張って!」
「班長、お休みをいただきありがとうございました!」
珍しく自分から声を掛ける。どうしても彼に報告したかったのだ。
「どうやらいい経験が出来たみたいだな」
「はい。あの、班長のおかげです。ありがとうございました」
こんなに自然に頭を下げられたのは初めてだった。心から感謝していれば自然と頭は下がり、その思いは言葉になるのだと、自分でも驚いた。
「お前から感謝の言葉が聞けるとはなぁ」
そう言って俺の頭をグリグリと撫でてくる班長はとても嬉しそうだった。
それから、月2回パメラと一緒に孤児院に行き、その後は侯爵家に顔を出すようになった。
面倒だと感じていた人との関わりだったのに不思議なものだ。だが、とても充実した日々だった。




