29.最高のパートナー
イーディス様の葬儀には多くの弔問客が訪れた。
棺の中に眠る彼女の優しい笑みを見て、人々は早過ぎる死に涙しながらも、穏やかで幸せな最後を迎えることが出来たのであろうと安堵した。
イーディス様はとても愛されていたのね。
シェリーは公爵家の客分なだけで身内では無い。だから、彼らから少し離れた席で彼女との別れを惜しんでいた。
後少しだけ間に合わなかった。あと3日……いえ、1日だけでも……
そう思いながらも、結局はどれだけ日があろうとも後悔は尽きないのだろうという事も分かっていた。
「シェリー、こんな所にいたのか」
「バイロン」
「大丈夫か?」
「……私に言う言葉じゃないわ」
「お前にも言いたい言葉だよ」
そうかしら。でも、大丈夫ではある。覚悟を決めていた。お別れも出来たし。
「悲しくはあるけれど大丈夫。ありがとね」
「ブライアンの隣にいなくていいのか?」
「……少しだけ間に合わなかったわ」
「そうか。これからなんだな」
「うん」
そう。これから。どれだけ悲しくても、私達はその思いを胸に前に進まなくてはいけないから。
「んじゃ、応援しておくわ」
「ん、がんばる」
頑張るわ。だってイーディス様が見守ってくれている。
手首のブレスレットにそっと触れる。
ここ数日の癖になってしまった。
「……それ」
「あ、少し前にイーディス様に頂いたの。お守りにって」
熟成されたシェリー酒の様な色合いの石を使った美しいブレスレット。夫人の腕をいつも飾っていたそれは、今は私の左手首で輝いている。
「インペリアルトパーズか、似合ってる」
「イーディス様が見守って下さっているみたいで、着けてると勇気を貰える。だから本当に大丈夫よ」
「可愛がられてたんだな。安心した」
「ええ」
いつでも優しかった。大好きだった。
「ブライアンはお前がいれば大丈夫か」
「……そうだといいけれど」
今も弔問客の対応に追われながらも、公爵様とカルヴァンを気遣っている。涙一つ見せず、公爵家の嫡男として立派に対応する姿は、これからも公爵家は安泰であると示すことが出来ていることだろう。
「……おい、アイツが来てるぞ」
「え?」
急にバイロンがピリ付いた。視線の先には……ベンジャミンだ。
ずいぶんと久しぶりに感じる。
「カルヴァンの友人だもの。問題無いわ」
「それだけならいいけどな」
ああ、バイロンはあの時を見ているから。
何となく目で追うと、公爵とブライアンに挨拶をして、カルヴァンに何かしら語りかけ、抱き締めている。
ほら、ちゃんと友人として来ただけだわ。
少し痩せたかしら。ああ、違う。逞しくなった。背も少し伸びたかもしれない。
あ………ベンジャミンと目があった
彼は少し驚いた顔をして、柔らかく微笑んだ。
表情も変わったわ。ちゃんと頑張っているのね。少しだけ視線が交わったけれど、すぐにカルヴァンとの会話に戻った。
「ね?大丈夫でしょう?」
「こら、微笑み合ってるんじゃない」
「え、成長が微笑ましくて」
「親戚のおばちゃんか」
だって不幸になって欲しかった訳ではないから。
そういえば、小指は無事だったかしら。呪いを掛けてしまった気がする。
「……急に笑い出すなよ」
「あの子に呪いを掛けたのを思い出したわ」
「は?」
「毎朝机の角に小指をぶつけますようにって」
「地味に嫌な呪いだな」
「全部イーディス様に聞こえていたのよ」
私ったらイーディス様の枕元で馬鹿なことをしていたわ。目覚めた夫人が笑い転げていた姿が懐かしい。
そんな思い出話をしながら、静かに葬儀を見守った。
♢♢♢
すべてが終わり、公爵様は別邸にいるのは少し辛いからと本館に戻られた。カルヴァンはベンジャミン達友人達と夜を過ごすらしい。
「ブライアン?」
彼だけがこの別邸に残っている。
いえ、彼と私の二人だけ。
「よかったらどうぞ」
「ん、珍しい。ブランデー入り?」
「体が温まるかと思って」
少しだけブランデーを垂らした紅茶を入れた。お酒の力を借りるのはあまり良くないけれど、香り付け程度なら気持ちが解れていいだろう。
「それ、似合ってる」
「バイロンにも褒められたわ」
「……あいつは知っていたからな」
「何が?」
イーディス様のお気に入りだってこと?
「君の為に選んだものだってこと」
「……え?」
「君の髪色に似ていると思ったんだ」
「……でも、イーディス様の……」
ずっと彼女が身に付けていた。大切な息子からのプレゼントが本当は私宛の物だった?
「違うんだ。あの頃、無理だと分かっていたのに往生際悪くプレゼントを買ってしまって。でも、君みたいだなって、つい持ち歩いてて……あの、本当に気持ち悪くてごめん……」
初めて見る。ブライアンが真っ赤だわ。
「……嫌じゃないから大丈夫。それで?」
「それで、運悪くリンジー・ウィザーズに見つかって、私へのプレゼントですね!って言い出すものだから、つい、違う、母へのプレゼントだ!って言ってしまって。
そのまま母に渡したら、何となく気付いたのだろうね。大切に預かるわと仰ってくれた。それからはほぼ毎日身に付けてくださって。
だから今日の弔問客がチラチラと君の手首を見ていただろう?それのおかげで、君は母上のお気に入りだと分かってもらえた」
ああ、だから!棺に花を供える時に、どなたかが、あっと声を出した。その後のざわめきはそういうこと?まさかブレスレットに気が付いていたとは。
イーディス様ったらなんて策士なのかしら。
「さて。これらから導き出される答えは何かしら」
「……もう、言ってもいいのか」
「そうね。言われたいわ」
ブライアンが私の前に跪き、私の手を取った。
「シェリー。ずっと君のことが好きだった。どうかこれからも人生のパートナーとして共に生きて欲しい」
飾らない言葉。でもそれが嬉しい。共に生きるって素敵なことだわ。
「……うれしい。時間がかかってごめんね、待っていてくれて本当にありがとう。
私も、これからもずっと貴方のパートナーでいたい」
いつの間にか、隣に貴方がいることが馴染んでしまった。ずっと一緒にいたいと思うようになった。
「ね、キスしてもいい?」
「君に言われるとは思わなかった」
少し驚きながらも、嬉しそうに口付けてくれる。
最初は優しく触れるだけのキスを。
そっと目を合わせて笑い合う。
「もしかしてイーディス様に聞いたの?」
「信頼出来て、愛情があって。口付けに喜びを感じられたのなら、それは最高のパートナーだ」
今度はもっと深いキス。
ああ、なんだか満たされる。やっと触れることが出来たと、心が温かくなる。
愛おしい
この言葉がピッタリだ。
「すき。だいすきよ」
「……うん」
「泣いてる?」
「やっとだ。5年越しの片思いなんだから見逃してくれ」
「……ありがとう」
ブライアンの目元に口付ける。反対の目にも。
「かわいい」
「……格好悪い」
「とっても愛おしいわ」
もう一度見つめ合ってから、ゆっくりと抱きしめ合った。
「明日、父上とカルヴァンに報告しよう」
「そうね」
「母上にも報告しなきゃ」
「一緒にいきましょう」
やっと、イーディス様の『いつか』の夢に一歩近付けた。




